第80話 森の中で

「……おかしいな」

「どうしました?」

「生物の気配が薄い」


 ダナンの言葉で、優斗は気配察知に意識を集中する。

 すると、たしかに森に生息する生物の気配が薄いように感じられた。


「たしかに、小動物の音が聞こえねぇな……」


 優斗の隣で、テミスが耳をピコピコと動かした。

 テミスのような狼人族は、優斗らに比べて非常に優れた聴覚を持っている。


 その彼女が、森の中で小動物の音が捕らえられないというのは、あまりに不自然だった。


 森の中は生命の宝庫だ。

 虫の羽音や、鳥の鳴き声など、必ずどこかしらから聞こえてくるものである。


 優斗も耳を澄ませるが、確かになんの音も聞こえない。

 森の中が、静かすぎる。


「魔物はどうですか?」

「沢山いるぜ。前に二体。右手に三体。左手に五体だ」

「結構多いですね」


 音が聞こえないというから、もしかしたら魔物もいないのではないか?

 優斗は指名依頼の失敗を怖れたが、それは杞憂だったようだ。

 ほっと胸をなで下ろす。


「それじゃあ、手始めに前の二体から討伐しましょう」

「了解」

「おう」

「はい、です」


 前方に進むと、二体の魔物を発見した。

 魔物は、Eランクのコボルドだった。


 優斗は手だけでテミスに合図を送る。

 その意味を理解したテミスが、勢いよく魔物の前に躍り出た。


「牙流剣術〝一噛(いちごう)〟連撃!!」


 勢いをそのままに、テミスがコボルドに斬り掛かる。

 テミスの突然の出現に驚いたコボルドは、為す術なくテミスの剣に斬り伏せられた。


「どうよ!」


 ふんすっ、とテミスが鼻息荒く優斗に振り返った。

 盾士になっても、彼女の鋭い剣術は健在であるようだ。


「すごいですね、テミスさん!」


 そんなテミスに、優斗は心から称賛を送る。


 盾士は一般的に、殲滅力を持たない。

 魔物からの攻撃を一手に引き受けることが仕事の、壁役である。


 そんな盾士の職業に就いたテミスは、攻撃系のステータスにマイナス補正がかかっているはずだ。

 にも拘らず、コボルドを倒した剣術は目を見張るものがあった。


(すごく、努力してるんだろうなあ……)


 優斗は純粋に、テミスを尊敬した。

 称賛されたテミスだったが、何故か不満げに唇を突き出した。


(あれ、なんで機嫌が悪くなってるんだろう……?)


 テミスの表情に、優斗は困惑するのだった。


 討伐が終了した後は、解体だ。

 ここはダンジョンではなく地上であるため、魔物を解体しなければ素材が手に入らない。


 今回倒したのはコボルドだ。

 皮や肉などはどこも引き取ってくれないため、解体で入手出来るものは魔石だけとなる。


 インベントリに収納している包丁で、優斗はコボルドから魔石を抜き取る。


「ほぅ。上手いもんだな」

「冒険者経歴だけは、いっちょ前に長いですからね」


 コボルドを解体する手つきに、ダナンが目を丸くした。

 優斗はかれこれ10年は冒険者生活を行っている。


 その10年間で、クロノスの外での狩りを優斗は何度も経験している。


 優斗は能力を期待されない、荷物持ちだった。

 それはダンジョン以外でも同じである。


 荷物持ちとして、倒した魔物の素材や肉を運ぶのは当然だ。

 そこにプラスして、優斗は魔物の解体が行えた。


 沢山いる荷物持ちの中から、あえてレベル1の最弱(おにもつ)を選ぶ冒険者(ものずき)はいない。

 そういう境遇の中、多くのパーティに選ばれるために、優斗は自らに付加価値を付けていった。


 その付加価値の一つが、解体である。

 解体が行える荷物持ちということで、優斗はダンジョンの外で狩りを行う冒険者に重宝されたのだった。


 さておき、解体である。

 優斗は迷うことなく、コボルドの魔石を抜き出した。


 そこから優斗らは、右手に三体、左手に五体いる魔物を倒した。

 これらはそれぞれキルラビットとゴブリンだったこともあって、テミスがこともなげに倒してしまった。


 さすがはCランクに近いDランク冒険者である。

 Eランクの魔物など指一本寄せ付けない。


 魔物を倒す度に、テミスが意味ありげな視線を優斗に向けた。

 だが優斗の称賛を聞くと、彼女は決まって唇を尖らせた。



(悔しくねぇのか?)


 テミスは優斗の反応が、どうにも腑に落ちなかった。


『盾士が魔物を倒すなんて生意気だ!』


 一般的な殲滅役ならば、盾士が魔物を倒せばそんな反応を見せる。


 盾士は稼ぎの良い役割だ。

 大抵のパーティでは、盾士と殲滅役が稼ぎ頭のツートップである。


 その盾士が、殲滅役の仕事を奪っているのだ。

 これを殲滅役は面白くないと思うのが普通である。


 だが、優斗は一切ネガティブな反応を見せない。

 かといって、すべてをテミスに任せてしまえといった、小狡い考えも抱いていない様子である。


(なにを考えてんだアイツは……)


 テミスは一度、優斗に正面から敗北している。

 だからこそテミスは優斗に、一度はぎゃふんと言わせたかった。


『ユートを驚かせたい』


 その一心でEランクの魔物を相手に暴れるテミスは、ずいぶんと空回りしていた。

 ――空回りしていたのだと気づいたのは、Dランクの魔物が複数出現した時だった。


「右手から3匹。今度はそこそこ強ぇぞ!」

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