第13話 ラーフ襲来

 エントランスに行くと、十数名の男たちがたむろしていた。

 その先頭では、20代半ばと思われる男が、ニヤニヤと笑いながらアミィを待ち構えている。


「ラーフ、なんの用っすか?」


 どうやらその男が、先ほど話題に上がったラーフであるらしい。


「なに、かわいい妹を連れ戻しにきたんだよ、アミィ」


 馬鹿にしたような笑みを浮かべたまま、ラーフは答えた。


「妹?」

「カルロには5人の子がいるのだよ。それぞれ母親が違うから、あまり似てはいないのだが」


 ぼそりと出た陽一の疑問には、エドが答えた。

 なるほど、言われてみればアミィとラーフはなんとなく似ているような気がした。


「ん……?」


 アミィと見比べるためにまじまじとラーフの顔を見た陽一は、眉をひそめ小さく首を傾げた。

 彼だけでなく、花梨、実里、アラーナも似たような反応を見せる。


 パーカーのフードを浅めにかぶった、中肉中背の若い男性である。

 褐色の肌に目鼻立ちのくっきりした顔、フードの陰から覗くクセのある黒い髪など、この国ではよく見かけるタイプの容姿だった。


「ねえ、あたしあいつに見覚えがあるような気がするんだけど?」

「あ、わたしもです」

「奇遇だな。私もだ」


 女性陣の言うとおり、どこかで見かけたような顔だった。

 特にフードの陰から覗く、まとわりつくような視線に妙な既視感がある。


「……でも、俺たちとあいつとのあいだに接点はないぞ」


 アミィとラーフとが言葉を交わすなか、陽一らは声を抑えてそんなやりとりをした。

 もちろん陽一はラーフを【鑑定】したが、過去に接点はなかった。


「気のせいかしらね」

 なんとなくアミィに似ているから、あるいは、このあたりではよくある顔立ちだから、変に見覚えがあっただけかもしれない。

 花梨などはそう思って、深く考えるのをやめた。


「そうだな……」


 陽一の表情は優れないままだった。過去の接点はなかったものの、【鑑定】結果に気になるものを見たからだ。

 ただ、ヘタにそれを口にしてみんなを混乱させるのもどうかと思い、彼はそれ以上ラーフについて話すのをやめた。


「反抗期もたいがいにしたらどうだ、アミィ?」

「うるせーっすよ。オヤジの腰巾着がえらそうな口叩くんじゃねーっす」

「はっ! お前らのやってる革命ごっこより、オヤジが正しいってことにいい加減気づけよ」

「オヤジが正しいって? 犯罪組織がえらそーなこと言ってんじゃねーっすよ」

「そうは言うがな、実際この町の……いや、この国の秩序を守ってるのはオレたちだぜ?」

「はんっ! 知り合いが高架下に吊られたり、用水路に浮かんだり、ヤク漬けにされて自分が誰かもわからなくなるようなことが頻繁に起こる国のどこに秩序があるっつーんっすか!?」

「とはいえ、そんなもんは全体から見りゃごくわずかだろーが」

「数字で見りゃそうかもしんねーっすけど、そういう人たちにも大切な家族や友人がいるんっすよ? いつか自分や自分の知り合いがひどい目にあうかもしれないってビクビクしなきゃなんないんっすよ? それのどこが正しいっていうんっすか!」

「ならどうするよ? オヤジを倒すか? それで瓦解がかいするほど、オレたちゃヤワじゃねーぞ」

「組織ごとぶっ潰してやればいいんっすよ!」

「だからオメェはガキだっつーんだよ! オゥラ・タギーゴがなくなったらどうなる? 組織がなくなったからって、組織の人間が消えていなくなるわけじゃねーんだぞ! 組織の抑えがなくなったら、この国はいまよりもっとひでーことになるってのがわかんねーのかよ!!」

