第15話 セーフハウス
陽一らは現在、少し高級なマンションの一室にいた。
エドが用意しているセーフハウスのうち、拠点からもっとも近いのがここだったのだ。
空き部屋が多く、住人同士の交流がほとんどないため、身を隠すにはもってこいとのことだった。
アミィもこのマンションの存在は知っていたが、中に入ったこともなければ、どういう住人がいるのかも知らなかった。
部屋に入って軽く休憩したあと、陽一はアミィに事情を説明した。
「なるほど……サト
休憩のあいだに仲よくなったのか、アミィの女性陣に対する呼び方が変わっていた。
言葉が通じなかったアラーナたちと問題なく会話ができたことに関しては、ハイテクのひと言で納得したようだ。
ピアス型の魔道具にしたことが、功を奏したらしい。
「それで、どうする? 隠れ家の位置がわかるということだから、あらためて潜入するのかな?」
エドの質問に、陽一は首を横に振った。
「このまま組織を叩き潰そうかと」
「ほう」
「アニキ、まじっすか!?」
陽一の回答に、エドとアミィはそれぞれ驚きの声を上げる。
「ただ、このタイミングでオゥラ・タギーゴを潰してしまってもいいんでしょうか?」
「アタイは大賛成っす! オヤジがいる限りこの国は前に進めねーんっすよ。だから、アイツらを倒すのは早ければ早いほうがいいっす!!」
「アミィたちはそれでいいかもしれないけどなぁ」
よくも悪くも現在この国を支配しているのは、選挙で選ばれた大統領や議員ではなく、カルロ率いるオゥラ・タギーゴである。
そのオゥラ・タギーゴが崩壊することによって、一種の無政府状態に陥る恐れは充分にあった。
「私もべつにかまわんと思うよ」
そんな陽一の心配をよそに、エドも肯定の意を示した。
「介入の準備はすぐに整う、と言えば少しは安心かな?」
ネレクジスタス共和国を始め、このあたりには犯罪組織に牛耳られている国がいくつかあった。
それらの犯罪組織は、たいていボスのカリスマによってまとまっている。
それは裏を返せば、ボスの存在がなければ容易に瓦解してしまうという恐れをはらんでいるのだ。
事故、病気、あるいは暗殺。
人というのは、突然死んでしまうことがある。
そうなったときのために、エドの古巣はいつでも周辺国の政変に介入できる準備を整えているのだった。
「そういうことなら、遠慮なく」
「しかし叩き潰すといっても、どうやるのかね? 向こうの態勢が整う前に、奇襲でもかける気かな?」
「いえ、正面から乗り込んで叩きのめしてやろうと思います」
陽一は珍しく腹を立てていた。
知り合いである文也をさらわれたこともそうだが、日本の法を無視して彼を連れ去ったことにも腹が立つ。
シャーロットにしたことも許せないし、同じようなことを多くの人に、数えきれないほどやってきたことも腹立たしい。
社会を麻薬で汚染するという行為も、それで多くの利益を得ていることも許しがたい。
少し前までワーキングプアだった陽一があくせく働いて、何ヵ月、あるいは何年もかかって稼ぎ出すような額を、秒単位で手にする犯罪組織の存在そのものを、許容できそうになかった。
べつに正義の味方を気取るつもりもなければ、世界中の犯罪組織を根絶やしにしてやろうなどという崇高な理念があるわけでもない。
ただ、偶然とはいえ自分が関わった以上、何者を敵に回してしまったのかを、連中に思い知らせてやりたくなったのだ。
「ふふ……なにをバカな、と本来ならいうべきところだが、君たちならやってのけそうだな」
過去にシャーロットから受けた報告と、さきほどの戦いぶりをみて、エドは陽一たちならカルロを倒せると判断したようだ。
「すげーっす! さすがアニキっす!!」
そしてアミィは、いつのまにか陽一らに全幅の信頼を寄せるようになっていた。
案外チョロいようだ。
「アニキの勇姿を、この目に焼きつけるっす!」
「いや、悪いけどアミィは留守番だ」
「え?」
突然言い渡された言葉に、アミィは呆然とした。
「な……なんでっすか!? 納得いかねーっす!!」
そしてすぐに抗議の声を上げる。
「危険だからに決まってるだろ?」
「はぁ!? 危険だからなんだっつーんっすか! アタイはいままで危険を承知でオヤジとやり合ってきたんっす! いつも命懸けだったんっす!!」
「でもなぁ。今回はこっちから乗り込むわけだし、危険度が違いすぎると思うぞ?」
「そんなん関係ねーっす! アタイはみんなの代表として、それにオヤジの娘として、オゥラ・タギーゴの最期を見届ける義務があるんっす!!」
「うーん、でもなぁ……」
嫌な予感が、していた。
魔人アマンダと、アミィことアマンダ・スザーノが、無関係の存在だとはとうてい思えなかった。
魔人アマンダが原因不明の眠りについてほどなく、アミィと出会ったことにもなにかしら意味があるのではないだろうか。
彼女を危険にさらすことで、よくないことが起こる。
そんな気が、するのだ。
だが、すべてを知る【鑑定+】も、未来のことは教えてくれない。
「アンタが守ってあげればいいじゃない」
