第2話 生ビール始めました・前編
その日は煮物屋さんの定休日だ。
そこは普段煮物屋さんでお出しするドリンク類を、一手に
お料理の食材は自ら買い出しに行く佳鳴たちだが、ドリンク類は仕込み中に配達してもらっているのだ。
瓶ビールはもちろん、日本酒やウィスキー、リキュール類、ソフトドリンクも全てお願いしている。
なので月に1か2度ほど、こうしてお酒事情を
新作のチェックは欠かさず、日本酒なら季節でしぼりたてにひやおろし、あらばしりなどが出て来て、これは逃せない。
配達をしてくれる時に酒屋の若大将さんが入荷を教えてくれたりもして、
今日も佳鳴と千隼は、某県の
「甘口だね。でも結構すっきりしてて、純米酒だけど冷やか冷酒が良いかも」
「そうだな。これなら飲み慣れて無い人でも飲みやすいな。まずは1本仕入れてみるか?」
この場合の1本は
「そうだねぇ」
佳鳴たちが頷き合っていると、若大将さんが「それはな」と説明をしてくれる。
「純米酒なんだが、
「そうなんですね。でも純米酒だからお米の風味もあって良いですね。絶妙なバランス」
佳鳴は感心した様に「ほぅ」と心地良い息を吐いた。
小さな透明のお
日本酒もだが、ビールも国産で様々なブランドビールや地ビールが登場している。有名メーカーのベーシックなものも美味しいが、たまには風変わりなものを仕入れてみるのも良いかも知れない。
ビールが入れられている大型の冷蔵庫を眺めていた佳鳴は、ふと近くに置かれているあるものに目が付いた。
そう大きくは無いが、ずっしりとした円柱形のフォルム。銀色に光るそれは佳鳴の興味を引いた。
置いてある位置、そして上部の形状から、佳鳴はその正体にあたりをつけた。
「千隼、千隼、これこれ」
佳鳴は千隼を手招きする。千隼も純米酒を飲み終えて、若大将さんとお酒話に花を咲かせていた。
「ん?」
千隼に続いて若大将さんもやって来る。そして佳鳴の前にある商品を見て「ああ、それな」と頷く。
「家庭用のビールサーバだな。最近仕入れたんだ。何、佳鳴ちゃん興味があるのか?」
「はい。これぐらいのサイズだったら、お店に置けるかなぁと思いまして。家庭用だったら手入れもそう難しくなさそうですし」
煮物屋さんが生ビールを提供していないのは、ひとえに業務用ビールサーバが扱いきれないと感じたからだ。
重たい
開店準備の時に業者さんにお話を聞いて、断念したのだった。
佳鳴が嬉しそうに言うと、若大将さんは「うーん」と唸ってしまう。
「けどよ、これ中に2リットルしか入らないぜ。ほら、2リットルの大きな缶のビールあるだろ? あれをキャップ開けてそのままセットして、そこから吸い上げるんだ」
「でも若大将、2リットルだったらさ、うちのタンブラーだったら300ミリぐらいだから、うまくしたら6杯ぐらい取れるかも」
「そうそう。うちのお客さまのペースだったら、充分回転すると思うんです」
「まぁ、コンパクトな店だもんなぁ。席数もそう多く無いし」
ほぼ毎日配達に来てくれる若大将さんは、納得した様に頷く。
「しっかし」
若大将さんは次には苦笑する。
「酒を出す店なんだから、酒で
それは若大将さんなりの心配だと解っていて、佳鳴と千隼は目を合わせて「ふふ」「はは」と微笑む。
「うちは大丈夫なんです。まぁお店が持ち家の一部ってこともあるんですけど、お客さまが好まれるお酒が幅広いと言いますか。1杯目から日本酒のお客さまもおられますしねぇ」
「そうそう。うちって不思議と「とりあえずビール」が少ない気がします」
佳鳴と千隼がそう言いながら頷き合うと、若大将さんは「それはさ」と少しばかり苦い顔で口を開いた。
「多分、煮物屋さんに生ビールが無かったからじゃ無いんかな。もしかしたら、生ビールがあったら、頼む客が増えるかも知れんぜ」
お酒の専門家とも言える若大将さんにそう言われ、ふたりは不安になる。
「それは、確かにそうかも」
「かもな。生ビールってそれだけの魔力みたいなものがあるよな」
ふたりは考え込む。導入するか否か。
しょっちゅうビール缶を取り替えることになると、他のドリンクやお料理の提供などに影響が出るのでは無いか。
だが生ビールはやはりビールの、いや、居酒屋の花形だ。お客さまに楽しんでいただきたいと言う気持ちがどんどん大きくなる。
「よし、まずはやってみよう、千隼」
「そうだな。で、もし俺らの手に余る様ならまた考えようぜ」
「よし、ビールサーバお買い上げだな。気張れよ」
若大将さんが小気味好くにっと笑う。
「はい!」
「はい!」
佳鳴と千隼は元気よく返事をした。
新たに仕入れるお酒を注文し、ビールサーバは手持ちで持って帰って来た佳鳴と千隼。セットするビール缶も1缶買って来た。
煮物屋さんでお出しする分は明日の営業前に持って来てもらう。若大将さんの助言にしたがって多めに注文した。
さっそくサーバのパッケージを開け、説明書を読み込む。若大将さんにも簡単に教えてもらっていた。
さっそく試してみようと、まずはホースなどを洗浄し、しっかりと水分を拭う。
ビールサーバに2リットルのビール缶をセットし、サーバの上部にCO2カートリッジを装着する。タンブラーをセットして、いざレバーを手前に引いた。
やがて溢れ出す
グラスに8分目ほどが満たされた時、レバーをぐいと奥に押すと、今度はきめ細やかな泡が黄金色を
それは
「美味しそう!」
「姉ちゃん、もう1杯! もう1杯!」
「あ、そうだね!」
佳鳴は慌ててもうひとつのタンブラーを持ち、もう1杯生ビールを入れた。
そして自然と「乾杯!」とご機嫌にグラスを重ねる。
佳鳴と千隼は競う様にグラスを傾ける。ごっごっごっと喉を鳴らし、豪快に流し込んで行った。
「お、いしいー! やっぱり生ビール美味しい!」
「うまいな! 本当に生ビールだ!」
ふたりは歓声を上げる。
煮物屋さんの休日やその前日に、駅前の居酒屋さんに行くこともある姉弟は、やはり1杯目には生ビールを好んだ。
それを思うと、若大将さんのおっしゃる通り、生ビールを導入すると「とりあえず生!」が増える可能性は大いにある。
だがそれは、言い換えればお客さまが望んでいるということだ。それならばと佳鳴と千隼は気合いを入れる。
「明日から出してみようぜ。火曜日だから週末よりも客も少なめだし」
「そうだね。お客さまの比較的少ない時から慣らして行かないとね。頑張ろう!」
「おう」
ふたりは意気揚々と、ぐっと拳を握った。
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