第15話







「えげつないですね」


開口一番、そんなことを言われた。


「雪路に言われたくないなあ」

「私は自覚がある分、まだ有情かと。でも先輩は自覚がないですからね」


酷い言われようである。

僕が鈍感なばかりに変に脈があると勘違いさせてしまったようなので、それを正しただけだというのに。親切心を、雪路のような報復行為と同列に語られるのは心外だ。


「人畜無害な顔をしているのに、先輩はたまにひとでなしですよね」

「まっとうな人間だったら、そもそも雪路と付き合ってないよ」

「あはっ。それはごもっともですね」


さっきまでの鉄面皮が嘘のように頬を綻ばせながら、僕の彼女は笑った。


「後輩の死体に一目惚れをして、恋人の死体に情欲を掻き立てられるようなお方は、まっとうとはとても言い難いですから」


白雪姫の話をしよう。

お姫様本人ではなく、彼女を救った王子様の話だ。


森の中を偶然歩いていた王子が、棺で眠る白雪姫に一目惚れをする。ここまでは、版や媒体に関わらず大体共通している。それだと話が膨らませられないから、有名なアニメだと白雪姫が眠る前から王子と出会っているが。

大きく分かれるのはこの後で、有名なのは王子のキスで白雪姫が目覚めるパターンだろう。

しかし、原作ではこの描写は存在しない。

版が新しいものだと、棺を城まで運んでいる最中に召使いが躓き、その衝撃で毒りんごの欠片がとれる。古い版になると、王子が出かけるたびに棺を持ち運ばせるものだから、それに腹を立てた使用人が白雪姫の背中を叩いたことで毒りんごの欠片がとれたというものになる。

毒りんごの欠片がとれれば、白雪姫の目覚めを妨げるものはない。白雪姫は目覚めた自分を見て歓喜する王子と無事結ばれて、女王に報復したり何もせず普通に幸せな生活を送る。


姫が目覚めた後でも王子の愛は変わらないので、特に作中で取りざたされることはない。

だがこの王子、最初に好きになったのは死んでいる白雪姫なのだ。


さて。本当は残酷なだとか、本当は怖いだとか。そんな文言がついた童話や昔話のアレンジ作品を読んだことはないだろうか。

版上げや絵本化に際して省かれた残酷描写を取り上げるだけのものもあれば、穿った解釈で物語をより残酷に、過激にしているものもある。そして後者の中には、白雪姫に登場する王子について、こんな考察をしているものがあった。


曰く、王子は死体愛好家(ネクロフィリア)だったのではないか、と。

死体に性愛を抱くからこそ、白雪姫に一目惚れしたのではないか、と。


その考察自体は眉唾だが、王子の気持ちはわかる。

なぜなら僕も、不死川雪路の死体に一目惚れをしたからだ。


去年の夏。偶然僕の前で殺された雪路を見た時、今まで感じたことのない胸の高鳴りと情欲を無惨な姿に掻き立てられた。他の死体を見たことがないので、雪路の死体だからこそそこまでの興奮を覚えたのか、そもそも死体ならばなんでもいいのかはわからない。

はっきりしているのは、僕の頭がおかしいということ。

雪路が僕に運命を感じているのは、言ってしまえばそれが理由。

他者から殺意を集めやすい被殺体質かつ、何度無惨に殺されても蘇ってしまう蘇生体質の彼女にとって、自分の死に様こそを最も愛してくれる男はまさに運命の王子様なのだ。


「もっとも、私が先輩を好いている理由はそれだけではありませんが」

「心を読まないでほしいな」

「あはっ」


もう一度笑いながら、雪路は僕の腕に自分の腕を絡めた。


「だって先輩は、私のことを殺しませんから」

「好きな女の子を殺すほど、奇特な性癖はしてないよ」

「私の死体は好きなのに?」

「それとこれとは話が別」

「……ふふっ」


今度は穏やかな微笑みを浮かべ、さらに体を寄せてくる。

柔らかさにドキドキする一方、生きている人間特有のぬくもりを感じると思わず安堵の息が零れる。雪路の死んでいる姿はそれこそ白雪姫のように美しいけれど、童話の王子がそうであるように、僕も生きている彼女と結ばれたいのだ。


