第45話 忍び寄る危機

(あっ、やべっ……)


 クラトスの予定では、勝負は一瞬で終わるはずだった。


『慢心するな!』

『冒険者の頂点は高いぞ!』

『もっと努力しろ!』


 ユートに格の違いを見せつけて、高らかにそう説教する予定が変わってしまう!


(折角格好いい台詞を用意してたのにっ!)


 慌てたクラトスは、すぐに特技である千刃を使用した。


 空中に刃を生み出し、様々な角度から対象に斬り掛かる。

 最大で千本生み出すことも出来るが、クラトスは戦場でそんなに生み出したことはない。

 千本の刃を生み出しても、正直邪魔なだけだ。


 千刃は、クラトスをAランクまで押し上げた特別な技だった。


 その技が、


(――はっ?)


 ユートに回避されてしまった。

 クラトスは彼に千刃を見せたことはない。

 つまり、初見である。


(Cランクの冒険者が初見で躱した!?)


 千刃はユートの背後から斬り掛かった。

 ユートの目には見えていない角度である。

 それを躱されるとは、クラトスは微塵も想像しなかった。


(一体、なんなんだこの坊主は……)


 戦いながら、クラトスは先日の事件を思い起こしていた。


 回復術師の少女が仲間に捨てられ、インスタンスダンジョンに閉じ込められたものだ。

 そのインスタンスダンジョンに、ユートが飛び込んだ。


 彼は自分よりも格上のダンジョンに飛び込み、見事に生還した。

 このことから、クラトスはユートが尋常な冒険者でないことは想像出来ていた。


 だが、まさかこれほどとは……。


(色々、あべこべすぎだろこいつ……)


 ステータス自体は、間違いなく高い。

 Cランクの中堅か、上位に位置している。


 だが、魔物を倒して手に入れたステータスが、本人の体に噛み合ってなかった。

 まるで低レベル冒険者が、最強の武器を手にしてしまったようだった。


 武器(ちから)に、体が振り回されている。


 しかしそれも、クラトスが攻め立てているあいだに、徐々に修正されていく。

 仕舞いには、ほぼ完璧な姿勢で回避出来るようになってしまったではないか!


(これは、やべぇ!)


 これ以上戦闘が長引けば、Aランクらしい圧倒的な勝利ではなくなってしまう。

 慌てたクラトスは、一気に勝負を付けようと動いた。


「そろそろ終わるか」


 余裕がないクラトスは、それでも余裕の声を発した。

 こういうものは、どう見えるか――はったりが肝心なのだ。


 相手が態勢を整える、その前に。

 クラトスは千刃を、20本に増やした。


 さすがにこれには、ユートも体を強ばらせた。

 運良くユートが目を瞑る。

 その隙に、クラトスは千刃を解除して、相手の鼻先に剣を突きつけたのだった。


 そこからは、自分でもなにを言ったのか、クラトスはさっぱり覚えていなかった。

 というのもユートは、クラトスが初めて見るタイプの冒険者だったからだ。


 先輩冒険者としてなにか指摘しようと考えたが、なにも指摘出来る自信はなかった。

 ただ……なんとか上手いことを言おうと誤魔化したことは覚えている。


(あっぶねぇ。なんか適当なこと口にしたけど、納得してくれてよかったあ……)


 表情には出さず、クラトスはそう安堵したのだった。


 ユートは今後、間違いなく伸びる。

 その確信がクラトスにはあった。


 しかし、どう伸びるかの予測がまったく出来ない。


「案外、Sランクにまで上りつめる奴ってなぁ、ああいうタイプなのかもしれんなあ……」


 そんなことを呟いていた時だった。


「クラトス、こんなところで油を売っていたんですね」


 誰しもがはっとするほどの微笑を浮かべた女性冒険者が、クラトスに向かって歩み寄ってきた。

 その冒険者を見て、クラトスは総毛立つ。


(やべっ!!)


 その冒険者は、クラトスのパーティメンバーである|紅焔撃発(リフトフラワー)のティアだった。


「インスタAに行くって言うから、ずっと待っていたんですよ? 一体、なにをされていたんですか……?」


 絶対零度の声色に、クラトスの表情が引きつる。

 まるで目の前に突如ドラゴンが出現したような気分だった。


 クラトスは、ティアとはもう長い付き合いになる。

 そのせいで、彼女はクラトスの耐久力を熟知してしまっている。


 ――どれくらい魔術を浴びせれば、ギリギリ生きていられるかを、彼女は知ってしまったのだ。


『クラトスが油を売っていたせいで、私の魔術が鈍ってしまったわ』

『少し、|練習相手(かかし)になってくださらない?』

『大丈夫ですよ。怪我ならヒールで治りますから』


 これが、ティアの常套句である。

 そんな彼女に見付かったクラトスは、この後生き残るために、必死に頭を働かせるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る