ロスト・1 ゲット・1
ちびまるフォイ
誰かに決められる好きなんてない
「今日、断捨離期限日だけどなに捨てる?」
「えっと……どうしよう」
「早く決めてよ。断捨離収集車が来ちゃうじゃない。
最近やっていないしゲームの趣味を捨てたらいいんじゃない?」
「でも、たまにやりたくなるときあるし……」
「いいじゃないの。その趣味を捨てれば新しい趣味ができるのよ。
今、積極的にやっていないってことは合わなかったってことなのよ」
親は私のゲームの趣味を捨てた。
新しくピアノの趣味ができた。
「新しい趣味ができてよかったわね。
あなたくらいの年齢のときは色々チャレンジするほうが良いのよ」
新しくできたピアノの趣味に最初こそ楽しんでいたが、すぐに辞めてしまった。
それに対して親はとくにいうこともなかった。
1ヶ月後にふたたび断捨離期限日がやってきた。
「なにか捨てる?」
「ピアノの趣味いらないかな」
「合わなかったのならしょうがないわ。
早く捨てて、新しい趣味を見つけるほうが建設的ね」
ピアノの趣味を捨てた。
空きを埋めるように新しい趣味が手に入った。
今度の趣味は執筆だった。
これまでの趣味のように初回に熱中することもなく、
日記をつけるようにして自分の中の物語を書いていった。
特に続けようという意思はなかった。
なのに執筆の趣味だけは長く続いた。
いつしか歩いているときも、お風呂に入っているときも
寝る前も、食事の間も頭の中では物語を続きをどうしようかと考えていた。
「……食べないの?」
「あ、食べるよ。食べる」
「最近ぼーっとしてるわね。なにか学校であったの?」
「ううん。そうじゃないよ」
私にとって物語を書くということは生活から切って離せないものになっていた。
次の月の断捨離期限日。
「なにか捨てるものある? 断捨離して新しいものを手に入れないと」
「昔埋めたタイムカプセルの思い出はもういいかな。掘り出すタイミングもないし」
「あら、今月は趣味を捨てなくてもいいの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって……嫌いじゃ、ないし」
「でも作家になりたいわけじゃないんでしょ?」
「え……うん……」
「じゃあいらないじゃない」
「いや……」
渋る私にだんだんと親はイラついてきたのが声のトーンでわかった。
「ハッキリしてよ! 続けたいの!? 続けたくないの!?」
「続けたい……」
「だったら作家になるの? あなたの夢は作家になるの!?」
「それは違うけど……」
「それなら、そんな趣味さっさと断捨離しちゃいなさい!
限られた時間を意味のない趣味に使わないで!!」
私が執筆を続けることで親を怒らせてしまうと思ってしまった。
執筆の趣味を捨てると、今度は新しく絵画の趣味が手に入った。
「いい? 意味のないことに熱中するほど、人生に時間はないの」
絵画セットを買い与えた親は諭すように言った。
なし崩し的に絵画を始めたが頭の片隅には捨てきれない過去の趣味がチラついて
どの絵も前に書いていた物語の風景を再現するものばかりだった。
私の意思とは裏腹に絵画に関しての才能はあったらしく、
街のコンクールで金賞を取ったことには自分でも驚いた。
「すごいじゃない! 金賞よ、金賞。
人間どの才能があるかなんてわからないから
たくさん挑戦してみて正解だったわね!!」
「うん……」
「嬉しそうじゃないわね。なにかあるの?」
「やっぱり……前の趣味がやりたい」
「小説? ダメダメ。あんなの新人賞にも入選しなかったじゃない。
好きかもしれないけど、あなたには才能がないのよ」
「才能がないと続けちゃダメなの?」
「ダメよ。というか、才能はあるものに使うべきなのよ」
「どうして」
「これからあなたはその絵画の才能できっとたくさんの人を感動させるわ。
だってあなたには才能があるんだもの。でも、もし別の道を目指したら……」
親は顔を曇らせた。
「まあ、努力しだいではそこそこのところにいくかもしれないけれど
それでもあなたの本当の才能を生かしたときほど、
多くの人に感動は与えられない。わかるでしょ?」
「私は誰かを感動させるために生きてるの?」
「これ以上困らせないで。才能を見つけられない人も多いのよ。
あなたは恵まれているの。自分に才能があり、それを見つけることができたのだから」
親が自分の才能を高く買ってくれていたことはわかった。
それでも自分の気持ちに従わないのは嫌だった。
このまま続けてもいつか我慢できなくなる日が来ることがわかっていた。
私は親に黙って断捨離センターに向かった。
「え? 一度捨てた自分のものを取り戻したい?」
「できますか?」
「できるっちゃできるけど、手間なんだよなぁ……」
「お願いします!」
自分でもここまで必死になれる理由がよくわからなかった。
それでもまた趣味を取り戻したいと体が動いてしまった。
断捨離センターから戻ると親は心配そうにして待っていた。
「連絡もなしにどこへ行ってたの!? 本当に心配したんだから!」
「断捨離センターに行ってた」
「……え? なんで?」
私の体から絵画の趣味が断捨離され、
読書の趣味があてがわれていると気づくと親の顔色は変わった。
「ちょっと! どうして絵画の趣味捨ててるのよ!!」
「私、こっちのほうが好きだから」
「好きかどうかは問題じゃないのよ!
あなたには絵画の才能があるの!! わかるでしょ!?」
「私がやりたいんだからほっといて!」
「あなたの優れた才能はもうあなただけのものじゃないのよ!
自分勝手なことをすれば、感動できる人がぐんと減るの!」
親は私の体を激しくゆすった。
「とにかく、明日が断捨離期限日だから今の趣味は捨てなさい。
なにも捨てずにキープしてたら許さないからね!」
親は私に断捨離申請書を渡した。
これに記入することで今の物が失われ、新しいものが手に入る。
翌日、断捨離収集車が家の前にやってきた。
「もう家の前に収集車が来てるわ! 早くトイレのドアを開けなさい!!」
「だって捨てたくないんだもん!」
「わがままいわないで!!
あなたが趣味を捨てたら新しく絵画の趣味が
戻ってくるようにもう手続きしてるんだから!」
「私に趣味を捨てさせたいのはお母さんの都合でしょ!?」
「今は反抗してもいつか私に感謝する日が来るから! 従いなさい!」
トイレの鍵が外側からこじ開けられた。
勝手に書かれてはたまらないと握っていた申請書を親が奪い取った。
「断捨離してください!!」
親は私を振り払い収集車の中へと申請書を投げ込んだ。
断捨離が受け取られて、今いらないものが捨てられ、新しいものが到着した。
「趣味? あんたの人生なんだから好きにすればいいじゃない」
断捨離により新しくされた親はあっさりと言い切った。
私は今も執筆を続けている理由を忘れないためにも、
これまでの経緯をここに書くに至った。
ロスト・1 ゲット・1 ちびまるフォイ @firestorage
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