第175話 ソラの変化

 その頃、元ソラの田舎。その地でも、社にはコトリの奏でと共に新国、紫誕生の報せが、炎を通じてもたらされ、村はお祭り騒ぎになっている。蔵からは酒が出されて、広場には櫓が組まれ、人々は思い思いに踊り狂う。その背後に流れるのは、シェンシャンの

調べだ。


「おい、ミロク! 本当に、お前の歌が現実になったんだな」


 ミロクは、奏での手を止めないように気を払いながら、話しかけてきた村の顔役に人懐こい笑顔を向けた。


「そりゃぁ、もう、紫の皆ががんばったからです」


 初めは、下々の民に国が変わることを知らせるために。そして新たな国は民のための国になることを告げ、紫の同志を募ろうという企みあっての歌だった。


 ミロクは、行く先々でそれを歌い、神具を使いつつ奉奏の真似事を行うことで、小さな奇跡を起こし続けて半年余り。ついに、新国が建って、掲げた夢が、理想が、現実のものとなる一歩を踏み出した。


 ずっと嘘ばかりを流布してきたつもりはない。それでも、見える形で世の中が変わってきたのは、ミロクを安心させると共に、ようやく自分が人の役に立ち、何かを成せたかのような達成感を味わうことができるのだ。


 そこへ、村の子供たちがパタパタと駆けてやって来た。この辺りの子は、皆頑丈な沓を履いている。これがクレナであれば、裸足が殆どで、良くて草履だ。けれど、いずれはミロクの故郷も、最低限のものを身に着け、身を守れるようになるかもしれない。気づくと頬が緩んでしまうミロクである。


 聞いた話では、クレナでは悪い役人がほぼ一掃されて、意味なく無実の民が殺されることが無くなり、飢餓で死ぬことも少なくなっているらしい。紫に協力するため、農民の男が出稼ぎに出た場合は、家に残る女子供のために便利な神具や食糧が配給されている地域もあると言う。遠からずクレナの農村でも、ここソラと同じぐらいには、まともな生活ができるようになるにちがいない。


 ミロクは自身のシェンシャンを抱えたまま、しゃがんだ。


「どうしたんだ?」


 尋ねると、一番目立ちたがりの子供が前に出てきて、シェンシャンを突き出してくる。


「また弾き方が分からないところがでてきたのか?」


 ミロクもすっかり子供相手に話すのが上手くなった。旅に出てすぐの頃は、いかにも頭の悪そうなガキなど、話すのも面倒臭そうにしていたというのに、今では自然と優しい声音になってしまう。


「違うんだ! 急に上手くなったんだ!」

「皆、いきなり上手になったよ」


 子供達がはしゃぎはじめる。そして、早速聞いてくれとばかりに、揃って演奏を始めたではないか。


「お前ら……」


 ミロクはびっくりして、ついに自分の奏での手を止めてしまった。近くで踊っていた大人達も、驚いたのかこちらへやってくる。しかし、祭りを彩る音は消えたわけではない。


 眼の前の子供たちが弾くシェンシャンは、まるで小さな楽士団のようだったのだ。


 一人ひとりの技量は拙く、落ち着いて聞いていられたものではない。しかし、きちんと戦律が流れていて、子供特有の元気さが溢れている。しかも、僅かに神気の操作までできているときたら、ミロクも動揺してしまった。


 今日まで、いくら教え込んでも、なかなか弾くことのできなかった子供達。彼らも、自分の村を豊にするために、忙しい大人達に代わって自分達子供が奏でられるようになるのだと、至極真面目に取り組んでいた。


 しかし、練習を重ねど、思うように綺麗な音を出せはしない。やはり、ソラの民には無理なのかと半ば諦めてきた最中のことだったのである。


「やっぱり琴姫様のお陰だね」

「紫の炎が出たって、神官様が言ってたよ」


 一曲引き終えた子供達は、今も尚興奮している。彼らの親や隣近所である大人達もだ。


 ミロクは、喜ぶ人々の顔を見て、一つ思い当たることがあった。それは、少し前、ハトやミズキからの文で知った話だ。


 クレナに生まれた者には奏者の素養があり、職人の素養が無い。ソラに生まれた者には職人の素養があるが、奏者の素養は無い。それは、かつてこの地にありし国が二つに分かれた際に、神がこの地に施した罰だ。しかし、国が一つになれば、民は両方の素養を備えることになるだろう、と。


「神は、ほんとにいるんだな」


 今後、新たな国、紫の未来を担っていく子供達が満面の笑みで飛び跳ねている。その周りには、薄く、虹色がかった霧が天女の羽衣のように棚引いていた。


 ミロクもまた、いつの間にか神具無しに、神気が見れるようになっていたのである。


 社への参拝も無しに、なぜか。ひとえに、国が一つになるためにシェンシャンと歌を広めて歩み続けたことへの、神からの礼であることを、ミロクは知らない。


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