第26話 死に戻った冒険者のリスタート

「……なんで、こいつがここに」


 ミスリルゴーレムを見た瞬間、優斗はかつての記憶が蘇った。

 万年Eランクだった優斗が、初めてレベルアップした日のことだ。


 スキルボードを入手した時、ボードにはこう書かれていた。


『EXクエストを達成しました』


 まさか、という思いが頭をよぎる。


(まさか、僕が死んだあの夢……。本当に死んだわけじゃないよね?)


 思い返せば思い返すほど、状況が現在と似ていた。


 Cランクの冒険者と二人きり。

 相手はミスリルゴーレム。

 何も出来ない優斗は、ミスリルゴーレムに叩き潰された。


 もしあの夢が現実に起こったことだったなら。

 夢に出て来たCランクの冒険者が、エリスだったのなら。


 ――優斗は死んで、過去に戻ったことになる。

 ――過去からやり直して、また同じ場所に戻ってきたことになる。


 通常に考えれば、ありえない。

 だが、〝死亡することがEXクエストのクリア条件〟であったなら?


 そう考えれば、辻褄は合う。

 しかし、所詮は辻褄を合わせるための妄想だ。

 実際にそれが起こったかどうかなど、優斗に確かめる術はない。


 残念ながら、優斗は前に見た夢と同じ状況に至った。

 優斗が死亡した夢と、瓜二つの状況だ。


 だが、決定的に、違うことがある。


 かつてと違い、優斗は戦える冒険者になった。

 それでも優斗は、自分が強いとは思っていない。

 冒険者の中ではまだまだ弱い方だ。


 だが――、


「過去の僕よりは、絶対に強い」


 その自信があるだけで、優斗は前に一歩、踏み出せた。


(決して夢と同じ、終わり方にはしない!)


「エリス!」

「は、はいです!」

「これから僕が、ミスリルゴーレムと戦う」

「あ、相手はBランクの魔物、です!」


 ミスリルゴーレムは、Bランクの魔物に違いない。

 通常Cランクのインスタンスダンジョンには、Bランクのボスは現われない。

 だが、希に出現する。


 ――レアアイテムをドロップする、レアボスだ。

 いわば今回のダンジョンは、〝アタリ〟と言われるタイプのものだった。


 他の冒険者にとってはアタリだが、優斗らにとってはハズレも良いところである。


「戦ったら、ユートさんが……」


 エリスは目に大粒の涙を貯めて、戦わないでと訴える。


 優斗も、危険なことはわかりきっている。

 かといって、戦わないわけにはいかない。


 優斗は首を振る。


「今回ばかりは、無傷とはいかない。だからエリス。君の力を貸してほしい」

「わたしの…………」


 涙を貯めたエリスが、しばし沈黙したあと。

 袖口で涙を拭い、力いっぱい頷いた。


 作戦は一つしかない。

 非常に単純明快。


 ゴーレムが動かなくなるまで殴る。それだけだ。


 優斗は集中力を高めていく。

 一秒が永遠に引き延ばされる。


 一度大きく深呼吸。

 深く、深く、集中の極限まで、潜っていく。


 集中力の最奥に到達。

 世界が、スローモーションになった。

 そこで呼吸を、止める。

 次の瞬間、


「――ふっ!!」


 優斗は全力で跳んだ。

 二十メートルの距離を、

 たった三歩で駆け抜ける。


 ゴーレムは、既に起動していた。

 優斗を迎え撃つために、腕を振り上げる。

 腕が振り下ろされる、その前に。


「――ライトニング!!」


 優斗は魔術を発動。

 巨大な閃光が直撃。

 ミスリルゴーレムが僅かに仰け反った。


 その隙に、


「しっ!!」


 優斗はゴーレムの関節を狙って刀を振るった。

 狙い違わず、刀が関節部分に直撃する。

 しかし、


 ――ィィィイイン!!


 甲高い音が響いた。

 手がビリビリと痺れる。


(硬い!!)


 全身がミスリルだからか、急所突きでも切り落とせなかった。


 それでも優斗は諦めず、次々と攻撃を繰り出した。


(どこか、柔らかいとこはないか!?)