「だからおやっさんの力を借りようっつってんっすよ!」


 アミィにそう言われたラーフは、エドを睨みつけた。


「そいつらの犬になれってのか? あぁ?」

「一時的に支援を受けるだけっすよ。自分たちの足で立って歩けるようになるまで」

「そんなうまい話があるかよ! そうやって甘い言葉でオレらを騙していずれ支配しやがるんだ! 先進国なんて連中は、いつだってそうなんだよ!!」

「なーに言ってんっすか。帝国主義なんてもう時代遅れもいいところっすよ?」

「帝国……なんだと……?」

「武力で支配するよりも、自立を支援してあとあと貿易なんかをしたほうが、お互いにメリットがあるっつー話っす。ま、頭の悪いラーフに理解しろってのは無理な話っすかね」

「はんっ……そんなうまい話があるかよ! どうせそいつらだって、テメェらの利益のために動くんだろうが!」

「それはそうっすよ。だからお互いに利益が出るようにうまいことやんのが政治ってもんでしょーが」

「んなこと言ったって、結局そいつらのほうが何枚も上手うわてなんだからよ、いいように使われるだけに決まってらぁ! だったらオレらが上に立ったほうがマシだろうがよ」

「それはねーっす。てめーらが垂れ流すヤクがなくなるだけでも、全然マシな話っすからね」


 しばらく応酬を続けたふたりだったが、結局着地点は見えないままだった。


「まぁいいさ。どんだけ理屈こねようが、力尽くで連れていくだけだからよ」


 そう言ってラーフが腰からナイフを引き抜くと、彼が引き連れてきた手下どももそれぞれ武器を構えた。

 なかには拳銃を手にしている者もおり、アミィや彼女の仲間たちも警戒して身構える。


「おいおい、おめぇらザコどもが敵うと思うなよ? アミィとアジトに忍び込んだ女を寄越せばおとなしく帰ってやるぜ?」


 その言葉に、アミィの仲間たちはお互い顔を見合わせた。


 多少の犠牲をいとわなければ、この場でラーフたちを撃退することは可能だろう。

 だが、拠点の位置を知られてしまった以上、今後も襲撃が続くのは明らかだった。


「強がってんじゃねーっす。オヤジが襲われて統制がとれねーから、ラーフごときが下っ端連れてくるので精一杯ってことくらいバレバレなんっすよ!」

「はっ! 残念ながらオヤジはピンピンしてるぜ? すぐに態勢も整うはずさ。そしたらもう、手加減はできねぇ。その前にお前だけでも助けてやろうっていう兄妹愛がわかんねぇか?」

「わかりたくもねーっす」

「つまり、オレの提案を拒否するってこったな?」

「最初っからそんなもん受ける気ねーっすから」


 アミィはそう言って強がっているが、彼女の仲間たちは及び腰になっていた。

 もちろんアミィを売り渡す気はないようだが、この場でラーフと直接やり合ってもいいものかと、判断を迷っているようだった。


「さて、話し合いも平行線みたいだし、そろそろ俺の出番ってことでいいかな?」


 ラーフとアミィ、そして彼の手下どもと彼女の仲間たちが睨み合っているところへ、陽一が割って入った。


「ちょ……お兄さん、なに考えてんっすか!?」

「言っただろ、いいところを見せるって」

「アンタ、本気で言ってんっすか!?」


 呆れ半分驚き半分といった表情で、アミィは陽一を見た。


「なんだぁ、てめぇは?」


 突然割って入った陽一に対して、ラーフは怪訝そうな視線を向ける。


「関係ねぇやつは引っ込んでな」

「ところがどっこい、俺もがっつり関係者なんだよ」

「なんだと? 見たところアジア人みたいだが……まさかお前、ホシカワの関係者か?」

「さて、どうだかな」


 答えをはぐらかす陽一に対して、ラーフは手元のナイフを誇示しながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「ま、どっちでもいいさ。てめぇもふん縛って連れていきゃあ、そのうち自分からなんでも話すようになるだろうしな」


