第四三話 大蛇騒動
◆天文十五年(一五四六年)三月中旬 尾張国 那古野城
おれは、自宅に
「
「いえいえ、気にされず。いかなるご用向きで?」
「仕事を頼みたいのだ」
「はっ!」
「まずは、先日頼んだ
「駿河と
素晴らしい。仕事が早くてとても助かる。
「さすがだな、
「噂はあるものの、燃える水の湧く場所は未だ見つかっておりません」
臭く燃える水とは、後世の相良油田のこと。相良には、世界的にも珍しく良質の原油が湧いているんだ。もちろん、日本では唯一無二。その質は精製せずに濾過するだけで、ガソリンエンジンを動かせるほど。
「致し方ないな。人を増やしても良いので、頼むから早めに見つけてくれ」
「はっ」
ぜひとも義元マロに気づかれずに、相良原油を見つけたい。取扱いには充分注意しなくてはいけないが、早く相良で原油を採掘して新型武器に活用したい。木造建造物が主体のこの時代。ガソリン利用の火攻めは、戦闘時に圧倒的な効果をもたらすはずだ。
「次に、伊勢(三重県)や美濃(岐阜県南部)は、いずれの機会にか手に入れたいのだ。国人どもの人間関係を主に調べてほしい」
「はっ」
「飛騨(岐阜県北部)では、
織田領内では、火薬の原料となる硝石の生産に関して糞尿を利用して実験中の段階。だが史実で、五箇山周辺で雑草や蚕のフンを利用した硝石生産法を行なっていたはずだ。
どちらの手法も試行錯誤だから、時間はかなり掛かるだろうが、いずれ硝石の国産化に目処を付けたい。
そのため、五箇山周辺領主の内ケ島氏の情報を入手したいわけ。
「おなじく飛騨では、
「飛騨では、内ヶ島に温泉ですね」
「ああ、その通りだ。京では、
足利将軍は、この時期は十二代足利義晴の時代。また、京都に常駐しているラスボス光秀は、やはりケアしておかなければ心配だ。
「はっ。公方殿に明智殿に注意を向けましょう」
「ああ、注意するといえば、織田
先日滅ぼした、岩倉城の織田信清のこと。ヤツはおれ個人に恨みを持っているに違いない。
「はっ。現在十郎左は、信濃(長野県)にいるようです」
史実で信清は、尾張から逃亡し甲斐の武田を頼ったという。この時代の信清も逃げ足が早くしぶといな。
「十郎左については、引き続き動向を探っておいてくれ。また甲斐武田や越後の長尾も気になるので、探りを入れたい」
やはり戦国時代の英雄、武田信玄と上杉謙信は注意しておかなくてはな。現時点では、手紙や贈り物のやり取りなどもあり、
「はっ。十郎左、武田に長尾ですな」
「よろしく頼むぞ。人手が足りぬなら甲賀に限らず、信頼できるものならば、伊賀の服部なども使ってもよいぞ。金ならば心配しなくてもいい」
「はっ。伊賀衆にも当たってみます」
目論見どおり岡崎城で徳川家康が死んだので、史実で家康の配下となった、伊賀の
他国が忍び衆の重要度を理解する前に、囲い込んでしまう意味もある。忍び衆の雇用に金が必要ならば、その分稼ぐシステムを考えればいいのだから。
「総技研にもしかるべき人を回してくれ。
「はっ!
「義兄上、殿もおれも頼りにしているし、楽ではない仕事だが今後も助けてくれ!」
「はっ! 左近殿の仕事は何が出るかわからないが、心が踊るので楽しみです。気になさらず、何でも申し付けください」
相変わらず仏像スマイルで心踊っているように見えないが、これまでの実績からも人柄や技術は申し分ない光俊だ。それに、諜報衆がいないと仕事が進まない面も多々ある。しっかり人手を増やしてがんばってほしい。
「では、よろしく頼むぞ!」
「はっ!」
多羅尾光俊は、静かにささっと出て行った。さすが忍びだ。それにひきかえ、誰かさんは盛大な音をたてて出入りするけど。
がたっがたっがたっ………だだーんっ! ばたんっ!!
