第4話

 死体は俺よりもずぶ濡れだ。制服なんて身体に張り付いて気持ち悪そう。なのに、まるでシャワーでも浴びてるかのように上機嫌だった。


「天気予報見た?今日、晴れ予報だったよね?『久しぶりの晴れ間です。今日は溜まった洗濯物を片付けるチャンスです!』とか言っててこれ、ダメだよね?俺の二度寝タイムも水浴び時間になっちゃったし」


 死体が笑いながら髪をかきあげる。

 よく見ればスラックスも膝上まで捲り上げられ、長い手足がむき出しだ。そんなに筋肉質じゃないのに骨っぽさが男らしい。


 ずぶ濡れで、初対面の俺に話しかけてくる人懐っこいこの性格。俺からしたら変なヤツの一味。たぶん自分とは分かり合うことはない、関わり合うことのない人々。


 でも水も滴るいい男なんて言うけど、ネクタイに白いシャツから透けて見える肌が妙にアンバランスというか、同じ高校生なのに色っぽい。同性なのに目のやり場に困ってしまう。


「あ、ごめん!自己紹介しないと怖いよね?3年の桜木です」


 え?


「桜木 健人と申します。あ、一応、副会長やってます」


 座ったまま手が差し出された。真っ直ぐではなく、ちょっと身体を大きく開くようにして握手を求められる。


 あの桜木先輩?

 

 いつも遠目からしか見れず、実寸大で見たことがなかったせいか真偽がわからない。でもそう名乗るのだからそうなんだろう、けど…


「きみは?」

「え?俺、ですか?」

「うん。お名前教えて」

「1年の直井です」

「あぁ!ナオね!よろしく」


 あぁ!って…なんでナオ?

 手をさらに近づけてくるので、仕方なく桜木先輩の手を取った。先輩の手は柔らかくて、温かい。生身の人間なんだな、とか当たり前のことを思う。


 目が合うと笑いかけてくる。人をたらしこむ甘い微笑みに一瞬で体温があがる。なんなんだ、この人は…。耳が熱い。


 整った顔には無駄がなく、遊びもない。整い過ぎると性格がキツいように見えるが、雰囲気はどこまでも温和で、柔らかい。尖がない。

 薄茶色の髪に、さらに目を引く瞳の色。日本人の虹彩は黒が多い中、桜木先輩は薄茶色だ。だから先輩を作る輪郭は柔らかいんだろうか?


 もう、このたった1分ほどの時間で引き込まれ、目が離せなくなっている。


 自信も余裕も相まって、とても高校生という雰囲気じゃない。浮いてるわけじゃないけど制服が仮装みたいで、なんていうかリアル王子だ。こんなんダメだろ?ズルいだろ?


「ねぇ、ナオはここで何してるの?授業は?」


 降り止まない雨の中、ずいぶんのんびりとした質問だ。先輩は首を傾げてゆるりと微笑む。でもすぐに気づいた。


「もしかして、俺のせい!?倒れてると思った?」

「いえ…あの……」


 そうなんだけど。手を握ったままじっと見つめられると思考なんてグズグズに溶かされ、適当な言い訳が思いつかない。細胞レベルの破壊力、半端ない。


「心配してくれたんだね、ごめん」


 本気で、素でやってんだろうな、この人は…


「いえ、あの、違う…こともないんですけど、すいません!!」


 俺が頭を下げると、「なんで?」と不思議そうな顔をした。


「なんで謝るの?謝らないでよ。俺は嬉しいよ。心配してくれてありがとう」

「い…いえ、こちらこそ」

「フフッ。ナオ、かわいいね」


 なにが?どこが?かわいいって…。簡単に舞い上がる俺。チョロすぎるだろ?でも先輩の方がどうかしてる。自分のLvわかってない!


 怖い。好きになるのってこんなんでいいのか?

こんな簡単に、こんな一瞬で夢中になるものなのか?


 でも本当の怖さを知るのは未来のこと。




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