14章 偽りの関係
第1話 擬似親子の様なふたり
「あ〜シャンディガフ旨いっす!」
シャンディガフはこの煮物屋さんでお出ししている数少ないカクテルのひとつだ。ビールはいつでもあるし、ジンジャーエールはソフトドリンクで用意してあるので、メニューを見たこの渡辺さんが「作れますか?」と聞いたのが始まりである。
そのついでと言うのもあれだが、煮物屋さんに普段からあるもので、ステアするだけで作れる数種のカクテルをメニューに載せた。つい最近のことである。それまで渡辺さんはサワーを好んで飲んでいた。
「ビールだけだと苦くて飲めなくて。ディーゼルも旨いっすよね」
ディーゼルとはビールとコーラで作るカクテルである。
「そうですね。どちらもアルコール度数も低めなので、ゆっくり飲めて良いですしね」
「ですよね。俺あまり酒に強く無いので、こういうカクテルは本当に嬉しいっす」
そうしてにこにことシャンディガフを飲んでいた渡辺さんが、急にがっくりと肩を落とした。
「それなのにこの前の仕事では結構飲まされて大変でしたよ〜。すっかり
「それは大変でしたね。沢山飲まれるお嬢さんだったんですか?」
「いえ、おだてて飲ますのが巧い人でした。あれは一杯食わされたって感じだったっすね。後でその人には上から注意が行きました」
渡辺さんはその時のことを思い出したのか、複雑そうな顔で笑った。
渡辺さんの仕事は「レンタル彼氏」のタレントなのである。女性の一時的な彼氏になって楽しませるというものだ。
渡辺さんはきちんと会社に所属していて、料金形態などはクリーンである。
ひとりで営業や経理など何もかもをしている人もいるらしいが、それはバックアップが無いので、万が一依頼してきた女性が危険人物の場合フォローできずに危ないとのこと。
以前渡辺さんがどうしてこの仕事を選んだのかおっしゃっていたことがあった。
「女性が好きなんす。変な意味じゃ無くて。俺多分マザコンなんすよねぇ、根底に母大好きで尊敬しているってところがあって。だからそんな女性を幸せにしてあげられる仕事をしたいなって。ホストも考えたんすけど、あれは俺には荷が重すぎるなって思って。そしたらテレビでレンタル彼氏の存在を知ったんすよ」
女性を喜ばせる仕事なら他にもありそうだが、渡辺さんは見目も良く本人にもその自覚がある様なので、渡辺さんにとってはぴったりの職業だったのだろう。
しかしこの仕事は外見が良いだけでは務まらない。
技術的なことは研修もあるらしいので、そこで学んだことも多いのだろう。
「でも渡辺さん、そういうお仕事をしていると勘違いというか、そういうのをしてしまうお客さんはおられないんですか?」
佳鳴が聞くと、渡辺さんは一瞬きょとんとした顔をした後「あははっ」と陽気に笑った。
「大丈夫っす。なにせお金が関わってるっすからね。支払う時に皆さん現実に戻られるっすよ。クレカ支払いもあるっすけど、現金払いだとデートの後にいただくっすからね」
「あはは、確かに「これはお金でデートしてもらってる」って思っちゃうでしょうね」
「なので俺は今までストーカーとかそういうのに遭ったことは無いっす。あー、でも同僚はどうなんだろ。実は横の付き合いってあんまり無いんすよ。だから話を聞くことも無くて」
「でもそういうのって女性の方がシビアじゃ無いですかね? 男性の方が夢見がちというか勘違いしてしまう人が多そうな気がします」
千隼が言うと、渡辺さんは「確かに」と頷く。
「うちの会社レンタル彼女もやってるんすけど、そんな話をたまにっすけど聞くっすね。今のところ大事になったって話は聞かないっすけど。そんなことになってたら大変っすよ」
「渡辺さんの方が専門ですから僕たちは言う様なことじゃ無いとは思いますけど、気を付けてくださいね」
「はいっす」
渡辺さんはこくりと頷き、グラスを傾けてまた「はぁ」と心地好さそうな息を吐いた。
次に渡辺さんが訪れたのは数週間後だった。にこにことご機嫌の様子である。
「最近、平日にも
「お客さまの年齢層って広いんですか?」
「俺を指名してくれる人は若い人が多いっすね。おばちゃんは珍しいっす。結婚もしているみたいっすし。おばちゃんだからっすかねぇ、なんか女性とデートというより、母親と出かけてるみたいな気分になるっす。世話好きなおばちゃんなんすよ」
「それはなんとも微笑ましいですねぇ」
「そうっすね。俺もひとり暮らしでなかなか実家に帰れないんで、ちょっと親孝行みたいなのしてる気分になるっす」
渡辺さんは言って笑う。
「また明日もご指名もらってるんすよ。歌舞伎を観に行きたいんすって。俺歌舞伎って初めてっすよ。難しいっすかねぇ。楽しめるかなぁ」
「新たな楽しみを見つけるチャンスかも知れませんよ」
「そうっすね。楽しみっす」
渡辺さんは楽しそうににっこりと笑った。
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