第12話 女スパイと女怪盗

 それからふたりはふたたび眠り、朝を迎えた。


 寝室にはシャワーがなかったので、一度『グランコート2503』に【帰還】して軽く身体を洗ったあと、キャンセルで戻り、部屋を出た。


「シャーリィ!」


 シャーロットの姿を見るなり実里は駆け出し、彼女に抱きついた。


「よかった、シャーリィ……!」

「ごめんねお姉ちゃん、心配かけて……」


 これまでシャーロットは、大っぴらには実里を姉呼ばわりしていなかった。

 思わず『お姉ちゃん』と言いそうになって『ミサト』と言い直す、ということも多々あったのだが、どうやら開き直ることにしたようだ。


「1日で随分元気になったねぇ。感染症は大丈夫だったのかい?」


 シャーロットの世話をしていた女性は、彼女の回復ぶりに驚いているようだった。


「もしかして、お兄さんが抗生物質持ってたんっすか?」

「いや、まぁ、そんな感じだ」


 アミィの質問に、陽一は曖昧に答えた。


「にしたって、1日やそこらで回復するような状態じゃなかったんだけどねぇ……」


 女性が戸惑いの声を上げる。


「ま、まぁ、いいじゃないか。元気になってなによりだ、シャーロット」

「心配をおかけしましたわね、エド……?」


 心配をかけてしまったエドに対して謝罪しようとしたシャーロットだったが、彼の様子に軽く首を傾げた。

 なんというか、どこかよそよそしいのだ。


「ま、あれだけ大きな声がだせりゃ、心配はなさそうだねぇ」

「あ……」


 女性の言葉で、シャーロットは昨夜の出来事を思い出し、頬を染めた。


「お香は1時間で切れる言うたやん」


 陽一に対して、シーハンが呆れたように言った。


 〈遮音〉効果のあるお香は1時間で切れたうえに、シャーロットは2回目のほうがより乱れていた。

 レジスタンスの拠点は、見るからに安アパートであり、彼女の声はかなり響いたのかもしれない。


「ま、まぁ、夜になったら誰かしらやってるんで、あんま気にすることないっすよ」


 アミィはどこかうろたえながらも、そういってふたりを慰めた。


「あらためまして、みなさまにはご迷惑とご心配をおかけしました。そして、救っていただきありがとうございます」


 シャーロットはそう言いながら全員を見たあと、深々と頭を下げた。


「ところで」


 頭を上げるなり、彼女はシーハンに目を向けた。


「見慣れない方がいらっしゃるようですが?」


 見慣れない、という意味では、この場に数名いるレジスタンスのメンバーにも初対面の人物がいるはずだが、彼女の視線はシーハンに固定されていた。


「せやなぁ。顔と名前は知っとるけど、こうやって会うんは初めてやな、ハーシェル特別捜査官どの」


 そう言ってシーハンは、人の悪い笑みを浮かべながら挑むような視線をシャーロットに向ける。


「なんのことですかしら? わたくしはただのホテルスタッフですわよ、女怪盗さん?」

「情報古いで。うちはそんなもんとっくの昔に足洗ってんねん」


 ふたりはともに笑みを浮かべながらも、鋭い視線を交錯させ続ける。


「シャーリィ」


 そんななか、シャーロットに抱きついたままの実里が腕に力を込める。

 強く抱きしめられた彼女はシーハンから視線を外し、思わず視線を落とした。


「シーハンはいろいろあってわたしたちの仲間になったの。だから仲よくして?」

「お姉ちゃんが、そういうなら……」


 少し不満げではあるが、シャーロットはうなずいた。


「シーハンのほうも頼むぞ。シャーロットはもう俺たちの仲間なんだから」


 陽一の言葉にトコロテンのメンバーはそれぞれ驚きを露わにした。


「は? え? わたくしが、仲間……とは……?」

ヤンイー、そういうことでええねんな?」


 戸惑うシャーロットとは対照的に、シーハンは落ち着いた様子で問いかけ、陽一はそれに無言でうなずく。


「ま、そういうことならしゃーないな」


 そう言ってシーハンは、苦笑しながら肩をすくめた。


「あの、わたくし、なにがなんだか――」

「シャーリィ! よかった!」


 突然仲間宣言をされて戸惑うシャーロットに、実里はふたたびぎゅっと抱きついた。


「お姉ちゃん?」

「これからも、よろしくね!」

「はぁ……」


 自分を見上げて嬉しそうに言う実里に対して、シャーロットはひとまず考えるのをやめて曖昧に答える。


「ちゃっかりフラグ回収しちゃったわねぇ」

「いずれこうなるだろうと思っていたから、驚きはないな」


 そう言って納得する花梨とアラーナ。


 そんななか、事態を飲み込めないシャーロットは、戸惑うまま陽一を見た。


「どういう、ことですの……?」

「近いうちに話すよ」


 陽一の反応から、どうやら異世界絡みのなにかであろうと、彼女は推測した。


「約束ですわよ?」

「ああ、もちろん」


 昨夜2度目のセックスを終えたあと、シャーロットに【健康体β】が付与されていた。


○●○●


 自己紹介などが一段落ついたところで、シャーロットはアジト潜入の報告をした。

 途中までは順調だったこと、しかしカルロの声を聞き、姿を見て自制できずに撃ってしまったこと、そのせいで文也救出に失敗したことなどを、できるだけ詳細に話した。


「ごめんね、お姉ちゃん……」

「ううん、いいの。シャーリィが無事なら、それで」


 シャーロットはふたたび謝罪したが、実里は救出の失敗をとがめなかった。


「つーか、お姉さんひとりであのアジトに潜入して人質救出とか、どう考えても無理があるっすよ」


 アミィの言うとおりだった。

 いくらシャーロットが有能で、魔道具の力を使えるからといって、麻薬密売組織のアジトにバックアップもなく単身で潜入させてしまったことを、実里はもちろん、陽一らも申し訳なく思っていた。


