第43話 対クラトス2

「……なんですか、今のは?」


 優斗のこめかみを、脂汗が流れ落ちた。


 先ほどの攻撃は、クラトスが二人いなければ実現し得ないものである。

 しかし、クラトスは二人と存在しない。


 頭では勘違いだと思った。

 だが優斗は自らの気配察知の感覚を信じて後方に跳んだ。


 優斗の咄嗟の判断は、正しかった。

 優斗から二メートルほど先の地面が軽く削れている。

 先ほど優斗が回避した謎の攻撃が、地面をえぐったのだ。


「千刃って異名は伊達じゃねぇってことだよ」


 クラトスがまっすぐ大剣を構えた。

 それ以上、説明する気はないようだ。


 クラトスが、再び攻撃を仕掛けてきた。

 見える刃を、優斗は全力で躱す。


(――まただ!)


 優斗は再び真横から迫ってくる、謎の攻撃を回避する。

 今度は身構えていたおかげで、若干の余裕を持って回避出来た。


 だが、ギリギリだ。

 クラトスに反撃する余裕は一切ない。


 クラトスが続けざまに、連続攻撃を行う。

 優斗はそれを回避しながら、さらに見えない角度からの攻撃も躱していく。


(千刃……千刃……。もしかして、特技か!)


 攻撃を回避しながら、優斗は気がついた。

 千刃とは単なる異名ではなく、クラトスが持っている特技の名前なのではないか? と。


 そのことと、現在受けている謎の現象を組み合わせ、優斗は恐ろしい結論が導き出した。


(クラトスさんは、刃をいくつも生み出せる――ッ!?)


 様々な角度から、任意に剣刃を生み出せる特技。

 そう考えると、現在の現象に辻褄があう。


 その能力があったからこそ、クラトスは千刃の異名が付いたのだ。


(これが……Aランク……!!)


 優斗は攻撃を躱しながら、身震いした。

 途端にクラトスが、とんでもない化物のように感じられた。


 優斗はBランクのミスリルゴーレムを、苦戦しながらも倒した。

 そのミスリルゴーレムは、優斗にとって、まだまだ常識的な強さだった。

 想像の付く強さだった。


 だが、Aランクは別世界だった。

 Bランクよりも身体能力が強い、という単純な世界じゃない。


 優斗の頭では、どうやって勝てば良いのかさっぱり思い浮かばない程、クラトスの強さは異次元だった。


 優斗は必死に道筋を探る。


「おいおい、少しバテてきたんじゃねぇか?」

「ま、まだまだ……はぁ……はぁ……!」


 冷静に考察しようというタイミングで、クラトスが揺さぶりをかけてくる。

 これまでの剣筋を変える、緩急を付ける、優斗の慮外の一撃を行う。


 優斗には、勝ち筋を探れるほどの余裕が生まれない。

 少しでも回避以外のことに思考を向けてしまえば、その瞬間攻撃を食らってしまいそうだった。


「はぁ……はぁ……」


 優斗は肩で息をする。

 対してクラトスは、一切息が乱れていない。


(なにか……なにか方法は……)


 優斗は必死にクラトス攻略手段を模索する。


 身体強化は、はじめから使用し続けている。

 それでも、クラトスにはまるで届かない。


 もし身体強化がなければ、最初の千刃で確実にやられていた。


 現在、身体強化を展開させ続けているせいか、かなりの疲労が蓄積されてきた。

 優斗の息が上がっているのもそのためだ。


 この調子だと、そう遠くない未来に、身体強化が切れてしまう。

 もし身体強化が切れたら、千刃が躱せなくなる。


 身体能力が切れた時を想像し、優斗はぞっとした。


(何でも良い。他に、僕が使えるものはないか……!?)


 考えていると、ふと優斗の脳裡に過去の記憶が思い浮かんだ。

 荷物持ちとして、様々なパーティで働いていた頃の記憶だ。


 優斗は魔石を拾い、仲間が怪我をした時のために常に回復薬を出す準備を行っていた。


 その頃の優斗は、最弱だった。

 魔物に攻撃されれば、一発で死んでしまう可能性があった。


 だが、優斗はそんな中を生き延びた。

 また最弱であるにも拘らず、様々なパーティに荷物持ちとして勧誘されるほどだった。


 そうなったのは、何故か?

 その理由を、優斗は思い出した。


(もっと……視界を広く!)


 意識すると、すぐに優斗の世界が広がった。

 優斗を中心にして、目の前にクラトスがいる。

 遠くでエリスがこちらを見て、祈るように手を組んでいる。


 他には、(クラトスの仲間だろう)冒険者たちがこちらを眺めている。


 それが、優斗にはありありと感じられた。


 優斗は現在、神殿の横にある草むら全体を俯瞰していた。


 全体を俯瞰する能力。

 これはスキルではない。特技でもない。

 優斗が自然に身につけた、観察眼だった。


 この能力があったからこそ、優斗は最弱でも生き残れた。

 最弱でも、荷物持ちとして重宝され続けたのだ。


(よしっ!)


 視界が広がると、優斗は僅かに余裕を取り戻した。

 どこからクラトスの見えない刃が襲いかかってくるのかが、手に取るようにわかった。


 優斗が反撃を狙いながら、クラトスの攻撃を回避する。

 しかし、まるで優斗の変化に気づいたように、クラトスが口を開いた。


「そろそろ終わるか」


 次の瞬間だった。


「――えっ!?」


 優斗の周りに、おびただしい刃の気配が出現した。

 そのあまりの刃の数に、優斗は体をぎょっとさせた。


(しまった――!!)


 優斗が体を硬くして目を瞑る。

 ぐっと奥歯を噛みしめながら、攻撃に備えるが、しかしクラトスの攻撃がいつまでも衝撃を感じない。


 恐る恐る、優斗は瞼を開く。

 すると優斗の鼻先に、クラトスが切っ先を突きつけていた。


「終わりだな」

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