第三三話 世界初の快挙と魔物

 ◆天文十四年(一五四五年)十月下旬 尾張国 那古野城


 ここまで気合を入れて推進してきた経済政策の数点が、形になってきたので現状ををまとめてみよう。

 どれも、基本的に運営は商人任せで人手はかからない。

 全て元手もかからないし、スタートアップした段階でお金もがっぽりもらえる。


 というのは、例えばお金一億円を集めて会社を作ったとしよう。現代だったら、出資したお金の配分によって、配当を貰えたりと株主の権利が発生する。だけどおれの採用したのは、集まった元手の半分の五〇〇〇万円をまず織田家がもらう、というエグい方式。


 ノウハウや複式簿記を教えたり、システムを構築するんだから当然だよな。それに元手を半分持っていっても、充分儲かるから期待していてくれ。

 それから業務を行なって、利益が出たらそのうちの半分も頂きます。歴史的に成功したビジネスだから、確実に利益は出るはずだ。正解を知っているのだから、最大限に未来知識を利用させてもらうよ。


 このようにスタートアップさせたのが、まず一つ目は那古野取引所。世界初の先物さきもの取引所とりひきじょを作った快挙です。史実で江戸期に開設された、大阪堂島どうじま米会所こめかいしょの先取りだ。


 手始めに米の先物取引所と、米の現物(実物の米を扱う)取引所を造った。先物取引とは簡単にいえば、将来期日の売買取引を現時点で数量と価格を決定する約束だ。先物取引所では、米相場の変動による損失を防ぐリスクヘッジができるため、生産者の豪農や、買い手の米商人などは大助かり。


 例えば、分かりやすく米一俵の平均価格が一万円だとしよう。農家は収穫の前に、米を売る約束をしてしまうんだ。十月末に米一俵を一万円で売りますと。

 十月末になった時に米相場が、一俵あたり六〇〇〇円に暴落した場合、先物取引では相場の上下の差額をお金で精算する。だから、農家は先物取引で四〇〇〇円受け取れる。そして現物取引では、平均相場より安い六〇〇〇円で米が売れる。先物取引と現物取引を合算すると、農家の受取れる金額は一万円で平均と変わらない。


 相場が下がった場合とは逆に、十月末時点で一俵あたり一万三〇〇〇円に暴騰したケースではどうか。農家は先物取引で、三〇〇〇円を損をしてしまう。ところが現物取引では、一万三〇〇〇円を受け取れる。合算すると一万円だから、受取れる金額は一万円で平均と変わらない。


 これが生産者向けの売りヘッジの仕組み。厳密には、取引手数料の支払いなどあるけれど、生産者の農家は米相場の上下を気にしなくても、一定の収入が得られるわけ。

 一方米商人も、収穫前に予め適切な価格で、米を買う約束ができる。そうすれば、米相場の上昇による損を防ぐ買いヘッジができる。


 先物取引所では、リクスヘッジ用途の取引以外でも、米相場の上下によって利益を狙った投資ができる。だから織田領内の、津島つしま熱田あつた以外の商人も、ぞろぞろと那古野取引所に寄ってきた。

 先物取引の米相場は、現物取引の米相場に先んじて動くことが多いため、実物の米を扱う取引所も同時に作ったんだ。先物取引の相場で現物取引の相場予測がしやすいから、少しでも得をしたい商人は那古野で米を売買する。


 米とカネを押さえれば、敵は迂闊に手を出せない。

 敵性商人には奈古屋取引所の取引停止や、預かっていた米の没収など、厳しい手段が待っているし、利益を追求する商人ならば、当然ながら儲けを出しやすい那古野で取引をしたい。だが那古野で取引するならば、織田家と友好的でなくてはいけない、というジレンマに陥るはずだよ。