その誰かさんがやってまいりました。しかも、いつになく盛大に。
大きく物音を立てて部屋に入ってくるときは、信長ちゃんの好奇心を大いにくすぐる何かがあったに違いない。嫌な予感が湧いてきた。
「さこーん! ワシらはこれから
比良といえば、毒作戦の
「はっ。急ぎ支度いたします」
護衛のために、腕っぷしが信頼できる柴田勝家や、鉄砲名人の橋本
◆天文十五年(一五四六年)三月中旬 尾張国
信長ちゃんに付き従い、およそ三十名ほどの一行は、清州に近い比良に着いた。
「
「はっ! 左様です『あまが池』と呼ばれているっす」
何かが引っ掛かると思っていたが『比良の大蛇』だ。思い出したぞ。史実で太田牛一が
それはさておき「大蛇というからには五間(九メートル)ぐらいはあるだろうなあ。何を食べているのであろうか? 人も食うのであるのかな?」と信長ちゃんは目をキラキラさせたワクワク顔だ。
まずい。完璧に好奇心スイッチが入っちゃっているぞ。
成政め、要らぬ情報を入れたな。
「与左衛門、大蛇がいれば要らぬ恐れもあろう。蛇がえ(捕獲)をするぞ。人を集め、池の水を掻きだすのじゃ」
「はっ。おれっちが人を呼んできて、蛇がえするっす」
成政が周辺の農民を集めて、水の掻きだしが始まった。住民たちがせっせと、桶などで池の水をくみ出し始める。
その様子を、土手に座って見ていると、信長ちゃんが横にちょこんと座った。
「さこん! 大蛇とは楽しみであるな! うまく蛇がえして、那古野の城で飼うのはいかがであろうか?」
なんて事を言い出すんだ。十メートルの大蛇がいたら、みんな怯えてしまうだろう。
「
プッと吹き出してしまった。まったくこの発想はなかったぞ。
二刻(四時間)ほど経ち、だいぶ池の水かさが減ってきたようだ。
確か信長公記によると、この後に信長が脇差を口にくわえて、ふんどし一丁で池に飛び込んで探しにいくんだっけ。
ふんどし一丁でなく、長秀に作らせたパンツ一丁であろうと絶対許さん。姫で上司で彼女(仮)の裸を、他人の目にさらすなどあり得ないだろ。
「与左衛門、権六。ちょっとよいか」
信長ちゃんが呼ぶと「はっ!」と成政と勝家がやってくる。
「水は減ったものの、大蛇は見えぬようじゃ。与左衛門、権六。池に潜って大蛇を探して参れ」
「おれっち、敵に討たれるならまだしも、大蛇に飲まれて死ぬのは心外っす」
「フン! 与左衛門が潜らぬなら、ワシが潜って探すしかなくなるのじゃ」
怖気づいた成政に、信長ちゃんがしびれを切らす。
ダメ! それは絶対ダメなやつだよ。
「たわけっ! 殿を裸にさせたら、死神左近にヌシが狙われるのだぞ。ほら、一緒に探しに行くぞっ」
勝家が成政を引きずって行く。
ありがとう、勝家。おれは、いい友を持ってよかったよ。
こうして、柴田勝家と佐々成政が池に潜って大蛇を探したものの、当然のことながら大蛇は見つからなかった。
「さこん、大蛇はおらんかったな。蛇で城攻めをしたかったのじゃが、やむを得まいな」
大蛇で城攻めなどしたら、後世になんと伝えられるのだろう。見つからなくてよかったのかも。
「残念ながら大蛇はおりませんでしたな。おれはひつまぶしの材料を探してから帰ります」
おれは近辺でウナギが獲れるものか、様子を見まわることにした。領内視察の意味もある。
ちょっとしたヒントがあるかもしれない。
「さこん、大蛇に飲まれぬよう気をつけてうなぎを探すのじゃ」
信長ちゃんの好奇心は大蛇でなく、ひつまぶしに移ったようだ。
目をキラキラさせたワクワク顔である。
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