第19話 痴女疑惑1

 翌日、教室に足を踏み入れた俺は場違いなところに来てしまったような感覚に襲われた。しかしその静寂による違和感も一瞬のこと、機械科にいる連中が俺の顔を見て安堵し再び喧騒が舞い戻る。


 なんだこいつら……。


 ほんの少し、いつもと雰囲気が違う……そう感じながら席に向かうと、声を潜めて密談している練馬と吉田が俺に気付き手招いてくる。



「こそこそとどうした」



 席に着き俺が訊ねると、練馬は辺りを窺いやがて口を開く。



「ツイッター見た? 昨日の夜の」

「いや見てない。というより最近は開いてすらいなかった」



 俺がそう言うと練馬は再度、周囲を見渡しなにかしらの安全が確認できたのか、手に持つスマホを俺の顔の前へと掲げた。



「このツイート見てみろって」



 練馬に言われるがまま提示されたツイート内容に目を通す。


 えっと……『球磨工の皆さんへ。機械科二年に転校した新薗冬華は男にだらしなく男とあらば誰とでも寝る正真正銘の痴女です。球磨商では男をとっかえひっかえの毎日で、球磨工に転校した理由も抑えきれない性欲のせいかも……噂では性病持ちとか……とにかく、球磨工の皆さんは気を付けてくださいね』…………ほう。



「絵に描いたような誹謗中傷だな。大袈裟すぎて信用できない」



 率直な感想だった。しかし練馬は怪訝な表情で首を傾げる。



「俺もそう思うんだけどよ、けど火のない所に煙は立たぬっていうべ? 全部が全部丸っきり嘘とは限らねえんじゃね? とも思っちゃってな」

「確かに、言い切ることはできないな。というか、こればっかりはどこまでいっても憶測の域を出ない」



 練馬の言も否定はできない。詰まる所、このツイートの真偽はわからない。ただ、クラスに入った瞬間のあの違和感の正体は判明した。あれはこの噂の当事者が来たのではという警戒によるものだったと。



「それにしても、SNS上での問題行為が厳しく取り上げられるこのご時世でよくもまあこれほど大胆な呟きをしたものだ」

「よっぽどな馬鹿なのかもな」



 練馬の隣に立つ吉田の発言に俺がそう返すと「ああ」と吉田は相槌を打った。



「いや、これツイートした奴、既にアカウントごと削除してんだよ。ちなみに、俺がさっき見せたのはスクショな。念の為に撮っといたんだよ」

「どうして撮ろうとなどと思い付いたのか理解できん」



 呆れる吉田の言葉に練馬は誤魔化すような笑みを浮かべながらも話を続ける。



「まあそれは単なる好奇心ということで……とにかくツイートした奴はわかんねってこと。保身には抜け目ない感じだ。よっぽどな馬鹿じゃないっぽいだろ?」

「いや、誹謗中傷ツイートする時点でよっぽどな馬鹿だろ」



 間違ったことは言っていない。俺の切り返しに練馬と吉田も「だな」声を合わせた。


 ――ガラガラッ。


 引き戸が開く音にクラス内はまたしても静寂に包まれる。けれど今回は俺の時とは違いやけに沈黙が長い。


 ……当たり前だが、来たか。


 こうなるのは時間の問題だった。教室後方で立ち止まるのは渦中の人物、新薗。しかめた顔から察するに露骨な違和感に気が付いているのだろう。



「――みんなッみんなッ! ビックニュースだッ!」



 そんな沈黙を破るようにして今度は前方の引き戸が思い切り開かれ、声高に登場したのは汗まみれの本間だった。

 その慌て様は興奮に我を忘れているように見えた……嫌な予感しかしない。



「新薗さんっておしとやかっぽく見えて実はヤリ〇ンらしいよ!」



 スゥ―っと酸素が減少したような息苦しさに室内の温度が氷点下に達したのでは? と感じてしまう。どうやら空気が読めないを極限まで貫くと空気を凍てつかせることができるらしい。

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