「それにしても。西藤さんがよもや、甲斐田先生と交際していたとは」

「西藤はまだわかるけど、甲斐田先生がよくオッケーしたよね」

「西藤さんは、先輩のことを好いているように見えたので」


僕の言葉を遠回しに遮りつつ、雪路はそんな言葉を口にする。


「今は何とも言えないけど、昔は確かにそうだったと思うよ」

「おや。朴念仁の先輩には珍しい明瞭な物言いですね」

「さすがに僕だって、面と向かって告白してきた相手の好意くらい認識しているよ」

「はい?」


雪路の足がいきなり止まった。

当然、彼女と腕を絡ませていた僕もつられて足を止める。というか体が後ろに転びかけた。急ブレーキは危ないのでやめてほしい。


「告白された? 誰に?」

「え、西藤に」

「いつ?」

「雪路と初めて会話した日」

「初耳ですが?」

「特に言う必要は感じられなかったし……」


何せ僕達は、初めて会話をした三日後にお付き合いをすることになったのだ。

そんなタイミングで別の女の子に告白されたなんて言ったら火種になるのは目に見えているし、時を経て雪路の嫉妬深さを知ってしまえばますます伝えようとは思わない。黙っていたのは賢い選択だったと思う。

しかし雪路にはそう思えないようで、咎めるようなジト目を向けられた。


「なんと言われたのですか?」

「大したことは言われてないけど」

「大したことじゃないなら構わないですよね?」

「……好きだから付き合ってください、って。それだけだよ」

「先輩はなんと返したのですか?」

「その日は考えさせてくれって言って、数日後に断った。これで満足かい?」

「その場では断らなかったのですね」

「いやあまあ、僕も彼女いない歴が長い男の子だし。可愛くて気心の知れた女の子に告白されれば、悩みはするというもので」


雪路のジト目に冷や汗をかきつつ、そう返す。

多人数での行動を至上とする西藤と時に孤独を愛したい僕とでは、根本的なところでそりは合わないだろうと思っていた。しかし、友人としてではなく男女として付き合ったら、もしかしたら違うのかもしれないとも考えた。だからこそ、その場で即答はしなかったのだ。


「私と出会わなければ、西藤さんと付き合っていた未来も?」

「あったかもしれないね」


問いかけには肯定を返す。その可能性は否定できないからだ。


「でも、僕は雪路と出会った」

「イフを考えることは?」

「ないかなあ」


今度は否定を返しながら、落ち着かなさそうにしている雪路に向かって笑みを浮かべる。自分が隣にいない未来を夢想される不安なんて、消し飛ばしてやるように。


「雪路が僕の彼女になってない世界線なんて、ちっとも想像できないよ」


雪路が僕に運命を感じているように。

僕もまた、不死川雪路という特異な少女に運命を感じているのだから。


「……満点です」


言いながら、さらに雪路が体をくっつけてくる。

接触を増やすよりは顔を隠したいという意図がわかったので、覗き込みたいのをぐっと堪えて、彼女の顔を見ないように努めた。


こんなことをしていると、また誰かの殺人衝動を煽ってしまうかもしれない。

そんな考えが脳裏をよぎったが、そっと気づかなかったことにした。僕も男の子なので、可愛い彼女と外でいちゃいちゃしたい願望は常にあるのだ。ここ、屋内だけど。


「さて。いい加減西藤も待ちくたびれているだろうし、急ぎますかね」


僕も自分の言葉が気恥ずかしくなってきたので、そういって話を逸らす。それに同意するように、胸元で雪路の首が動いたのがわかった。

問題は東田さん達をどう言い訳するかだが、二人揃って遅れると言えば西藤も深くは追究してこないだろう。もっとも、彼女の想像に比べて現実はひどく苦々しいものだけど。


(掃除が終わるまでに来るかなあ、あの二人)


東田さんと、南海くんのことを考える。

犯行が失敗した上、南海くんからの信頼にヒビが入れられた東田さん。

おそらく期待していたであろう見返しの代わりに、失望を与えられた南海くん。

標的だった雪路が無傷という結果だけを見ると、二人が得た代償は釣り合っていないようにも思う。しかし、あくまでそれは結果論だ。

雪路の被殺体質がなければ、犯行に及ばなかったかもしれないけど。

雪路の蘇生体質がなければ、二人は人殺しになっていたのだから。


そして、僕の彼女はそれが許せない。

殺される痛みを誰よりも知っているからこそ、殺人行為に手を染める人間を、自分の体質によって裁かれる機会から逃れる者達を許すことができない。

だから雪路は、推理という刃を振るう。

真実を暴くためではない。

それが殺された彼女にできる、ただ一つの報復であるために。


「先輩。どうしましたか?」

「……と、ごめんごめん。行こうか」


急ごうと言いつつ足を動かさない僕を怪訝に思ったのか、雪路に声をかけられる。

その呼びかけで我に返った僕は、彼女に謝ってから改めて足を動かした。



不死川雪路は探偵ルーラーに非ず。

彼女は、生粋の復讐者アヴェンジャーだ。

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不死川雪路は探偵に非ず 毒原春生 @dokuhara_haruo

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