第2話 絆を終わらせたくない

 翌日、訪れた琴田ことださんはひとりの同い年ぐらいの男性をともなっていた。おそらく彼氏さんだろう。


「こんばんは」


「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませー」


 彼氏さんだと思われる男性は、初めて連れて来られたお店だからか、興味深げにきょろきょろと店内を見渡していた。


「へぇ、良い雰囲気だね」


 そんなことを言いながら、琴田さんにうながされて椅子に掛ける。続けて琴田さんも。佳鳴かなるがおしぼりをお渡しすると、心地良さげに手を拭いた。


「店長さんハヤさん、こちら、お付き合いしている佐古さこくんです。会社の同期で同い年なんです」


 琴田さんに紹介された佐古さんは「初めまして」とぺこりと頭を下げた。


「琴田に地元に行きつけの旨い店があるって聞いてて、でも何度頼んでも連れてってくれなくて。やっと来れました」


 佐古さんはそう言って人の良さそうな笑顔でふにゃりと笑う。


「いつも琴田さんにはご贔屓ひいきにしていただいています」


「楽しみだなぁ」


 佐古さんはわくわく顔で両指を組んだ。


「佐古くん、ここの注文の仕方は言った通りよ。お酒と定食どっちにする?」


「やっぱりお酒が良いな。何があるんだ?」


「これメニューね」


 佐古さんは琴田さんが差し出したメニューを見て「あ」と嬉しそうにこぼす。


「酎ハイのカルピスがある。俺これにする。お願いします」


「私はビールで」


「はい。お待ちくださいね」


 佳鳴が瓶ビールとグラスを、千隼ちはやがタンブラーに酎ハイカルピスを用意し、まずはそれらをお出しする。琴田さんが手にしたグラスに佐古さんがビールを「とっとっと」などと言いながらぐと、さっそく「乾杯」「お疲れさま」とグラスを重ねた。


 それぞれグラスを傾けると、勢い良くごっごっごっと喉を鳴らす。


「あー、美味しい! 仕事終わりのビール最高!」


「俺はビール旨いと思えないからなぁ。酎ハイカルピスあって良かったよ」


「佐古くん甘党だもんねぇ」


 おふたりのそんな会話が耳に届く中、佳鳴と千隼は料理を整える。


 メインは鶏団子とうずら卵とかぶとしめじの煮物だ。彩りに塩茹でしたかぶの歯を散らした。


 鶏団子はふわふわになる様に、ひき肉に水を加えてもったりとなるまでね、つなぎに水切りした絹ごし豆腐を使い、卵と青ねぎの小口切りを混ぜ込んだ。


 指とスプーンで押し出す様に作った鶏団子をお出汁で煮立て、灰汁あくを綺麗に取ったら他の具を順に入れて、砂糖と日本酒、お醤油などで調味して行く。うずら卵は今回は水煮を使った。


 ふんわりとした鶏団子からはじゅわっと煮汁があふれ、旨味がうずら卵と野菜にみ込んだ一品だ。


 小鉢のひとつはお揚げと長ねぎのおかか炒めだ。油抜きしたお揚げはごま油でかりっとなる様に焼き、斜め切りにした長ねぎも断面に焦げ目が付く様に焼き付ける。


 ふたつを合わせてみりんや日本酒、お醤油などで調味をしたら、削り節をたっぷりとまぶす。


 香ばしくも削り節のふくよかな旨味がまとう一品である。


 小鉢もうひとつは甘長ししとうの甘辛炒めだ。オリーブオイルを引いたフライパンを弱火に掛けて輪切り唐辛子の香りを出し、ぶつ切りにした甘長ししとうをしっかりと炒め、砂糖と日本酒と醤油、少々のお酢で調味をする。お酢は酸味を飛ばしてさっぱりさだけを残してやる。


 少しぴりっとするが、甘み旨味も感じられる一品だ。


「お待たせしました〜」


 お料理を提供すると、琴田さんは「わぁ」と嬉しそうに顔を綻ばせ、佐古さんは「おお」と頬を緩ませる。


「へぇ、美味しそうだね。楽しみだ。いただきます」


 佐古さんはさっそく箸を取り、鶏団子を口に放り込む。そして首を傾げた。続けてふたつの小鉢にも。だが浮かない表情で眉をしかめてしまう。


 そしてきょろきょろとカウンタに目を走らせ、「あの」と言いづらそうに声を上げた。


「すいません、醤油あります?」


 その時、隣で緊張の表情で佐古さんを見ていた琴田さんが、明らかに落胆した様な顔を見せた。


 佳鳴は「はい、ありますよ。どうぞ」と、醤油差しをお渡しする。


「ありがとうございます」


 佐古さんは醤油差しを受け取ると、まずは煮物にどばっと掛けてしまった。すっかりと黒くなってしまったその煮物を佐古さんは口に入れ、「うん」と満足げに頷いた。


「やっぱりこれぐらいじゃ無いと。どうしても外のご飯は薄味なんだよなぁ」


 すると琴田さんは「ねぇ」と佐古さんに声を掛ける。


「あのさ、佐古くんいつもそうやってご飯に醤油とか掛けちゃうけど、そんなに味気ない?」


「外のご飯はね。家のご飯、まぁ母親が作ってくれるご飯だけど、それはそんなこと無いんだけどなぁ。だから外のご飯はこうやって自分の好きに味加えて食べるもんだろ? だから薄いんだろうなって」


