第18話 女心を理解しよう1

 小南達と別れ、自宅に帰ったのは十七時を少し回った頃だった。



「――じゃあ明後日、球磨駅に集合ということで。おう、じゃあな」



 相手が通話を切ったのを確認し、俺は耳元からスマホを離した。


 取り敢えず花火大会におけるキーマン、練馬を誘うことができた。後はもう一人を誰にするかだが……。


 ソファーに寝転がる俺の頭の中にパッと思い浮かんだのは吉田、悪戸、本間だった。


 事情を把握しながら自然に振る舞える演技力が求められるわけだが、本間が論外なのは言うに及ばずとして残るは吉田と悪戸……ラクドナルドでの演技を見た限り本間は大根役者っぽいし、となるとやっぱ吉田だよな。


 誰を選ぶかはすぐに決まり、俺は開いたままのLINEのトークから吉田を探し電話をかける。



『――なんだ?』



 呼び出し音を三回繰り返したところで吉田に繋がった。



「あーもしもし、あのさ、いきなりで悪いんだけど明後日の花火大会一緒にどうよ? 練馬も誘ってあるから」

『……別に構わないが……珍しいな、花川から誘ってくるなんて。しかも花火大会に……夏風邪か?』

「いや、健康体だ。それより協力してもらいことがあるんだが――」



 俺は吉田に頼まれた内容を簡潔かんけつに説明した。



『なるほど……わかった、引き受けよう』



 全てを聞き終えた吉田は不気味なくらいあっさりと協力に応じた。



「ありがとう、助かる…………にしても随分と聞き分けが良いな。いつもなら即答せず事細かく詳細を聞いてくるのに、ひょっとして夏風邪か?」

『馬鹿言え、失敗しても俺に害がないから即答したまでだ。それにリスクなしで楽しめそうだからな、断るなんてもったいない』



 聞いて納得。俺はほんといい性格してんなと呆れながらも口にはださず、小南から指示がきたらまた連絡する旨を吉田に伝え通話を終了した。


 これで最低限の役目は果たした。後は当日、練馬と小野町さんに勘付かれないよう振る舞いつつ、小南の指示通り動けばいい。それよりも俺にとって重要なのはペア決め後だ。


 俺は右腕を額に乗せ目を閉じる。


 和解への道を進みには小野町さんのかたくな心を解きほぐさなければならない。必要になるのは話術、しかしそうなると懸念けねんが生じる。俺を嫌っている小野町さんとそもそも会話が成立するかだ。いくらこっちから話しかけても聞く耳を持たれなければ一方通行で終わってしまう。それにもし会話が成立したとしてもだ、俺のトーク力で解きほぐすことができるのか?不安しかない。


 …………こういう時はグーグル先生に助けてもらうのが一番か。


 ネットの力をお借りしようと俺は左手に持ったままのスマホを操作し、検索ボックスに『女子とデート 会話』と打ち込んで検索をかけた。


 ヒットした多数の検索結果から目に付いたサイトを片っ端から吟味ぎんみする。が、言い回しは違えど内容は似たり寄ったり、気休め程度にしかならない。


 女子とのデートで会話を弾ませる為に女心を理解しよう…………んなことできたら苦労しねえよ。


 これ以上調べても無意味と手を伸ばせば届く距離にあるローテーブルの上にスマホを雑に置き、左腕をだらしなく床に垂れ下げたまま、天井を見つめる。


 ……………………。


 リビングでは掛け時計の秒針を刻む音、外ではが近づいては遠のいていく車の音が聞こえてくる。


 ……………………家には、誰もいない。


 俺はソファーから起き上がり、自室に向かった。


 そこで部屋着に着替え、脱ぎ捨てた服と下着が収納されたチェスト内の最奥に封じ込めていた〝ブラジャー〟を手にして今度は洗面所へと向かった。



「……………………」



 服を洗濯機に放り込み、ついさっき着たばかりの部屋着を脱いだ俺は、トランクス一丁で鏡の前に立つ。


 ……………………。


 そして手にしている〝ブラジャー〟を不慣れな手つきながらもなんとか装着することができた。


 出来上がったのはトランクスを履きブラジャーを着けた変態だった。


 ……………………。


 俺は鏡の前で女子が自分を可愛くみせる時にとるポーズを色々試した……しかし結果は変態の醜さが増しただけだった。



「ふっ……ネットに踊らされちまったぜ」



 自虐の笑みが零れる。こんなことで女心が理解できると少しでも思ってしまった自分が浅はかで愚かで内外共に気持ちが悪い。


 やめだやめ!俺はホックを外そうと背中に手を回す。



「――ただいま」



 ――ふんぬうううううううううううううううううううッ!


 声の主が理瑚であるとすぐわかった俺は慌ててホックを外そうとする。



「あれ? リビングの電気点けっぱなし。お兄ちゃーん、どこにいるのー?」



 外れない外れない外れない外れないよおおおおおおおおおおおおおッ‼


 童貞の俺は当然ブラジャーのホックなど外したことがない。だというのに今は自分の身に着けたブラジャーのホックを外さなければならないという通常よりも更に難易度が上がった状況。加えて徐々に近づいて来ている理瑚の声が俺を焦らせる……手汗が尋常じゃない。



「あ、お兄ちゃんそこにいるの?」



 ――くそ間に合わない!


 咄嗟の判断、俺はブラジャーを諦めて瞬時に脱ぎっぱなしにしていた部屋着を着用し、洗面所を飛び出たのだった。

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