悩む陽一に、花梨が言った。
「でもなぁ……」
「陽一の心配はなんとなくわかるわよ。だからこそ、アンタが近くで守ってあげるのが、案外いちばん安全なんじゃない?」
「せやで。襲撃はうちらに任せて、
「そうだな。ヨーイチ殿は先ほど活躍したわけだし、あとの武勲は我々に譲ってくれてもいいだろう」
「うふふ……カルロの首は、わたくしがもらいますわよ?」
「みんな……」
花梨、シーハン、アラーナの3人でも、過剰戦力といっていいだろう。
ならば後方でアミィを守り、シャーロットにカルロの相手をさせる余裕くらいはありそうだ。
襲撃にアミィを連れていくのも怖いが、目の届かないところでなにかが起こる不安も、ないわけではない。
「わたしも、一緒にアミィちゃんを守りますから」
こちらの世界では魔術を展開できない実里だが、自身の身体や身にまとった衣服の強化くらいはできるので、壁役なら充分に務まるのだ。
「そうだな……」
そして未来を見通せない【鑑定+】も、アミィに向けられた悪意や敵意は察知できる。
それらの意思が実行に移される前に、彼女を危険から遠ざけることは、陽一にしかできないことだった。
案外陽一のすぐそばが、世界一安全な場所かもしれない。
「わかったよ。アミィも一緒に行こう」
「アニキならわかってくれると思ったっす! 姐さんたちもありがとうっす!!」
結局この場にいる全員で、カルロの隠れ家へ行くことになった。
○●○●
「なるほど……こんなところに隠れ家があったのか……」
「なんというか、盲点だったっす……」
陽一から隠れ家の位置を聞かされたエドとアミィは、それぞれ地図を見ながらうなった。
カルロの隠れ家は、首都からほど近い町の住宅街にあった。
そこは富裕層が住まうような地域ではなく、少しだけ余裕のある庶民が住むようなところだった。
都心から離れているため土地や家も安く、比較的手頃な価格でかなり広い家が買える場所だった。
「しかし、ここまでどうやって行くのかね? さすがに歩いては無理だろう」
自動車で1時間から1時間半はかかる距離である。
「車は用意できますか?」
「それならこのマンションの地下に停めてあるワンボックスを使えばいいとは思うが……」
「すぐ出発するっすか!? アタイはいつでもオッケーっす!!」
「ふむ、移動中にこちらの正体がバレる恐れもあるが、それを無視して急襲するというのも、悪くはないかもしれんな。なんといったか、兵は拙速を尊ぶ、だったかな」
だが陽一は、そんなふたりの反応に頭を振る。
「いえ、正面から乗り込むといっても、わざわざ相手に有利な状況を作るつもりはないです」
「ほう。なら、自動車にマジックアイテムでも装備させるのかね?」
「ま、そんなところです」
冗談のつもりで言った言葉に真顔で返されたエドは、一瞬言葉を詰まらせた。
「そんなことが、できるのか?」
「できるヤツなら、仲間にいますよ。ただし、少しばかり時間をもらいますけどね」
それからメンバー間で話し合った結果、ひと晩ゆっくり休んで明日出発することになった。
拠点にいたアミィや、【健康体】スキルを持つトコロテンのメンバーはともかく、長時間の移動を続けてろくに休んでいないエドに、見過ごせないほどの疲労が出ていたからだ。
「悪いが、先に休ませてもらうよ。歳はとりたくないものだな……ふふ」
自嘲気味な笑みを残して、エドは寝室に消えていった。
この建物には現在陽一がいるリビングとエドが入っていった寝室のほかに、なにも置かれていない空き部屋がひとつあった。
陽一は【鑑定+】で扉の向こうを確認しながら、そこへキングサイズのマットレスと、かけ布団やシーツなどを適当に取り出して置いた。
「そっちの部屋に広いベッドやら寝具やらがあるみたいだから、リビングのソファとかに分かれれば全員休めるんじゃないかな」
「よっしゃ、ほなガールズトークや!」
すかさずシーハンが反応した。
「ガールズトーク! いいっすねー。アタイ、アー姉とシャロ姉に聞きたいことがあるんっす!」
「私たちにか?」
「あら、なにかしら?」
「どうやったらそんなにおっぱいが大きくなるんっすか!?」
「むぅ、それはだな……」
そんなやりとりをしながら、シーハン、アミィ、アラーナ、シャーロットは空き部屋に入っていく。
「それじゃ俺は、サマンサに車の改造を頼みにいくよ。できあがったらすぐに帰って――」
陽一の言葉を遮るように、花梨が彼の腕をポン、と叩く。
「――なに?」
「サマンサ、ひとりでほったらかしにしてるでしょ? だから、ゆっくりしてきなさいよ」
「……そうだな」
「朝までに帰ってくればいいからね」
そう言い残して、花梨はシーハンたちのいる部屋に入っていった。
「陽一さん……」
最後に残った実里が、少しだけ不安げに陽一を見る。
「大丈夫。文也くんのことは、俺に任せといてよ。みんなもいるしね」
「……はい。よろしくお願いします」
そう言って実里は、深く頭を下げた。
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