 ラーフは暗に、拷問の可能性を示唆した。


「それに、うしろにいる女どもは、なかなかの上玉が揃ってるじゃねぇか。そいつらもまとめて面倒みてやるぜ、へへ」


 ラーフは花梨や実里らにねっとりとした視線を送り、下卑た笑みを漏らす。

 手下どもも、似たり寄ったりの反応を見せた。


「待つっすよ! これはアタイらとラーフ、それにオヤジたちとの問題っすから、関係ないお兄さんたちは――」

「アミィ」


 なんとか陽一を止めようとするアミィの言葉を、陽一は遮った。

 そして自信に満ちた表情を彼女に向ける。


「こいつら、倒してしまってもかまわんのだろう?」

「――は?」


 その言葉に、アミィはポカンと口を開けた。


 陽一は陽一で、一度は言ってみたかったセリフを口にできて満足げである。

 元ネタを知っている花梨が少し悔しげなのは、本来自分が言うべきセリフを取られたとでも思っているのだろうか。


「オレたちを倒すだぁ? やれるもんならやってみやがれっ!」


 アミィに向き合う陽一の背後から、ラーフはナイフで突きかかろうと踏み込んでくる。


「あぶな――」


 それに気づいたアミィが叫ぶよりも早く、陽一は身体を反転させ、ナイフを持つラーフの右手に手刀を落とす。


「ぎゃっ……!」


 ゴキリ、と鈍い音が鳴り、彼の右手首は曲がってはいけない方向に曲がった。

 持っていたナイフが手を離れ、地面に落ちるよりも先に、陽一はほぼ密着した状態からショートフックを放ち、ラーフのみぞおちを突く。


「ぐぼぉぁっ……!」


 至近距離から放たれた牽制に近い攻撃だったが、いまや人外といっていいレベルにまで筋力が強化された陽一の放つショートフックは、ヘヴィ級ボクサーが打つフルスイングのフック以上に威力が高い。


「ごぉえぇ……ぐぶぅ……」


 ラーフは胃の内容物をまき散らしながら、白目をいて膝を突き、うずくまる。


「――い……?」


 突然繰り広げられた光景に、アミィは目を見開き、間抜けな表情のまま固まった。


「ん、やりすぎたかな?」


 うずくまり、腹を押さえて痙攣するラーフを見て、陽一は苦笑を漏らす。


「てめぇっふざけやがって!」


 手下のひとりが、ナイフで突きかかってきたが、陽一はひらりと攻撃をかわし、顔面にジャブを叩き込む。


「ぶべらぁーっ!」


 男は軽く小突かれただけのように見えたが、見た目に反して派手に吹っ飛んだ。


「こんなもんか……弱すぎるぞ地球人」


 なにやら不穏なセリフを口走りながら、陽一は襲いくる男たちを軽々と倒していく。


「あの野郎、なめやがって……」


 敵のひとりが拳銃を構えるのを見て、アミィは警告を発するべく口を開こうとした。


「ぐぁっ……!」


 しかしその前に、敵の手から拳銃が弾き飛ばされる。


「ぎゃっ!」

「いてぇっ……!」

「ぐぉっ!?」


 そして敵の手から次々に拳銃が弾き飛ばされていく。


「な、なんなんっすか……?」


 なにが起こっているのかとあたりを見回すと、チャイナ服の女性の手に、キラリと光るものが見えた。

 彼女がそれを指で弾くたびに、敵の短い悲鳴が響く。


「まさか、あのお姉さんがなにかしてるんっすか……?」


 シーハンは手に握り込んだパチンコ玉を、ひとつずつ親指で弾いて、拳銃を持つ敵の手にぶつけていた。

 だんと呼ばれる武術である。

 威力や命中精度の点から、あまり実用的ではないとされる指弾だが、魔力とスキルによって強化された彼女であれば、実戦レベルで使えるのだ。


 シーハンの指弾によって銃を弾き飛ばされた敵は、陽一の手で次々に倒されていった。


 だが、陽一とシーハンのふたりだけでは対処しきれない場面もあった。


 ――パンッ!


 銃声が響き、アミィらが咄嗟に身を伏せようとしたところ、カツンという金属音が鳴った。


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