「シャーロット。それは間違いなくカルロ本人だったんだな?」

「ええ。わたくしがあの男の声を聞き間違えることも、姿を見間違えることもありませんわ、エド」

「そうか……だが、影武者という可能性も……」

「あー、それはないっすよ。オヤジはそういうの、やらないんで」


 エドの懸念を娘であるアミィが否定する。


「しかしお姉さんがオヤジを撃ったってんなら、くたばってるってことはないっすかね? だとしたら儲けもんなんっすけど」


 アミィは父親が撃たれたことに対して一切の動揺を見せなかった。

 彼女の中ではすでに踏んぎりがつき、カルロを排除すべき敵と認識しているのだろう。


「残念ながら、カルロは生きてるよ」


 陽一が割って入った。


「防弾ベストを着てたみたいだな。もうひとりがかばったせいってのもあるけど」


 シャーロットが暗殺のプロなら無防備な頭を狙って確実に仕留められたのだろうが、彼女が得意とするのはあくまで諜報活動である。

 射撃の腕もそれなりにはあるが、あの場面で撃つとなるとどうしてもまとの大きな胴を狙うほうが確実に当たるのだ。

 もちろん防弾ベストの可能性も考えて頭を狙って数発は撃ったが、それらはかすめる程度で致命傷にはならなかった。


「ボスが襲われて慌てた連中は、文也くんを連れてアジトを出たみたいだ」

「……となると、隠れ家のほうに移動したか」


 カルロたちがアジトを出たと聞いて、エドはそう推察した。


「まずいな……隠れ家の場所は、まだ特定できていないのだが」

「あ、大丈夫です。俺、わかりますんで」

「本当か!?」

「ええ。地図かなにかありますか――」

「ちょ、ちょっと待つっすよ!!」


 そこへアミィが割って入った。


「お兄さん、さっきからなに言ってんっすか!? アタイらやおやっさんがいくら調べてもわからなかった隠れ家の場所がわかるなんて……。それに、オヤジが生きてるってのも見てきたみたいに言ってるっすけど、そんなん信じらんねーっすよ!!」


 エドが連れてきた仲間ということで、アミィは陽一らに一定の敬意を払ってはいた。

 しかし昨日は来るなりシャーロットと派手にセックスをするし、自身が尊敬するエドに対してもどこか偉そう――とアミィが感じているだけで、陽一もエドもいつもどおりのやりとりをしているだけだが――に見え、彼女の陽一に対する不満が爆発してしまった。


「信じられないと言われてもなぁ。こっちの手の内を晒すわけにもいかないし、信じてもらうしかないんだけど……」

「そんなこと言われたって、信じられねーもんは信じられねーっすよ! もしお兄さんの情報を信じて乗り込んで、それが間違ってたらどう責任取ってくれるんっすか!?」

「いや、べつに君らを巻き込む気はないんだけどな。俺たちは知り合いを救出できればそれで……」

「でもそれに失敗したせいで、オヤジは隠れ家に引きこもっちまったんでしょーが! アタイらはアタイらで動いてたんっすよ? でもアンタらのせいで全部台なしになったんっす!!」

「それは……」


 陽一にしてみれば知ったことではない話だった。

 彼の目的はあくまで文也の救出であり、今回シャーロットが保護されなければここに来ることはなかっただろう。

 だが、目の前の少女をどうしても他人とは思えず、彼女の言葉を無視する気にもなれない。


 さて、どう説明したものかと頭を悩ませていると、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。


「アミィ、まずい! 連中にここがバレた!!」


 駆け込んできた青年が、焦った様子でそう叫んだ。


「まじっすか!?」


 アミィは声を上げたあと、シャーロットに目をやった。


「どうやらわたくしが原因のようですわね」


 カルロを襲われて町全体が警戒を強めるなか、アミィがシャーロットを連れてここへ入ったのを、誰かに見られたのだろう。


「いや、私のせいだな」


 普段ならアミィもほかのメンバーもそんなヘマはやらかさないのだが、エドが焦った様子でシャーロットの保護を求めたことから、そのことに気を向けすぎたのが原因と思われた。


「そ、そんなことねーっす! アタイがヘマをしたのがいけないんっす」


 一応アミィは否定したが、それがふたりを気遣ってのものだということは、だれの目にも明らかだった。


「それで、いまどういう状況っすか?」

「取り囲まれてる。ラーフが来てて、アミィを出せって……」

「ちっ……しょーがねーっすね」


 アミィは面倒くさそうにそう言うと、エドらに背を向けて歩き始めた。


「おい、いいのか?」

「大丈夫っすよ。ラーフのヤツはどうせアタイを説得しようとして、いきなり襲いかかったりはしねーっすから」


 青年の問いかけに、アミィは気楽な様子で答えた。


「私も行こう」

「ちょ、ちょっと待つっす! おやっさんが出るのは危険っすよ」


 部屋を出ようとしたところで発されたエドの言葉に、アミィは慌てて立ち止まり、振り返った。


「わたくしも、参りますわね」

「俺たちも行こうか」


 続けてシャーロットと陽一も申し出て、女性陣もそれぞれ頷いた。


「いや、お姉さんはともかく、お兄さんは関係ないでしょーが!」

「まあそう言うなよ」


 陽一は自信ありげな笑みを浮かべながら、アミィに歩み寄る。


「君にいいところを見せて、信頼を勝ち取らないといけないからな」


 彼はそう言って、アミィの頭にポンと手を乗せた。


「なんっすか、それ……」


 少しだけ照れたようにそう返したあと、アミィは頭に乗せられた手を振り払い、歩き始めた。

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