第2話 味付けご飯への思い

「あ〜優しい味! 炊き込みご飯美味しいなぁ」


「本当。噛み締めると味がじゅわっと沁みるよね。美味し〜い」


 お客さまは皆そう言いながら、顔を綻ばせて炊き込みご飯をかっこんでいる。


「香ばしいのはおこげ?」


「それもですけど、豚のひき肉を炒めてから混ぜ込んでますので、それもあると思いますよ」


「あ、なるほど。全部入れて炊いてる訳じゃ無いんだ。へぇ、そんな作り方もあるのかぁ」


「それだけ手間暇掛けて作ってくれてるってことなのね。家じゃ面倒でなかなかできないかも。洗い物が増えるのは嫌だぁ〜」


 好評の様で、千隼ちはやは嬉しくなる。ていねいに仕込んだ甲斐かいがあるというものだ。




 そして、炊き込みご飯は22時ごろに無くなってしまった。いつもより早い時間だ。


 最後の定食を食べられたお客さまが帰られた23時ごろ。店内にお客さまはいなくなってしまった。


「どうしようか。おかずがまだ少しあるけどご飯無くなっちまったし、閉店する?」


「そうだねぇ、もうこの時間だし、お客さまはもう来られないかなぁ」


「俺ちょっと人通り見てくるよ」


 千隼は言うと表に回って外に出る。もう遅い時間なのでやはり人通りはほとんど無く、これならもう閉店してしまっても構わない様な気もしてしまうが。


 すると駅の方から人影が現れる。走って来るその人は常連の田淵たぶちさんだった。


「あ、ハヤさんこんばんは! まだお店やってますか?」


「こんばんは。残業ですか? お疲れさまです。ご飯は無くなっちゃったんですけどおかずはありますよ。よろしければどうぞ」


「ありがとう。助かるよ」


 田淵さんはほっとした様に表情を緩め、千隼が開けたドアから店内に入って行く。千隼も後に続いた。


「田淵さん、いらっしゃいませ」


「こんばんは。すっかり遅くなっちゃって」


「ご飯が無くなってしまったんですよ。おかずだけなんですが良いですか?」


「らしいですね。今日は肉の日で炊き込みご飯ですもんね。早く無くなっちゃうだろうなぁとは思ってたんですよ」


「申し訳ありません」


「いえいえ、こっちが遅くなっちゃったんですから。じゃあビールください」


「はい、お待ちくださいませ」


 佳鳴かなるはまず田淵さんにおしぼりを渡し、横で千隼がビールを用意する。


「お待たせしました」


 ビールをお渡しすると、田淵さんは「ありがとう」と受け取り、さっそく手酌で1杯のどに流し込む。


「あ〜美味しい! やっぱり仕事の後の1杯は格別ですね」


「そうですね。私たちもお店を閉めた後に飲むこともありますけど、やっぱりそう思いますねぇ」


 そして料理を整える。少しボリュームが足りないだろうか。しかしもう遅い時間なので、軽いめの方が良いだろうか。


「田淵さん、今日は炊き込みご飯だったのでおかずに肉っ気が無いんです。何かお作りしましょうか?」


「いえいえ、もう遅い時間なのでさっぱりの方が嬉しいです」


「では煮物を少し多めにしておきましょうか」


「それは嬉しいです」


 そうして器に盛った料理を田淵さんにお出しする。


「健康的ですねぇ。ビール飲みながら言うせりふじゃ無いですけど」


「でも酒は百薬の長なんて言いますから、飲み過ぎなければ健康的って言っても良いかも知れません。それにビールはストレスを緩和してくれるって聞いたことがありますよ」


「そうなんですか? それはなんだか凄いですね。ビールを飲む罪悪感が薄れます。と言っても元々そうある訳でも無いんですけど」


 佳鳴の言葉に田淵さんはそう応えて小さく笑う。


「そうそう、炊き込みご飯と言えば、僕、小さい頃は白いご飯があまり食べられなくて、ご飯が炊き込みご飯とか丼ぶりの時は嬉しかったなぁ」


「あ、それ僕と一緒です。僕も子どもの頃は白米苦手でした」


「ふふ。なのでうちのご飯は炊き込みご飯とか多かった覚えがあるんですよ」


「それは羨ましいですねぇ。うちはふりかけしかくれなくて。それも掛けすぎると怒られてました」


「うちも普段はふりかけとか海苔でしたよ。味のあるご飯はご馳走でした。あ」


 千隼は何かに気付いた様に声を上げる。


「田淵さん、味のあるご飯一緒に食べませんか?」


「え?」


「ちょっとお待ちくださいね。姉ちゃん、悪いけど卵2個で炒り卵作っておいて。多めのごま油で」


「分かった」


 千隼はそう言い残すと、上の居住スペースへと上がる。


「え?」


 田淵さんがまた言うと、佳鳴は「ふふ」と小さく笑う。


「何か思い付いたみたいですね」


 佳鳴は冷蔵庫を開けて卵を出し、ボウルに割って菜箸でほぐす。小さなフライパンを火が着いたコンロに掛け、温まったらごま油を垂らし、しっかりと熱して卵液を流し入れる。


 じゅうっと音がし、周りから固まって来るのでフライパンを動かしながら中に入れる様にふわふわに火を入れて行く。


 数分後、降りてきた千隼の手には、ほかほかと湯気の上がるボウルがあった。


「姉ちゃん、パックのご飯使ったよ」


「うん。卵焼けたよ」


「ありがとう」


 煮物屋さんの厨房にはレンジが無いので、上のキッチンでパックご飯を温めてボウルに移して来たのだ。


 千隼はご飯に塩昆布とかつお節を入れてさくさくと混ぜ込んで行く。そこに炒り卵と白ごま、青ねぎの小口切りを入れてさらに混ぜ、小振りな茶碗に盛った。


「簡単な混ぜご飯ですけど。サービスです」


「え、いいの?」


「はい。お話をしていたら食べて欲しくなってしまって。おせっかいですけど」


「ううん、嬉しいです。僕も食べたくなって来ちゃったですもん。明日にでも家で作ろうかなって思ったぐらいで。ありがとうございます」


 田淵さんはグラスに入っているビールをぐいと飲み干すと、茶碗を手にし、あらためて「いただきます」と言って箸を動かした。


「あ、良いなぁ、塩昆布とかつお節でしっかりと味が付いてて、でも濃くなくて、卵とごまとすごく合う。素朴で美味しいですね!」


 そう言って嬉しそうに目を細めた。


「良かったです。はい、姉ちゃんも」


「ありがとう」


 佳鳴も千隼から受け取った混ぜご飯を口に放り込み、「うんうん、美味しい」と頷く。


 千隼も茶碗に盛った混ぜご飯を口に運び、「うん、上出来上出来」と満足げに頷いた。


「これ、明日にでも沙苗さなえさんに作ってあげようかなぁ」


「本当に簡単なので、よろしければ作ってみてください。メモですがレシピをお渡ししますね。これにオイルを切ったツナ缶を入れても良いですよ」


「なるほど。それも美味しそうですね」


「あ、田淵さん、混ぜご飯サービスさせていただいたことは内緒ですよ」


 佳鳴が言って人差し指を唇に当てると、田淵さんは「あはは」とおかしそうに笑う。


「解りました。沙苗さんには話の流れで作り方教えてもらったって言いますね」


「お願いします」


 また嬉しそうに混ぜご飯を食べる田淵さんを見て千隼も嬉しくなる。千隼が親から愛情を注がれた様に、お客さまに情をもって寄り添い、美味しいものを食べてもらいたいとしみじみ思った。

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