第37話 それぞれの結果

 二人きりになった俺と新薗は雨が凌げる東屋あずまやの椅子に腰かけ、そこで俺は今回の件について包み隠さず全てを明かした。



「……つまりその、小野町さんと、ラブコメ? に発展させる為の過程に過ぎなかったということ?」



 うまく呑みこめていないような顔で確認してきた新薗に俺は頷いて見せる。



「……わざわざそんなことの為に馬鹿げた真似の数々を?」

「馬鹿げたって……あのな、俺は至って真剣だったんだ。真剣だったからやれた、そういうことだ」

「……はぁ、いかれてるわ……あなた、頭おかしいわよ絶対」

「転校初日から本間にブラジャーを贈呈したお前には言われたくないな」

「――あっ、あれはそのっ……深い理由があったからで……や、やりたくてやったわけじゃないからッ!」



 普段の冷静さはどこへやら、頬を染め慌てふためく意外な一面を見せてきた新薗。いや、あれほどの奇行をしなくちゃいけなかった理由って一体どんなだよ。


 煮え切らない新薗の言に俺はそう感想を抱いが口にはしなかった。が、何も言わずに黙っている俺をどう受け取ったのか、新薗はいっそう顔を紅潮させ、ついには自分の足を見つめるようにして伏せてしまう。今更恥ずかしがられてもな……。



「まあ、誰しも人には言えない性癖の一つや二つあるからな。気にするな」

「なッ――だから違うって言ってるじゃないッ‼ 仕方なくだったのよ仕方なく!」

「わかったわかった、わかったからそう迫るな怖いから」



 ばッ! と顔を上げた新薗は勢い衰えぬまま俺との距離を縮め、涙ぐみながらも強く否定してきた。そのあまりの必死さに気負けした俺は、新薗の主張を肯定した上で両手で制止を呼びかけると、はッ! と我を思い出したかのように彼女は身を引いた。



「わ、わかればいいのよ……まったく、無駄なことで疲れさせないで」



 落ち着きを取り戻した新薗はいつものつんけんした態度に戻る。ややこしくなるから内に留めておくけれども……新薗さん、冷静さを欠いていたとはいえ、キャラ変わり過ぎでしたよ? もはや別人でしたよ? この場に俺ではなく本間がいたとしたら「不安定の原因は月経前不愉快気分障害のせいかな?」なんて一切の配慮がない下品の域を超えた失礼を失言してましたよ?



「なに?」

「……いや、別に」



 切りつけるような鋭い視線を向けてくる新薗から俺は顔を逸らし、咳払いで誤魔化す。



「――さて、俺は話した。次はお前の番だ……どうやって『真嶋神』が俺だと見破ったのか、説明してくれ」

「…………『真嶋神』について知ったのは――――」



 関係がない散らばった点だと思っていた。しかし、新薗の口から語られた事実を聞いて、点と点は一本の線となった。


 急遽バイトを休んだ小野町さん、瞼を腫らした狭山、そしてここに来る前、探るような目を向け続けていた新薗、そのどれもが繋がっていたとは。



「……詰めが甘かった」



 全てを聞き終えた俺の第一声は、己の不甲斐なさを嘆くものだった。



「焦らず慎重に行動していたらバレずに済んだのに」

「仰る通りだ」



 どこか誇らしげな新薗に俺は溜息交じりにそう同意すると、彼女は意外そうな顔をする。



「随分と諦めがいいのね。てっきり悔しがるものだとばかり思っていたけれど」

「悔しがって結果が変わるなら世の人全員が駄々っ子になってるだろ? でも現実はそうじゃない」

「回りくどい、何が言いたいの?」

「つまり、今回の結果をバネにして次に活かそうってことだ」

「……羨ましいほどの前進思考ね」



 言葉の割には呆れた様子の新薗。別に共感しなくてもいい、あくまで俺の考え方だ。結果にいちいち感情を左右され引きずっていては次も碌な結果にならない。良し悪し問わず、起きてしまった事は受け入れるか見過ごすかしかできない。大したことなければどちらを選ぼうが行き着く先は忘却なのだから気にしすぎても仕方がない。


 それに小野町さんに俺だと気づかれなかった、その余裕もある。今回の件は意味がなかったと悲観的にならず、あり得たかもしれない最悪な事態を免れたと前向きに捉えた方が心に良い。



「それより一つ疑問に残っていることがあるんだが、俺が小野町さんから謝罪を求められていた時、どうしてお前は二人きりにさせてくれなんて言ったんだ? あの段階では俺が小野町さんと面識があるとは知らなかったはずだろ?」

「それは、その…………小野町さんと狭山さんがいたら、伝えられなかったから……だから、その……」



 言いあぐねる新薗は俯いて太ももの上で指をもじもじと動かしている。


 再び顔を赤に染めあげていく彼女を、俺は急かさずただ黙って言葉の続きを待つ。するとようやく腹が決まったのか、新薗は俺にそっぽ向く形で、



「――あ、あなたは、自分の目的のついでに私を助けたと言い張るでしょうけど、それでも私は救ってもらったことに、その……感謝しているから……だから…………あ、りがとう……ございました」



 そうぎこちない礼を誰もいない公園に向けて言った。


 恥ずかしいのは痛いほどわかる、けどほんとにどこ見て言ってんの? 雨を恵んでくれたことを天に感謝してるの?


 今日の新薗はとことんらしくない、今だってチラチラと俺の反応を窺うように何度も盗み見てくる。



「どういたまして」



 調子が狂う。憎たらしいままの新薗だったら、狭山の土下座を写真に収められなかったからまた起きるかもしれないと不安を煽っていたところだったが……。



「けど俺だけじゃなく練馬達にも言ってやってくれ。あいつらの協力があってこそだったからな」


「え、ええ」と短く返し、ホッと胸を撫で下ろす新薗。


「じゃ、そういうことで」



 これで話は終わっただろうと俺は別れを告げ席を立ちあがる。



「私では力不足かもしれないけれどそれでも、あなたと小野町さんの仲を取り持つために協力するわ」

「……どういう風の吹き回しだ?」



 呼び止めるようにして力を貸すと口にした新薗。そんな彼女に俺は目だけを向ける。



「別に、私なりの恩返しよ」

「意外だったんだがお前、小野町さんと友達だったんだな」

「友達……というわけでは……」



 陰りを帯びた顔で新薗は口ごもる。小野町さんといい新薗といい、はっきりとしない。



「いや、遠慮しとく。じゃなあ」



 そんな姿を見せられては頼みたくても頼めない。俺は断りを入れ、今度こそ背を向けその場を立ち去った。

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