第84話 冒険者として活動する意味
プルートスにいる丁稚に閉店作業を押しつけた後、マリーらはゴールドロックを訪れた。
女性二人に男性一人。そしてスライム一匹という奇妙な組み合わせだからか、周りから探るような視線を感じる。
その視線を無視して、マリーは尋ねる。
「ユート。孤児院にお金を入れてたんでしょ」
「……どうしてそれを」
「理由はこの子よ。たまたま現場を見ちゃったんだって」
この子と言われたエリスは、なにがなんだかわからない様子で、しかし視線だけは鋭くユートを睨めつける。
「ゆ、ユートさん。ああ、あの女性とはどんな関係なんです!?」
「どんな関係って……うーん、特になんの関係もないかな?」
「なんの関係もないのに、お金を渡す……やっぱり、ユートさんはドMさんです!」
「違うっての」
「あだっ!」
マリーのチョップが脳天に炸裂し、エリスが首を引っ込めた。
涙目になって睨んでくるエリスを諭すように、マリーが言う。
「あそこはユートが暮らしてた孤児院なの。ユートがどうして孤児院を出たか、エリスは知ってる?」
「それは……、知らないです」
「口減らしよ。自分より年下の弟妹たちがお腹を空かせてるのを見かねて、ユートは自分から孤児院を出たの。なんの当てもないままに、ね」
そう言ってマリーはちらりユートを見る。
ユートはたはは、と頭を掻きながら困ったような笑いを浮かべた。
「アタシがご飯を奢ってなかったら、今頃死んでたかもしれないわね」
「マリーさんにはほんと、感謝してます」
「うむうむ。もっと褒めていいわよ」
真剣に頭を下げたユートに、マリーは冗談めかして頷いた。
ここで真剣に受け取れば、次回食事に誘いにくくなる。
マリーはユートを、気軽に食事に誘えるような関係のままありたかった。
「僕がお金を渡したのはリタっていう女性で、四年前から孤児院の院長になった人なんだ」
「前の院長さんは? たしか、ご年配だったわよね?」
「うん。僕が暮らしてた頃の院長さんは、子どもたちのパワーについていけないって、引退したんだよ」
「なるほど」
子どもは恐るべき力を宿している。
眼が覚めると全力で遊び、昼ご飯を食べると魔石が切れた魔道具のようにころっと眠りに就く。
再び目が覚めると、夜になるまで大暴れする。
子どもはまるで、小さなドラゴンだ。
そんな子どものパワーに、高齢の元院長が付いていけなくても無理はない。
「初めの頃は、恥ずかしくてお金をこっそり置いてきてたんだ。でも、それがリタさんにバレて、怒られてさ。『立派な行為を、何故堂々と行わないのですか?』って」
優斗はそれまで、こっそりガルドを孤児院に投げ込んでいた。
投げ込むガルドがとても少なくて、誰にも顔を合せられなかったからだ。
たった数ガルドしか寄付出来ない自分が、恥ずかしかった。
しかし、
『たとえほんの1ガルドだろうと、孤児院への寄付は誰から見ても褒められるものです。真に子どものことを思うのならば、あなたの行動を、子どもたちに見せてあげてください。さすればあなたのように、素晴らしい大人に育つでしょうから』
こっそりガルドを置いていたことがバレたとき、憤慨したリタが優斗にそう告げた。
その言葉に、優斗はこれまでの方針を変更した。
正直、優斗は自分が素晴らしい大人だとは思っていない。
だが、自分の行動を真似る子どもが現われるかもしれない。
一人ではなくみんなの力で、孤児院を立て直す未来が、いつかやってくるかもしれない。
そう考えると、直接手渡しをするのも悪くないと思えたのだ。
「で、ユートは他人に施せるくらいお金持ちなわけ?」
「いや……ええと……」
「はぁ。どうせ自分が最低限生きられる分だけ残して、全額寄付してるんでしょ」
「…………」
マリーにずばり言い当てられ、優斗は言葉を失った。
先日からの狩りで、優斗はエリス金融への借金返済が完了していた。
マリーが言った通り、お金に余裕が生まれるようになったため、自分が食べて行ける分だけを残し、全額を寄付していた。
「だから、ユートさんはずっと、貧乏だったんですね」
「う、うん……」
「Cランクになってから、お金いっぱい稼いでる、です。なのに、ずっと50ガルドパンばかり食べてた、です。かわいそう……です」
「いや、50ガルドパンは好きだから食べてるんだよ」
「えっ?」
「えっ?」
なにを馬鹿なとでも言うように、エリスが固まった。
そんなエリスを見て、優斗は首を傾げる。
50ガルドパンは、安くてお腹がいっぱいになる魔法の食べ物だ。
決して無理して食べているのではなく、優斗は好んで食べているのだ。
「50ガルドパンの話は横に置いときましょう」
「もっと掘り下げられるよ? っていうか掘り下げようよ」
「却下します」
優斗の意見は、マリーにあっさり棄却された。
先日、カオススライム討伐で汚染された水源が、やっと清浄を取り戻してきたところだった。
いまは休業中のパン屋だが、もうすぐ営業を再開する。
その話に花を咲かせたかった優斗は、がくりと肩を落とした。
「でも、ユートさん。どうしてそこまで、辛い思いをして、寄付をしてるです? 寄付をしなかったら、ユートさん、もっと良い防具を装備出来るです。良い防具を装備したら、もっと安全になるです」
昔、マリーにも同じようなことを尋ねられたな、と優斗は懐かしい気持ちになった。
その時はマリーも、優斗が寄付をしているなんて知らなかったが……。
「孤児院はね、僕にとって一番大切な場所だからだよ」
優斗に両親の記憶はない。
気がついた時には、クロノスの孤児院で暮らしていた。
初めは食べ物が少ないと不満を感じていた。
食べ物が少ないのに、院長はことあるごとに子どもたちを、どこからか拾ってくる。
また、食事の量が減る。
(どうしていまいる僕らを満足に食べさせられないのに、いっぱい子どもを拾ってくるんだろう?)
優斗は院長の行動に、ややうんざりしていた。
そんなある日、優斗が初めて孤児院の外を歩いた時のことだ。
スラム街に、自分と同じような子どもがたくさんいることを、優斗は知った。
そしてその子ども達は自分と違い、食べるものがなく、雨風を凌ぐ場所もなかった。
スラム街では子ども達の亡骸が身ぐるみを剥がされた状態で、当然のように打ち捨てられていた。
優斗は何故院長がこの孤児院を作ろうと思ったのか。
そして、院長がたった一人で守り続けているのか。
その理由が、わかった気がした。
院長はゴミのように死んでいく子ども達を、一人でも多く守りたかったのだ。
そんな院長が作った孤児院が、自分たちにとってどれほど幸せな場所だったかも、優斗は理解した。
その頃からだ。
優斗はこう考えるようになった。
『院長みたいに、この孤児院を守りたい。みんながお腹を空かせないで済むようにしてあげたい』
この思いこそが優斗の、冒険者としての原点だった。
優斗はずっと、孤児院を影ながら支え続けている。
もし孤児院が失われれば、優斗が冒険者として活動する意味が、失われてしまうから。
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