第153話 合流
ミズキがサヨと連れ立ってソラへ入ると、どこからともなく紫の布を体のどこかに身に着けた者達が、そこらじゅうから現れた。まだ辺境の地だ。荒れ地に茂る草の中から湧いて出たみすぼらしい男達に、サヨは怯えてミズキに縋る。
「ミズキ様。よくぞ、ご無事で」
「お、ミロクじゃないか」
ミズキは、その中から見知った顔を見つけたらしく、声を弾ませた。ミロクは紫の中でもシェンシャンが上手い方で、ミズキは直々に神気の操り方を教えたこともある。
「お前、こんなところで何してるんだ?」
「ハト様の言いつけで、ソラの民にシェンシャンを教えてまわってたんです。ハト様本人は奥様のところへ帰ってしまいましたけどね」
「そういえば、そんな指示を出してたな」
ミズキはすっかり忘れていたのか、決まりが悪そうにしながら頭を掻いていた。
「でも、大丈夫なのか? 帝国軍が来てるだろ?」
「それならば、昨日の朝、ソラから撤退していきました。帝国の兵は神具に寝首をかかれて、眠ることも食糧を集めることもできず、一方的に攻撃を受け続けて気の毒なぐらいでしたよ」
ミロクはシェンシャン演奏の伝播のため、チグサ達が取り囲む村に、ちょうど訪れようとしていたのだったのだ。もちろん村へは入れなかったわけだが、ソラ対帝国の一部始終をその目に収めることとなった。
「ソラの偉いさんのお話では、隣国にある帝国の砦も、怪我で動けなくなった者以外は全員出ていってしまったとか。神具と普通にやり合うようじゃ勝てないことを知って、怖気づいたんじゃないですかね?」
ソラは、これで帝国の脅威が過ぎ去ったと思い込んでいるかもしれない。ミズキは、サヨ救出の際に知った情報を、ソラの偉いさんとやらに伝えねばならぬと思いつつ、続きを促す。
「それは良かった。これでしばらくは平和だな。他の村も大丈夫なのか?」
「はい。紅社から各地の社に琴姫様の加護があるとかいう鏡が配られてますんで、神具という神具が常以上に活性化してるらしいんです」
「どういう意味だ?」
「神具に詳しくないので何とも言えませんが、神具に降りている神が、いつもよりも張り切っている状態になっているそうです。これで合ってるよな?」
ミロクが振り向くと、傍の屈強な男達が一様に頷いた。ソラでは、シェンシャンを弾くことのできる者は神にも近い扱いを受ける。ミロクも、現地の者達から崇拝され、こうして護衛までついているのだ。
他にも、ソラ王の側近が腕利き神具師を集めて帝国武器の研究や分析にあたっているという話も得られた。きっと、ミズキが砦から強奪してカケルに託した物を、早速ゴスあたりが分解しているのだろう。
ミズキは、職人気質なゴスの喜ぶ顔を想像してニヤリとする。これで、助けてもらった恩を返せたということにしておきたい。
「では、一度ソラの偉いさんにお目通りしておくとするか」
サヨを見ると、彼女もその方が良いと思っていたらしく、ミズキの手をきゅっと握り返してきた。
ミロクは、その二人の甘い雰囲気にあてられたのか、若干目を逸らしている。
「それでしたら、案内します。それと、この布、紫の証にしてるんで、よかったら身につけてください。見えないところでもいいです」
ミズキは、ミロクから二枚の端切れを受け取った。高貴な風情が漂う、美しい紫色をした布だった。
「なかなかいいじゃないか」
立場や役目が違っても、同じものを持つということ。ミズキは不思議な心地よさを感じながら、布の一つを懐に入れ、もう一つは下ろしたままだった長いサヨの髪を束ねるのに使った。
◇
同じ頃、カケルはアダマンタイトの都にいた。
新鮮な野菜や果物、輝石のついた装飾品などを威勢の良い声で売り捌く露天商や、肉と香辛料の刺激的な香りを辺りに垂れ流している屋台がひしめく通りを歩いて行く。
石造りの建物は高層階まであって、窓辺には赤や黄色の花が溢れるようにして咲き誇っていた。活気ある街は、ソラやクレナ以上に人通りが多く、前へ進むだけでも苦労する。
「あれが、そうなのか?」
「そうだろうね」
イチカは慣れているのか、涼しい声でカケルに答えた。ここでは、イチカのような格好も完全に馴染みきっている。カケルも周囲に浮かないようにと、イチカが揃えた現地の男のような服を纏っていた。
ゆったりとした作りの、裾が長い上衣に、比較的身体にぴったりと沿う形の下衣。首には細長い薄布を巻きつけていて、髪色が目立たぬように頭にも布を巻いている。誰が見ても、これが他国の王とは思えない姿だ。
そんな二人が眺める先にあるのは、アダマンタイト城である。天を貫くように高い塔と壁に囲まれた、独特の曲線美が目を引く白い建物。その秀麗な様相は、他の建物と完全に一線を画す格式があった。
ここまでカケルとイチカは、帝国の急ぎの馬車の目撃情報を辿ってやってきた。噂では、この城に件の馬車は入っていったらしい。確かに、姫を一時滞在させるには、もってこいの場所だろう。
「さて、どうやって忍び込み、どうやって探すかだね」
イチカは溜息をつく。カケルは身分的に高貴であるが、正式な国交も無いのにいきなり名乗り出たところで、誰も信じまい。何より、ここはソラと敵対する帝国の属国なのだ。王らしい格好と体裁を整えていたとしても、門前払いどころか襲撃を受ける可能性すらある。
となると、正攻法で中に入ることができないのであれば、野党紛いの事をして、コトリを拉致してくるしか方法は無いのだ。
「姫様には悪いけど、あばら家みたいなところで匿われていてほしかったよ。こんな城、蟻が入る隙すらないじゃないか」
高い塀の下には、数多くの衛士がいる。皆鋭い槍を持っていて、かなりの威圧感があった。
その時、ふとカケルは、どこからか強い視線を感じた。誰かに見られている。慌てて辺りを見回していると、上衣の裾が強く引っ張られた。
「親方」
「ラピス! お前」
「勝手に離れてすみません」
「急にいなくなったから、心配してたんだぞ」
カケルは、自分よりも少し背の低い小太りな弟子の頭をわさわさと撫でる。ここでは、彼の金髪も全く目立たない。元々アダマンタイトは、カケルのような黒系統の髪色は多いが、昨今は帝国の血が多く入った者が増え、随分と多様性が広がっている。
「それより、親方。早くコトリ様を助けに行きましょう! 手がかりは掴んでるんです。案内します」
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