 しかし、ミスリルゴーレムはその名の通り、全身がミスリル。

 優斗が簡単に切り崩せる急所は、どこにもなかった。


 視界の端を黒い影が横切った。


 はと気づいて、優斗はバックステップ。

 しかし、


「カハッ!!」


 僅かに回避が遅かった。

 優斗はミスリルゴーレムの攻撃を受け、床を転がった。


 ムキになって、攻撃に集中しすぎた。

 優斗は軽く反省し、すぐに立ち上がる。


 幸い、深刻な怪我はしていない。

 手足が潰れたり、バラバラになったりはしていない。


 大けがをしない限り、優斗は戦える。

 何故なら優斗の後ろには、仲間が居るから。


 優斗は背中に暖かさを感じながら、再びミスリルゴーレムに向かって斬り掛かっていった。


          ○


 ミスリルゴーレムと戦うユートを眺めながら、エリスはもう何度目になるかわからないヒールをユート目がけて発動した。


 ミスリルゴーレムの戦闘力は、圧倒的だった。

 だが、それを相手に戦い続けるユートは、やはり凄い。


(自分だったら、最初の一撃で死んでいた、です)


 ユートはもう何発もミスリルゴーレムから攻撃を食らっていた。

 幸い、直撃は受けていない。


 彼は武器だけは高級なものを手にしているが、防具は完全に素人そのものである。

 そんな防具でミスリルゴーレムの直撃を受ければ、さすがのエリスも回復し切れない。


 時々、ユートが血をまき散らしながら床を転がる。

 その度に、エリスは慌ててヒールを送った。


(お願いです、治ってください、治ってください、治ってください!!)


 エリスが必死にヒールを行うと、ユートの傷がなんとか回復した。


 何度も何度も、それを繰返す。

 ヒールは傷を癒やす。それは、理解している。


 だが血をまき散らしながら転がるユートを見ていると、ヒールが効かないんじゃないか。

 次に攻撃を食らったら、死んでしまうんじゃないか。

 そう、エリスは不安になる。


 ユートは何度も、ミスリルゴーレムに攻撃を行っている。

 だが、彼の攻撃が目に見える成果を上げることはない。


 ――ミスリルゴーレムが硬すぎるのだ。


 攻撃は無駄に終わり、逆に攻撃を食らって床を転がる。

 そんな彼を見ていると、エリスはもう辞めてと叫びたくなる。

 辛い目に遭わないでくれと。


 だが、彼が戦うことを辞めてしまえば、エリスも優斗も、インスタンスダンジョンでの死が確定する。


 エリスは、まだまだ生き延びたかった。

 だから彼を心の底から止めることが、出来なかった。


 自分が生き延びるために、ユートを犠牲にしている。

 そんな自分が浅ましく感じて、エリスは涙が止まらなかった。


 涙を流しながら、全力でヒールを続けた。

 ヒールを行い続けることしか、出来なかった。


「ヒ、ヒール……!! はぁ……はぁ……」


 エリスは既に、魔力欠乏の症状が出始めていた。

 顔は青ざめ、唇は紫色だ。


 だが、エリスはまだまだいけると感じている。

 これくらい、いままでずっと行って来たことだ。


 これまでダンジョンで魔力欠乏に陥っても、エリスはヒールを使わされ続けた。

 その経験があるから、エリスはまだまだ行けると確信出来た。


 それに、目の前で戦っているユートを差し置いて、先にエリスが倒れるわけにはいかない。


 魔力欠乏の苦しみはエリスにとって唯一、ユートと一緒に戦っているのだという実感を与えてくれるのだった。


「ヒールッ!! はぁ……はあ……!!」


 魔力欠乏に陥ってから、かなりの数のヒールを発動した。

 頭がふらふらする。

 平衡感覚が無くなってきた。


 視界の端が白んで、パチパチと光が飛んでいる。


「まだ……まだいける、です……!!」


 次のヒールに備えた、その時だった。


 ――ピシッ!!


 ユートが放った攻撃が、ミスリルゴーレムの右腕を切り落とした。

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