第34話 雨が語りかけます『詰めが甘い、甘すぎる』と2

「……ど、どうして、二人が、ここに……」



 沈黙を破り、俺の気持ちを代弁してくれたのは狭山だった。困惑の声が演技でないとしたら、彼女も意図していない事態ということになるが……。



「ごめんなさい狭山さん。新薗さんから場所が特定できたと連絡を受けて居ても立っても居られなくて。やっぱり、心配だったから…………はい、風邪ひいちゃうから持って」



 狭山の元に駆け寄り経緯を説明した小野町さんは、落ちた傘を拾い狭山に手渡す。



「ちょっと待って、新薗がどうやってこの場所を特定したの?」



 受け取った狭山は納得できていないのか、小野町さんにではなくこの状況を生みだした本人に直接疑問を投げる。



「……雨のおかげで分かったのよ」



 小野町さんとは打って変わり、ゆっくりと狭山に近づく新薗。そんな彼女の漠然とした言に狭山の表情はより困惑を増した。


 狭山だけでなく、俺も皆目見当がつかないでいた。新薗の意味深な発言もそうだが、虐め虐められる関係のはずだった新薗と狭山が普通に会話しているのが違和感でしかない。あの校門前のやり取りを目の当たりにしているからこそ余計にだ。加えて小野町さんの存在が混乱を助長させている。


 目の前には傘を差す女子が三人、最初から雨を浴び続けているのは俺だけ。



「本当は様子見しているつもりだったんだけどね、さすがに看過できなくて……土下座、なんて……」



 徐々に落としていった小野町さんの声には隠しきれない怒りが孕んでいて、心が波立つ。



「――あなたのような最低で最悪で下劣な人に会ったのは初めてです!」



 小野町さんは俺の目を捉えてそう言った。新薗と初めて言葉を交わした日が思い出される。



「新薗さんの彼女と嘘ついて、狭山さんを脅迫して追い詰めて、あげく土下座だなんて……あなたは何様のつもりなんですか!」



 違う、これは違う、俺が思い描いていた未来じゃない。結果だけを、俺が新薗を救ったという結果だけを小野町さんに知ってもらえれば、それでよかった。



「寧ろあなたが謝るべきなんじゃないですか!」



 俺が望んだのはラブコメだ。こんな展開じゃない。



「……謝ってください」



 ……唯一の救いは小野町さんが俺を『真嶋神』であると疑っていないことだ。



「顔を隠したままじゃなく、ちゃんと謝ってください!」



 ならばそれだけは、絶対に死守しなければならない。たとえ、小野町さんの頼みであったとしてもだ。


 俺の考えは既に逃げ一択しかなかった。俺を知る小野町さんと新薗がいるせいで不用意に声は出せない。言葉で誤魔化しがきかない以上、方法は限られてくる。その中で最も平和的なの が逃亡。


 あとはどのタイミングで逃げ出すか……そう機を逃すまいと頃合いを見計らっていた矢先、



「……小野町さん、狭山さん、ここは私に任せてもらえないかしら? この人と二人きりで話がしたいの」



 静観していた新薗が突然、俺との対話を申し出てきた。



「だ、駄目だよ新薗さん! こんな人と二人きりだなんて、絶対に危ないよ!」



 断固否定の姿勢を見せる小野町さんに、首をブンブンと縦に振って賛成の意を示す狭山。しかし、新薗の決意を固めたような表情は変わらない。



「心配はいらないわ。ただ、彼に謝らせることは叶わないかもしれないけれど……金輪際、狭山さんに関わらないと必ず彼に誓わせる。もちろん私とも」

「……ほ、ほんとに?」

「ええ、約束するわ」



 新薗の自信溢れる態度に「それなら……」とまんざらでもない様子の狭山。



「どうして、心配ないって言い切れるの? この人は新薗さんの彼女でも友達でもない赤の他人なんだよね? なのにどうして言い切れるの?」



 けれど小野町さんは違った。『真嶋神』とは関りがない、なのにどうして信用できるのか、至極当然な疑問だ。



「ごめんなさい、今は話せないの」

「……なら、いつかは話してくれるってこと?」

「……そうね」

「ほんとに大丈夫なんだよね?」

「ええ」

「二人きりになっても心配はないんだよね?」

「問題ないわ」



 長いようで短い問答。けどそれだけでお互い通じ合うものがあったのか、僅かな沈黙を挟み、小野町さんはふと微笑む。



「わかった、新薗さんを信じるよ。でももし何かされそうになったらすぐに連絡してね、駆けつけるから…………いこ、狭山さん」



 小野町さんは新薗に向かってそう言い残し、心の底からホッとしている狭山と共に名もない公園から去っていく。


 残された俺と新薗は二人を見送り、やがて姿が目で捉えられなくなったところで、



「さて、今回の件について、詳しく説明してもらおうかしら……」



 新薗は振り返り、面と向かってそう求めてきた。


 ……もしかして、こいつは……。



「ね、〝花川君〟」



 次に紡がれた言葉は、俺の中で浮かんだ可能性を確実へと変換させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る