第三七.五話 信長が信頼した部下【カズマ】

 ■二〇XX年 五月中旬 愛知県名古屋市 某大学 カズマ


 学食で、後輩の奈津とランチ食べた後に、そのまま彼女と向かい合っていた。奈津は所属している歴史研究サークルに、今年入部してきた女子で、いわゆる歴女だ。

 ショートボブの丸顔で、愛嬌のある笑顔が可愛らしく気立ても良く、サークルの男子連中に非常に人気がある。だが彼女は、どこを気に入ったのかは不明だけれど、おれにとても懐いていてる。


 少なからずおれに好意があるのだろう。悪い気はもちろんしないけれど、どうしても妹に接しているような感覚を拭いきれず、恋愛対象と見ることができないのは済まないな、とも思う。

「カズマさんはとーっても信長はんの事、大好きで尊敬しているみたいやねえ。けどな……ウチはどうしても信長はんは、好きになれへんのやあ」

 奈津が声を掛けてきた。


「そうか。奈津は信長様のどんなところが、好きになれないの?」

「そやねえ。長い間仕えてきた重臣を、あっさり首切りしてしまうとこなんかやなあ。秀吉はんに比べて、人情味に欠けると思うんや」

「ああ、佐久間信盛のことか。信盛の件については信長の書状が残っていて、気合を入れてどこかの領地を切り取るか、高野山で反省するかどちらかにしろ、とある。信長は信盛に、ちゃんとチャンスを与えていると思うんだ」

「そおなん?」


「ああ。結局、佐久間信盛は高野山に行ってしまったんだ。だから、結果的に追放に見えなくもない。だけど信長の本心は、気合を入れて戦ってほしかった、と思うんだ。

 運動部の監督が、やる気がイマイチで後輩に実力で抜かれつつある部長に対して、叱咤激励をしたようなものだったんじゃないかな。

『おまえは後輩に抜かれて悔しくないのか! 悔しかったら気合入れてやってみろ。やる気がないなら、もういい。辞めてしまえ』といった感じで」

「はー、なるほど。そんな見方もできるんね」


「ああ。同時期に首切りをしたといわれる、林秀貞についても記録は特に残っていないけれど、信長は挽回のチャンスを与えていた、と思うんだ」

「ふふふ。さすが信長好きのカズマさんやね。他の先輩が、あいつは信長が女だったらベタ惚れしてるはず、って言うてたとおりやんか」

「信長様が仮に女だったら、確かに惚れているだろうな」

「なんか悔しいわあ。ふう。

 でも信長はんは、重臣ナンバーツーの明智光秀に、寝首かかれるアホなとこあるやんか。それで結局ナンバーワンの秀吉はんに、家乗っ取りされたわけやし、抜け作やないかあ」奈津はため息混じりだ。


 だが、その風潮には納得いかないんだ。

「その秀吉と光秀が、ワンツーという序列は違うと思う」

「そおなん?」

「獲得した領地からみればワンツーかもしれないけれど、おれは、丹羽長秀と滝川一益の二人こそ、信長様に信頼されていた、と思ってるよ」

「丹羽に滝川かあ。地味ぃな二人が出てきおったね」


「秀吉も、もともとは丹羽長秀の寄騎だったはずだよ。いずれにしろ、長秀と一益の二人は、常に信長様の近くで遊撃軍を率いて戦っていたんだ。

 大会社の社長が、本社勤務の常務と地方支社の社長の、どちらを信頼するか、っていうのに似ていると思う。

 特に一益は、大切な跡取り息子の信忠の武田攻めの後見を任されているし、信長様の信頼は非常に厚かったはずなんだよ」

「まあ、大事な息子を託すぐらい、一益は信頼されておったんやろね」


「そうだろう? 分かってきた?」

「まったく分からへんよ。こーんな近くにエエ女がいるのに、信長様、信長様言うて、ホンマ悔しいわあ。

 そないにいけずなカズマさんなんかは、信長様が女の世界に飛んでってしまうがええわ。そら、飛んでけぇーっ」

 奈津はおれのことをどんと押す。


「あ、それだったら、まず信長様に惚れると思うな」

「ま、ええわ。ところで結局カズマさんは、本能寺の変の原因は何やと思うの?」

「おれは、光秀と秀吉の性格によると思う。

 本能寺の変の当時、光秀は非常に心理的に追い詰められてたと思うんだ。精神的に追い詰められて、発作的にやらかしたんじゃないかな。

『社長がいなければ、会社がなくなれば、嫌な仕事をしなくてすむだろう』みたいな感じだな」

「ほーお?」


「光秀が当時仲がよく親戚だった細川藤孝ふじたかにすら、予め相談している様子がないところからも、発作的な犯行だと思うよ。それに秀吉は巷で、言われているよりは、ずっと酷薄な性格だったはずだ。特に自分より格下と思った相手には。奈津も歴史好きなら、秀次事件を知っているだろう?」

「鮭様(最上もがみ義光よしあき)はんの駒姫とかやろ」

「そうそう。他にもあまり知られていないけれど『羽柴四天王』と言われ、初期の秀吉を支えた股肱ここうの臣の神子田みこだ正治まさはる尾藤びとう知宣とものぶは、名誉挽回の機会が与えられず斬首されている」

「斬首かあ」


「名誉挽回のチャンスすら与えられず、斬首はひどいと思わない? きっと信長様なら、チャンスは与えたと思うんだ」

「そやね。確かに秀吉はんより、信長はんの方が温情ありそうやね」

「謀反を起こした弟の信行ですら、一度は許されている。信行の息子の津田信澄のぶずみも、親の仇ともいえるのに重用しているし、温情判決も多いんだよ」

「ふ-ん。なるほどねえ。少し見方が変わったかもね」


「謀反を起こした荒木村重も、説得して助命しようとしていたし、ひょっとすると明智光秀も、すぐに謝ったら許されたんじゃないかな、と思っている」

「まさか、それは難しいんじゃないかなあ。

 ま、なんにしろ、カズマさんが信長様が大好きだ、ということはよーく身に沁みたわ」

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