第3話 思い込みと打開策
また翌月に訪れた
「お珍しいですねぇ。何かご心配ごとでも?」
「美味しいご飯の前に
「いいえぇ。とんでもありませんよ」
佳鳴はにこっと微笑む。
今日のメインは豚肉と白菜と人参としめじの旨煮だ。豚肉を香ばしく炒め付け、お野菜と一緒にお出汁で煮込んで行く。白菜は芯までくたくたになる様に。
日本酒とお砂糖、お醤油などで味を整え、彩りは水菜で添えた。最後に加えてさっと混ぜるだけで適度に火が通り、しゃきっといただける。
旨煮は本来濃いめの味に仕上げるが、煮物屋さんではお出汁を効かせて味付けは控えめにしている。最後まで飽きずにあっさりと食べていただける様に。
小鉢のひとつは白ねぎとにらのごま炒めだ。斜め薄切りにした白ねぎをごま油でしんなりと炒め、ざく切りにしたにらを加えたら歯ごたえを残す様にざっくりと炒め、味付けは日本酒とみりんとお醤油。仕上げに白すりごまをたっぷりとまとわす。
甘さを増したとろりとした白ねぎと、しゃきしゃきしたにらの食感の違いを楽しみながら、白ごまの香ばしい風味が良い一品だ。
小鉢のもうひとつは玉ねぎの梅肉和えだ。スライスした玉ねぎを放置して辛みを飛ばし、梅を叩いて作った梅肉とお酢、お砂糖、お醤油、ごま油で作った和え衣で和えた。
玉ねぎと梅肉とのさっぱりの掛け合わせで、口の中を爽やかにさせてくれる一品だ。玉ねぎと梅が絶妙に合うのである。
都築さんは梅肉和えを口に運び、続けて日本酒を迎え、ほっと頬を綻ばす。
「合いますねぇ〜。梅のきりっとした酸味が良いです。美味しいです」
「ありがとうございます」
しかし都築さんの表情はまた曇ってしまう。
「あの、店長さん、女性の幸せってなんなんでしょう」
唐突な質問に、佳鳴は目を瞬かせる。
「女性、と言うよりは男性も含めて、人それぞれだと私は思っていますけど」
「ですよねぇ。はぁ」
都築さんはまた溜め息を吐いた。
「この前、実家の母から電話がありまして」
「はい」
「仕事を辞めて実家に戻って、地元の人と結婚しろって言われました」
そう言う都築さんの声は明らかに消沈していた。
「母は保守的って言うか視野が狭いって言うか、女性は結婚して家に入って、家事と旦那さんのお世話と子育てをするのが幸せだって思ってる人なんです。自身がそうだったからって言うのもあると思うんですけど、時代もあるんでしょうか」
「そうですねぇ。都築さんのお母さまでしたら、お歳は50台ぐらいでしょうか」
「そうです。それぐらいです」
「でしたら、お母さまのお母さま、都築さんのお祖母さまがそうだったのかも知れませんねぇ。そういう価値観の時代はやっぱりありましたから」
「あ、そうかも知れませんね。母方の祖母も祖父も健在なんですけど、私の大学進学の話になった時に、祖父に『女は大学なんかに行かなくて良い』って言われました。母はさすがにそれは無かったですけど」
「今はもう大学や専門学校の進学が、当たり前みたいな時代になっていますものね」
「はい。同級生もほとんどが進学しました。私の場合はCAになりたかったので、進学が必要でしたし」
「お祖母さまとお母さまは大学進学されなかったんでしょうか。お祖母さまは時代的に難しかったかも知れませんが」
「祖母は確か中卒だったかと。母は高卒です。就職せずにお家で家事手伝いをして、成人してすぐにお見合いを始めて、父と出会って結婚したんです。そっか、そう思うと、母が、と言うより祖父母がそうだった感じがしますね」
都築さんは合点がいったと言う様に、指を
「母はそれを刷り込まれてしまってるんですね。私にも小さいころからそう言ってましたし。ただうちは父が「好きなことをやりなさい」って言ってくれていて、将来何になりたいか、なんて話もしていたので。夢を持てたら楽しいぞって言ってくれました。今は無くてもその時は必ず来るからって。だから母の考えに染まることは無かったんです。もしかしたら父は母の考えが私の将来を狭めると思ったのかも知れません」
「そうかも知れませんね。お母さまのお考えが良いと思われる方もおられるかと思いますけども、それを違う方に押し付けてしまうのは、辛いことも出て来るかも知れませんね」
「そうなんです〜!」
都築さんはばたばたと両の
「別に母の考えを否定するつもりは無いんです。理解してくれなくても、違う考えがあるってことを知って欲しくて」
「お母さまはお母さまで、都築さんに幸せになって欲しいからこそ、自分が良いと思う価値観をおっしゃられているのでしょうけどもね。難しいですね」
都築さんは目を伏せる。
「そう、ですよね。もしかしたら私の価値観は、母にとっては親不孝なのかも知れません。でも私はまだまだ今の仕事を続けたい。結婚することになってもできたら続けたい。CAは女性が多いこともあって、出産とかの支援が結構手厚いんですよ。うちには託児所もあって。お子さんを出産されている先輩もたくさんいます。私が結婚できるかどうかは分かりませんけどね」
そんなことを言いながら苦笑いをする都築さん。佳鳴は「ふふ」と漏らす。
「それはご縁のものですものね。私たちとしましては、都築さんとご一緒に幸せになってくださる男性が現れたら良いなと思いますけども」
「素敵な男性と巡り合ったら嬉しいですけどね〜。それはまだ影も何も無いので置いておくとして、今は母に解ってもらわないと。私、ちゃんと話できるかな」
「大丈夫ですよ。都築さんがCAのお仕事を続けて行かれるのが、都築さんの今されたいことで、お幸せなのだと、ちゃんと落ち着いてお話をされたら良いかと思いますよ。それにお父さまが味方になってくれそうでは無いですか?」
都築さんは本当に楽しそうに嬉しそうに、お仕事のお話をされる。良いことばかりでは無いだろう。ご苦労されることだってあると思う。愚痴めいたことを口にされることもある。
だがCAのお仕事に打ち込んでおられる都築さんは、いつでもきらきらと輝いていた。心の底からお仕事を大事にされているのだと感じられる。
親不孝をしてしまうことなど本意では無い。だが
「そうですね。確かに父は私が夢だったCAになれた時には喜んでくれました。母に話をする前に、父と話をしてみます。母の価値観に『妻は夫から3歩下がって』があるので、巧く行くかも知れません」
「そうしたらお母さまもご安心されるでしょうからね。お母さまはお仕事をされたことが無い様なので、お仕事の楽しさとかそういうのが分かりづらいかも知れませんけども、お母さまが家事や子育てをされるのと同じぐらい
「はい。先々同じことで
「いいえ。私は何も」
佳鳴がふるりと首を振ると、都築さんは「ふふ」と軽やかな表情で微笑んだ。
「あ、日本酒お代わりください」
話をしているうちに、都築さんのグラスはすっかりと空になっていた。
「はい。お待ちくださいね」
佳鳴は都築さんから空のグラスを受け取った。
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