第28話 似た者同士

 にぎわいから離れるべく土手道を歩く。



「無理矢理連れ出しといてなんだが、俺についてきても無意味な時間を過ごすだけだぞ。花火を楽しみたいなら引き返してくれてもいい。戻る前に落ち合えば、一緒にいた証明になるしな」



 俺は半歩後ろからついてくる新薗に振り返らずそう言った。



「落ち合うのは無理よ。私、あなたの連絡先を知らないもの」

「そういえばそうだったな……というかもう形式に固執こしつする必要ないか」



 未だ形にこだわろうとする自分の馬鹿馬鹿しい律義さに自虐的な笑いが漏れる。


 小南は練馬と二人きりの時間を勝ち得たのだ。俺達が協力することはもうなにもない。



「ところで、花川君はどこへ行こうとしているの?」

「……落ち着いた、静かな所」

「そう、なら同じね。私も人混みに疲れたから、ゆっくりできる場所を求めていたのよ」

「……そうですか」



 本心か気遣いか、はたまたその両方か、どちらにしたって俺には知り得ることができないが……まあ目的が同じだと言うのなら、仕方がない。


 俺と新薗は足を止めることなく、一定の距離を保ちながら、互いの求める場を探した。

 

 ――――――――――――。


 会場が灯りとでしか捉えられなくなったところで俺は歩みを止めた。辺りは無人ではなく見物する人がチラホラ見受けられるが、条件は満たしている。


 ここでいいか。


 目に入った階段の上から数えて二段目に俺は腰を下ろした。すると新薗も人一人分のスペースを空けて隣に座ってきた。



「浴衣、汚れるんじゃないか?」

「ここなら大丈夫よ」



 余計なお世話だったかと俺は新薗から遠くで打ち上る花火に目を移す。



「近くから見る花火もいいけれど、やっぱり遠くから見る花火の方が私は好き」

「……同感だな」



 間近で見物するとなると人混みは避けられない。人が多いということはそのぶん外部からの情報量も多くなる。結果、視覚から、聴覚から様々な刺激を受けた脳は働きすぎて疲れてしまう。


 外発的な注意制御だっけかな? その点、ここは情報量も少なく、頭を空っぽにして眺めてられる。多少の音ズレはご愛嬌あいきょうということで。



「迷惑かけて悪かったな」

「なんのこと?」

「吉田とかわってもらった件についてだ。小南と小野町さんの要望に応えるにはああするしかなかったとはいえ、そのせいでお前は嫌いな俺と花火を見るハメになってしまったからな」

「別に気にしてないわ。誰と一緒に見ようが、花火の美しさは変わらないのだから」



 新薗の言に自然と笑いがこみ上げてくる。



「なに笑っているの?」

「悪い悪い……似てるな、と思ってな。俺とお前」

「…………似てないわ」



 冗談に対し強く否定してくるとばかり思っていたが、その声音は実に弱々しいものだった。


 チラと横目で新薗を見るがうつむいているのがわかるだけ。暗いせいでその表情までは読み取れない。



「紡希ちゃんとは、あれで良かったの?」

「……強がりに聞こえるかもしれないが、良かったと思ってる」



 静かな新薗の訊ねに、俺も合わせて答える。



「諦めたってことかしら?」

「あそこまで言わせておいて、まだ希望はあると思えるほど俺はポジティブでもないし、愚鈍ぐどんでもない」



 そう、もはや関係ないのだ。俺のやり方じゃ駄目とか定石を踏めばいいとかそういう次元の話じゃない……既に手遅れだったのだ。そのことを包み隠さず明かしてくれたからこそ、俺はあの時に清々しく感じられたのかもしれない。



「そう……」



 新薗の吐息のような声は遅れてきた花火の音に容易く掻き消される。


 そのまま新薗は口を閉ざし、俺からも話しかけることはなく、両者の求めていた静寂は完成された。


 戻るまでこのまま沈黙の時を過ごすのだろう思っていた。



「……それでも私は……受けた恩を返すわ」



 が、しばらくしてから新薗はそう、言の葉を紡いだ。瞳に揺るぎのない信念を宿して。

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