 取引所の収益は、実際の取引に応じた売買手数料と、取引所で売買するための権利金になる。

 当初は米だけの取引だけど、大豆や麦など別の取引品目も状況に応じて増やすつもりだ。


 スタートアップさせた経済政策第二弾は倉庫業務。那古野取引所を開設したので、当然ながら実物の米を保管する倉庫が必要になる。

 倉庫業務の収益は、初回の契約金と毎月の賃料となる。


 そして、第三弾は那古野海上保険。こちらも取引所と同じく世界初の快挙だ。

 史実でイギリスのロイド保険がしていた事を真似たんだ。

 事故や海賊の襲撃に備えて、保険を掛けたい船主ふなぬしと、保険引受人(アンダーテイカー)を仲介する業務が今の段階。

 保険引受人は航海が成功すれば、積荷割合分の儲けをもらえる。航海が失敗すれば、予め契約で決めた額の保険金を支払わなくてはいけない。

 保険引受人は、主に裕福な商人で投資をしているようなものだ。


 ロビーのようなスペースを設けて、保険引受人が待機できるようにする。保険を掛けたい船主がロビーにやってきて商談するという形式だ。

 将来的には、事故の確率によって保険金を決定する方式がいいのだろう。だが、まずは統計を取っていく段階だ。

 現在は那古野を起点とした、国内近距離の商用航海が保険の対象。だが数十年後にはきっと、大きな元手が必要な海外貿易にも応用できるはず。夢が膨らむぞ。

 海上保険業務の収益は、仲介手数料を貰う形式だ。

 ただこの保険業務については、当初はさほど収益は見込めないだろう。


 そして経済政策の最後は、みんなが大好きな宝くじの販売。

『年末巨大とみくじ』と称して、そろそろ今年末に向けて販売する予定になっている。巨大といっても、現在の当選金は一等百貫、二等十貫、三等一貫だ。

 一等でも現代の価値で一〇〇〇万円だから、現代日本のジャンボ宝くじと比べるととても細やか。だが貨幣のやり取りが一般的な那古野では、きっと大人気になるはずだ。

 宝くじの販売業務の収益は、売上から当選金を差し引いた金額となる。スタートアップ時点ではお金は入らないけれど、かなりの収益が見込めるんじゃないかな。


 とにかく多数の兵や内政官やその家族たちの移住もあって、那古野は人口が急増中。さらに那古野に集まった人たちをターゲットにし、飲食店や店舗もどんどん増えている。

 那古野は、辺鄙へんぴな城だった以前とは、比べものにならないほど、活気のある街になりつつあるんだ。まだまだ兵も内政官もかなり人手不足の状態で、さらに人口が増える予定だから、さらに活気が溢れる街になるだろう。


 お金儲け以外でのニュースは、まず信パパたちが清洲城に移ったこと。これまで居城にしていた古渡ふるわたり城は破却となった。

 この時代には、領主が自分の領地を守るために築いた規模の小さい城が、至るところにゴロゴロと乱立している。

 国境付近や重要拠点の城以外の不要な城は、どんどん破却する方針だ。

 戦術的にも兵力を集中する方が有利でしょ? 国人領主(豪族)の力がまだまだ大きいので、早期の実施は難しいけれど、基本的に全員を銭で雇う形に移行させていくつもりだ。


 その他の織田家ニュースといえば、お市ちゃんが誕生したらしい。

 史実よりも若干早めなのかもしれない。信パパの九女あたりだろうか。史実でお市の方は、近江の浅井あざい長政ながまさとついで、再婚で柴田勝家の奥さんになった。この世界では、どのような運命を辿るのだろう。元歴史ファンとしては楽しみだぞ。勝家とは年の差が二十歳だから、冷静に考えてかなりのものだよな。


 個人的なニュースとしては数日前に、悲願の屋敷が二の丸の隅にちんまりと建ちました。

 ただ長い間居候していた城内の客間も、そのまま仕事部屋として残してあるので『どんっどんっどんっ!』は毎日聞けている。

 そして、ぽかぽか第一弾のこたつも完成。ついでに布団も作ってもらって、快適度が数倍上がっているよ。

 ぽかぽか第二弾のお風呂は、浴槽は完成しているけれど、釜の完成まではもう少しの辛抱だ。


 自分の屋敷におれが引っ越してきても、嬉しい事に信長ちゃんがちょくちょく遊びに来てくれる。

 ただ、おれ目当てではないような?

 今も彼女はこたつでヌクヌクとしている。

「さこんの話していたとおり、こたつはぽかぽかで比類なき心地良さなのじゃ」

 すっかりこたつが気に入って極楽顔の信長ちゃんである。

「はっ!」


「こやつは魔物であるな。出るに出られぬゆえ困るのじゃ」

「では、強引にこたつから出して差し上げましょうか?」

「強引に出されるのも、ぽかぽかでなくなるゆえ困るのじゃ」

 上司で城主が、ダメ人間になっています。

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