 そうあっけらかんと言う佐古さんに、琴田さんは悲しげに「違うよ」と首を振った。


「外で出してくれるご飯は、その時点で味が完成されているものなの。冷や奴とかお刺身とか醤油がいるものもあるけど、こういう煮物とかは大半は味なんて足さなくて良いの。それがお店の味なの。店長さんハヤさん、不愉快な思いをさせてしまってごめんなさい」


 琴田さんは佳鳴たちに向いて言うと、申し訳なさげに佳鳴と千隼に頭を下げた。


「いいえ、とんでもありません。大丈夫ですよ」


 佳鳴は笑顔で小首を傾げた。千隼も笑って頷く。すると佐古さんはきょとんと「え?」と声を漏らした。


「いや、でもさ、薄いだろ?」


「ううん、全然薄く無い。むしろ絶妙に美味しい。私、実家のお母さんのご飯を除いたら、ここのご飯が1番好きなの。だから味を足すなんて、そんな黒くなるまで醤油入れちゃうなんて、私には考えられないの」


「そうなの?」


 佐古さんは驚いた様に目を見開いた。佐古さんのお家のお食事がお醤油などをたっぷりと使った味付けで、佐古さんの中ではそれが当たり前の味なのだ。だから外の食事は薄いものだと思い込んでいらっしゃる様だ。


「多分、佐古くんはお母さまの味付けに慣れちゃってるから、そういう味覚になったんだと思う。えっとね、あの、えっと」


 琴田さんは言い淀む。迷う様に目を伏せ、だが意を決したのか小さく頷いた。


「あのね、私が佐古くんのプロポーズに悩んだのってそれもあって。私はこの煮物屋さんのご飯が大好きで、だから私がご飯を作る時には、もちろんプロの人と同じにはできないけど、醤油の量とかはこれぐらいになると思う。でもそれだと佐古くんには薄くて、きっと醤油どぼどぼ足しちゃうでしょう? 私ね、それに耐えられるかどうか判らないの」


「琴田……」


 琴田さんの訴えに、佐古さんは驚いて目尻を下げる。


「佐古くんが作ってくれても、料理って自分の好みの味付けで作ることが多いでしょう? 私ね、佐古くんが作ってくれたものを美味しいって食べられる自信が無い。多分私には凄く塩辛いと思うの」


「俺はこれぐらいが美味しいって思ってるけど、違うってことなのか?」


「人の好みはいろいろあると思う。良いとか悪いとかじゃ無いと思う。でもね、食の好みがここまで大きくかけ離れていたら、一緒に生活するのは難しいんじゃ無いかなって思う。佐古くんとは話も合うし楽に一緒にいられて、きっと一緒に暮らしたら楽しいと思う。良い家族になれると思う。でもご飯のたびに悲しい思いをすると思う。私が佐古くんはそういう好みだって割り切って、醤油とか掛けても気にしなかったら良いのかも知れないけど、やっぱり誰かにご飯を作る時って美味しいと思って食べて欲しいって頑張ると思うの。それを駄目にされちゃうのって、やっぱり辛いと思う」


「お、俺、琴田が作ってくれるものならちゃんと食べるよ」


 佐古さんが焦りながら言うと、琴田さんは「ううん」と首を振る。


「佐古くんに我慢して欲しいんじゃ無い。美味しいと思って食べて欲しいの。でも醤油とか足されると悲しいだろうなって。ごめん、私凄く矛盾してること言ってるよね」


 琴田さんが辛そうに目を伏せると、佐古さんは「いや」と目を閉じた。


「俺、今まで自分の味覚が普通なんだって思ってた。違うんだって言ってもらえて良かったよ。確かに俺は醤油がしっかり効いてる味が好きだけど、そんなことでお前とのこと終わりにしたく無い。俺の好みがおかしいせいなんだよな。じゃあ俺、直す様にするよ。琴田が作ってくれたものを美味しいって食べられる様に。俺が作ったものを美味しいって食べてもらえる様に。それにさ、ってことは俺、今まで塩分取りすぎてたってことなんだよな。それって良く無いよな」


「……そうね。身体には確かに良く無いと思う」


「すぐには難しいかも知れない。でも俺頑張るから。だから琴田、俺と結婚して欲しい」


「佐古くん……」


 佐古さんの強くたくましい言葉に、琴田さんは眸をかすかに潤ませた。

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