第16話 練馬の幼馴染み4
目的である買い出しを終え、練馬と小南、そして袋持ち要員二人は駅構内へと戻ってきていた。
「ふぅ……晩御飯の買い物も終わったし、早速がっくんの家にいこ!」
「早くね? まだ3時だし、それに今家に帰っても誰もいねーぞ」
「別によくない? ここにいてもしょうがないし、それに一緒に料理してくれたら嬉しいなーなんて…………最近二人っきりの時間なかったしさ」
頬を染め、肩にかかる髪を人差し指で巻くように弄る小南。傍から見てる分には微笑ましい。が、当の練馬からは返答はなく思案顔を浮かべて黙考している様子。
「……どうしたの?」
小南も異変を察知したのか照れは鳴りを潜め、不安が表立つ。
「あー俺まだ鋼理達と予定があんだよ。だから美波は先帰っててくれないか? 鍵は渡しとくから」
練馬は俺達も初耳のことを口にした。聞き及んでいないから察するに思い付きだろう。
「……三人で何するの?」
けれども簡単には引かない小南。よって練馬は思い付きに押し切るに足る理由を後付けしなくてはならなくなった。
「えっと、それは……鋼理に恋の相談を、その頼まれてんだよ、俺と辰真が」
「………………ん? お待ちになって? 今なんて?」
歯切れの悪い練馬に俺の中でラグが生まれ空白が支配する。やがて理解が追い付いた時には貴婦人を彷彿とするような口調で疑問が零れていた。
それを聞いてか小南に背を向け眼前まで迫ってきた練馬に両肩を掴まれる。
「ちょい鋼理~、もう忘れたのか? 時間があったら付き合ってくれってお前が言ってきたんだぜ」
言葉とは裏腹に肩を掴む力、
ここまできて見捨てるのも酷か。けど事あるごとに無茶ぶりされるのも忍びない……一応、釘をさしておくか。
「この借りは大きいからな?」
「助かる」
声を潜めて確認する俺に倣って同じ声量で相槌を打つ練馬。もしもの時は思う存分こき使わせてもらおう。
「あ、あーそうだった、そうだった。俺から言ったんだった。すっかり忘れてた」
「ったく、珍しく真剣に頼まれたからそれなりにこっちも緊張してたのに、忘れるなよな」
俺からの肯定を得たことにより嘘の既成事実がここに完成した。これで小南に真偽の審議は下せない。いくら怪しかろうと彼女は現状追認する他ない。
「てなわけで――鍵渡しておくから先帰っててくれ」
小南の元へ歩み鍵を差し出す練馬。しかし小南はその鍵を見つめるだけで中々受け取ろうとはしない。
「お前も大変だな」
「だな。まあ後で何らかの形で返してもらうとする」
そっと耳打ちしてきた吉田に俺はそう返した。そして再び練馬達を見やる。
状況はやはり変わらない。練馬の差し出す鍵に未だ手を伸ばそうとする素振りを見せない小南。居場所を提供する家の鍵が、居場所を求めて彷徨う……俺はそんな場違いな感想を抱いていた。
「帰らない。あたしも行く」
「いやいや、駄目だろ。美波は関係ないじゃん」
「――あたし恋の相談とかめちゃ慣れてるから得意だから力になれるから行っもいいよね?」
ギロッと鋭い視線を俺に向けてきた小南。その捲し立てる自己宣伝は俺から了承を得るためだろうが…………隣にいる練馬が『断れ』と音を発さず口を動かして伝えてきている。
板挟みな状況。逡巡の末、俺はやはり練馬につくことを選ぶ。協力するなら最後まで通さねばな……それに友達が困ってるんだ。救ってやるのは友達として当たり前だ。
「すまんが遠慮しと――」
「――断ったらどうなるか……あることないこと呟いちゃうよ? 鎮火できないほど燃やしちゃうよ?」
いつのまにか眼前まで迫ってきていた小南が、踵を上げ俺の耳元でそう囁いた。
「も、燃やしちゃうって炎上ってこと、ですか? 俺を炎上させるってことですか?」
恐る恐る訊ねると小南はいたずらっぽく笑ってコクリと頷いた。
俺と小南の間にあることなんてない、となればないことをでっちあげる他ない。これは脅迫、しかしこの女は口だけじゃない。恋に盲目かつ貪欲、練馬に振り向いてもらう為には手段を選ばない恋愛モンスター。己が恋の成就に近づくのなら他人の人生など蹴落としても構わない、恐るべき女だ。
「そ、それは、頼もしい。小南さんがよければ是非……頼みたい」
すまん練馬! 友達が困ってるからとかカッコつけてたけど、やっぱ我が身可愛すぎてそんな余裕なくなった!
「じゃ、決定ね! 早速行こう!」
思い通りに事が運びご満悦の小南は拳を上げ元気よく先導を切って進んでいく。
「お、おう!」
物言いたげな練馬と吉田の視線に耐えられなくなった俺は逃げるように小南の後を追った。
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