第5話 たくさん食べて欲しいから

「ICUは3階にあるんです」


 佳鳴かなる千隼ちはや三浦みうらさんに案内されてエレベータに乗り込むと3階に向かう。


「3階には手術オペ室とかもあるんですよ。なので基本は一般の方の立ち入りは禁止になってるんですけど、今回は話を通しているので大丈夫です」


 たった1階降りるだけなのでエレベータはすぐに到着する。エレベータから降りると正面に詰所があった。三浦さんがそこに声を掛ける。すると数人の看護師が飛び出して来た。


「三浦! 待ってた〜」


 ひとりはそう言って三浦さんの手をぎゅっと握った。するとひとりの男性が出て来て面倒そうに言う。


「だから心霊現象なんてあるわけ無いだろ」


「不調の原因も突き止められないんだったら黙ってて!」


 三浦さんの手を握る看護師さんがぴしゃりと言うと、男性は何も言い返せずに詰所の中に戻って行った。


「店長さん、ハヤさん、私はこの子から話を聞いたんです。私の同期なんです」


「あ、この方たちがお料理を作ってくださる?」


「そう。私の行き付けのお店の店長さんたち」


 三浦さんの同期の看護師さんは三浦さんから手を離すと、佳鳴と千隼に深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございます」


「いいえ、とんでも無いですよ。無事収まると良いんですけど」


「ええ、本当に。じゃあさっそく行きましょうか。三浦、私たちも行くよ」


 そこには三浦さんの同期さん以外に3人の看護師さんがいた。そのうちのひとりは男性である。恐らく三浦さん言うところの「信じる派」の方々だろう。


「こちらです」


 今度は同期さんに案内されて、佳鳴たちは連なって廊下を歩く。その特性ゆえにすぐに対応できる様にか、ICUは詰所のすぐ近くにあった。


 このフロアは先ほどまでいた病棟ともまた違う雰囲気が漂っている。人が少ないことも要因なのだろうか。薬品の匂いもさらに強い感じがする。電気は明々と点っているのだが、なんとなく薄暗い様な気さえしてしまう。


 生命のやりとりをしている場なのだ。そう思うと神聖な気持ちになってしまいそうだ。


 白い開き戸を開け電気を点ける。中央にベッドがあり、その周りには佳鳴たちがテレビなどでしか見たことが無い様々な機器が整然と並べられている。


「調子が悪い機器はこれなんです。生命維持装置です」


 同期さんが1台の機械を指す。それは今は沈黙している。ランプひとつも点いていない。


 ここにいるのだろうか。目に見えないものが。佳鳴たちには判らない。だが思いを残すものがいるのなら。


 佳鳴はその場に膝を突くと、風呂敷包みを置く。それを開いて使い捨て容器のふたをあける。どうにか傾けずに運べた様だ。ほとんど崩れてもおらず綺麗だった。


 佳鳴は蓋の上に置いておいたアルミ箔を開く。そこから出て来たのは小さな旗だった。青色の地にデフォルメされた像の顔が描かれている。お子様ランチに付ける様なそれをオムライスにそっと立てた。


 そして佳鳴は目を閉じて手を合わせる。千隼も佳鳴の横で屈んで手を合わせた。ふたりの後ろではきっと三浦さんたち看護師さんも手を合わせているだろう。


 静かな時が流れる。それは皆が男の子を思っていたむ時間だ。安らかにいてくれと、成仏してくれと。


 私たちが作ったオムカレーハンバーグ、美味しいと思ってくれたら嬉しいな。たくさん食べてね。


 佳鳴はそんなことも思いながら手を合わせた。




「本当にありがとうございました」


 同期さんたちは揃ってまた頭を下げる。佳鳴たちは3階の詰所前に戻って来ていた。


「いえ。少しでもお役に立てたのなら良いんですけども」


「少しどころか! 本当に美味しそうでした。オムライスにハンバーグとカレーなんて、小さな子には夢の様なごちそうです」


 同期さんはそう言ってにっこりと笑う。他の看護師さんたちも「はい。美味しそうであんな場なのによだれが」なんて苦笑する。


「これなんですけども」


 佳鳴は旗を外し蓋をしなおしたオムカレーハンバーグを、そっと同期さんに差し出す。


「よろしければ皆さんでいただいてください。病院の方にこういうのを差し上げるのは駄目なんでしょうけども、これはお供えのおすそ分けですから」


 佳鳴が言うと、同期さんはおずおずと手を出して料理を受け取った。その上に千隼が使い捨てのスプーンを数本出して「これ使ってください」と置いた。


「そう、ですよね。それも供養のひとつですよね。はい。ありがたくいただきます。えへへ。本当に美味しそうで嬉しいです」


 そう嬉しそうに小さく笑う。そしてそっと目を伏せた。


「このフロアでは病棟よりも亡くなられる方も多いんです。だから私たちも最後を看取ることが多くて。そんな私たちが供養の気持ちを忘れちゃ駄目ですよね。これから心掛けて行きたいと思います」


 同期さんはそう言ってまた微笑む。


「あの、今度私もお店にお邪魔しても良いですか? 三浦からも度々話を聞いていて、いいなぁと思っていたんです」


「はい、もちろんです。お待ちしております」


 佳鳴と千隼はにっこりと笑みを浮かべた。




 帰り道の車の中で、佳鳴と千隼は時々言葉を交わす。


「これで機械直るかなぁ」


「どうだろ。俺はなんだかままごとでもやってる気分だったぜ」


「信じていない人には茶番に思うんだろうけど」


「解ってるよ。供養の気持ちだろ」


「そうそう。私たちも忙しさにかまけちゃ駄目ってことだよね。よし、今度の定休日にはお墓参りに行こうかな」


「ご先祖さまの?」


「うん。ご先祖さまに美味しいもの作って持って行こう。私たち元気にやってますよ、見守っててくださいね、って。で、そのおすそ分けをご先祖さまといただくの」


「それも良いな。あーそれにしてもいろんな常連と話もするけど、まさかスピリチュアルというかオカルトというか、こんなことになるとは思わなかったー!」


 千隼は運転しながらがなる。佳鳴は笑いながら「そうだねぇ」と同意する。


「でも私たちにも必要なものだから。それより今回は柳田さんには本当にお世話になったなぁ」


「そうだな。お礼、何だったら受け取ってくれるだろ」


 柳田さんは会計を無しにすると申し出ても固辞され、佳鳴たちは困っていた。柳田さんはそれぐらいでも足りないほどのことをしてくださったと言うのに。


「それに大切なことも教えていただいたしね」


 佳鳴は「う〜ん」と唸った。

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