第52話 新しい防具

「おかしいだろ。なんでお前まで話しに乗ってんだよ!? ここは引き留めるところだろ」

「パーティリーダーはユートさん、です。ユートさんの指示には従う、です。間違ったら止めますが、ユートさんは絶対に間違ってない、です」

「お前の収入が減るかもしれねぇんだぞ!?」

「こう見えて、わたしはお金持ち、です。Cランク冒険者ですから!」


 どうだと言わんばかりに、エリスが胸を張る。

 残念ながら服を押し上げるものはなにもないが、それでも堂に入った姿勢だった。


「それに、わたしもスラム出身、です。ダナンさんの気持ちは、すごくわかるです」

「下町の……ああ、そうか……くそっ!」


 エリスが何故下町の聖女と呼ばれているのか、思い出したようだ。

 ダナンが悪態を吐きながら地面を蹴った。


 そのダナンの手を、再び優斗は握った。


「それじゃダナンさん、行きましょう!」

「……チッ。行くって、今日はどこだよ。16階か?」

「いいえ。まずはインスタDです」


 10階のボスを倒した際に、優斗はクエストクリア報酬でDランクのインスタンスダンジョンの鍵を手に入れていた。


 今日はそれを使い、インスタンスダンジョンと、クエストをクリアする。


「ちょっと待て。インスタDに行くなら――」


 ダナンが優斗に向き直った。

 なにかあるのだろうか?

 彼の表情から真剣さを感じ取り、優斗は身構えた。


「お前の防具をなんとかしろ……」

「……へ?」


 ダナンの口から出たのは、予想だにしない言葉だった。

 優斗は思わず呆けてしまう。


「防具、ですか……」

「ああ。インスタDにゃ魔術を使う魔物が出てくる。頼むから、防具を新調してくれ……」

「いや、でもこれからお金を貯めるわけですし……」

「こちとら、お前が魔術に飲まれる度に、気が気じゃねぇんだよ!!」

「そうですそうです! ユートさんは新しい防具を買う、です!」


 ダナンの言葉に、エリスが追従した。

 ここでお金を使えば、マイナスからスタートしてしまう。

 それに優斗には、新しい防具を購入出来るだけ蓄えがない。


「ぼ、僕はお金が……お金がないんですッ!!」

「話は武具店で聞こう」

「連れて行くです」


 優斗は必死に抵抗した。

 しかし、優斗は本気になったダナンとエリスの二人によって、ずるずると引きずられていくのだった。


          ○


 武具店プルートスに連れて来られた優斗は、店の隅っこで肩を丸めていた。

 エリスとダナンが、自分の防具を選んでいる。

 その姿を見るのが、心苦しかった。


 お金を出すのが優斗ならば、ここまで肩身の狭い思いはしなかった。

 だが、今回優斗の防具を購入するのはエリスだ。


 優斗は遂に、12歳の少女に(防具を)買われてしまう。

 そう考えると、さめざめと泣きたくなってくる。


「あ、あのぅ……二人とも。この防具なんていいんじゃないですかね? プルートスの防具が、5万ガルドで購入出来るんですよー? お得ぅー」

「却下、です」

「そんな布切れでインスタDに行けるわけねーだろ」


 優斗の僅かばかりの抵抗も、あっさり却下されてしまうのだった。


「これなんて、良いんじゃないか?」

「うーん。打撃に不安があるです」

「ユートは回避タイプだし、いいんじゃねぇか?」

「ふむぅ」

「「…………」」

「ひっ!?」


 1着の防具の前で話し込んでいた二人が、一斉に優斗を見た。

 まるで、肉食獣が草食獣を狙うかのような視線に、優斗は怯えた。


「ユートさん。これにする、です」


 そう言ってエリスが手に取ったのは、黒を基調としたコートだった。

 恐る恐る手に取ってみると、まずはその軽さに驚いた。


「おお?」


 まるで羽根を持っているみたいだ。

 優斗はそのコートを広げ、じっくりと全体を眺めた。


「そのコートは、主に魔術師用のものよ」


 優斗が眺めていると、マリーがこちらに近づき説明を始めた。


「近接系の攻撃への耐久力はそこそこ備えてるけど、メイル系防具と比べるまでもないわね。その代わり、魔術系の防御力は折り紙付きよ。この価格帯なら良い商品だとは思うけど、剣士のユートに合うかしら?」

「うーん?」


 マリーの疑問に、優斗はじっと考える。

 たしかに、メイル系の防具ほど打突斬系の防御力がないのは不安要素だ。


 しかし、優斗は防御型の剣士ではなく、回避型の剣士だ。

 ならば通常の剣士用防具より、接近するまでに食らう可能性の高い魔術師用の防具を選ぶのは間違いではない。


 たしかに、良いチョイスかもしれないと優斗は思った。

 ――値札を見るまでは。


「三十ッ!?」

「一着三十万ガルド。Bランクくらいまでは十分使える防具よ」

「ひえぇ……」


 三十万ガルドは、一体何食分だ……?

 考えるけれど、優斗はパニックになって計算出来ない。


(とにかくいっぱいだ。いっぱい食事が出来る金額だ……ッ!!)


 優斗は、そんな高級品に手を出せるような冒険者ではない。

 手を大きく震わせながら、優斗は防具を元の場所に戻そうとする。


 しかし、その行く手をエリスに遮られた。


「ここは、わたしが出す、です」

「で、でも……」

「いいから、ユートさんは、わたしに買わせる、です。もちろんお金は、きちんと返済するです。これは、貸しです」

「貸し……」

「分割でも一括でも、良いです。一生返さなくても良い、です」

「エッ!?」

「けど、その代わり……」


 ふっふっふ、とエリスが不気味な笑いを浮かべた。

 すると優斗の横で、何故かマリーも「良い度胸ね」と呟き、エリスをバチバチと睨み付けた。


 エリスが会計を済ませる間に、優斗は早速試着室でコートに袖を通した。

 きちんと装備しているのに、なにも羽織ってないみたいに軽い。


「こんな高級防具、僕が着ていいのかな……っと、そうだ」


 優斗は思い出し、スキルボードを取り出した。

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