第120話 処刑

 ミズキが、カケルから贈られた工具箱を片手に、早速ラピスについて工房に入っていった。それを見送ったカケルは、この国としばしの別れを告げるべく、慌てて支度をする。ゴスと共に宵闇に紛れて都を発ったのは、その晩のことだ。


「今夜の馬は速いな」


 都の外で紫が用意していた馬に跨ると、カケルが呟いた。なぜかゴスは、とても残念な物を見るような目になる。


「お前のせいだ。俺がどれだけ苦労してるのか知ってるのか?」


 カケルが編み出した「一素材ニ神」の業。これは、基本的に一つの神具には一柱しか降ろすことができないとされていた従来の常識を根本から覆すものである。これは、カケルがコトリのためにと「いつも通り」神具制作に情熱を注ぎ込んだ挙げ句、うっかり見つけてしまった裏技だ。だが、神具師界に激震を起こす程、あまりにも画期的な発見だった。


 普通であれば、こういった発明的なものは個人が秘匿し、もたらされる利益を独占するものなのだが、カケルは違う。これからの神具師と神具の未来、果てはソラの将来のために広く人々に浸透させたいと言い出したのだ。そのため、テッコンやゴスを通してソラ中の神具師に無料でその方法を伝授するという異例の措置となったのである。


 だが、本当にそんなことが可能なのか、イカサマではないのかと訝しむ声、発見を妬む声、作法通りに試したのに上手く行かないので助けてくれなど、様々な声が各地から上がった。その度に(主にゴスが)、何らかの対応をすべく、あちらこちらに文を飛ばして奔走することとなっている。


 確かに国力の底上げにはなるだろうが、正直面倒くさいというのがゴスの本音だ。


 けれど、こうして馬の足に風をはじめとする複数の神を降ろした神具の布を巻きつけることで、嵐のような速さで原野を駆け抜けることができる。目にも止まらぬ動き故に、他の獣からの襲撃を受けることもなければ、小幅の川ならば、羽もないのに飛び越えることもできる。


 そうしてカケルは、たったのニ日でソラの王宮に辿り着いてしまったのであった。


 こうまでして、急いでいたのは、ヨロズ屋の仕事が多忙を極め、出立が遅れたのが理由だけではない。カケル達兄弟にとって、どうしても年内にやっておきたいことがあったからだ。


 カケルは旅装から王としての正装に着替えると、兄弟が集まる朝堂へ向かう。


「カケル兄上、遅いです」


 チグサは、被り布越しにカケルを睨みつけていた。


「チグサ、王と呼ぶべきでは?」


 すかさず、たしなめにかかるのはクロガだ。今日は「本物」がいるので、あくまで王弟としての衣を纏っている。


「実質的にはクロガ兄上がそれを担ってますもの」

「それは言ってくれるな。王が紫をうまく使ってるからこそ、僕も動きやすくなってるんだから」


 きちんと兄を立てることを忘れないクロガは、つくづく良い弟である。続いて、カツも話しかけてきた。


「馬につけた神具は、うまく使えたみたいだね」

「あぁ。あれは本当に助かったよ。クレナとソラはますます近くなった」


 カケルに褒められると、カツは照れ臭そうに年相応の少年らしくはにかんだ。


「さて、積もる話もあるけれど、それはまた今度だ。今年のことは今年のうちに終わらせよう」


 カケルが兄弟達を見渡すと、すっと全員の表情が引き締まる。一気に場の空気が張り詰めた。


「いよいよ、我々の手で裁きを下す時が来た」


 兄弟含め、それらに付き従う者達も全員が、全身を耳にしてカケルの声に聞き入る。


「首謀者は自業自得で、ほぼ自死同然という身勝手な最期を遂げ、我々は怒りの矛先をどこに向ければいいのか分からぬ時が長く続いていた。しかし、奴の配下は残されている。今こそ、無念を晴らそう。悪しき者達を一網打尽にして、王家の威光を取り戻し、本来のソラを取り戻すのだ。よって本日、あれらを神砲の刑に処する」


 カケルは剣で何かを薙ぎ払うかのように、腕を大きく振るった。すると、朝堂の大扉が開かれて、外の光が中へ差し込んでくる。同時に、朝堂前の広場に並ぶ囚人達の姿が目に入った。よくもこんなに大勢いたものだ、とカケルは思う。


 その背後には、大勢の民衆が人垣を成していて、大通りをどこまでも埋め尽くしていた。


 カケル達が一歩外へ出ると、たちまち民衆からの歓声があがる。衛士達が、民との間に立ちはだかって、厳しい警護に務めていた。


 並んで地面に座らされている囚人達は、既に死んでいてもおかしくないぐらいの衰弱ぶりである。だが、この日のために無理矢理命を繋ぎとめられてきたのだ。今から、世にも珍しい死に様を見せることになるのも知らずに、ふてぶてしい面を見せている者も多い。


 刑を司る役人が出てきた。一通り罪状を読み上げる。長い長い時間がかかった。カケル達は、それらを我が事かのように噛み締めながら、じっと静かに聞いていた。


「よって、神砲に処す」


 広場に響き渡っていた、役人の朗々と歌うような声がここで止まる。すると、囚人達の前にあった物から、被せられていた黒布が取り除かれた。神砲とは、神を使った処刑の総称である。


「よろしいですか」


 役人が小声で尋ねてきた。カケルは頷く。


「この者達は、国家転覆罪、外患誘致罪など、数多の罪を働いた。しかし、それらを許してしまった我々王族にも非はあると言える」


 兄弟達は驚いた顔でカケルを見つめた。王が自らの過ちを認めるなど、普通はしないこと。それは弱みとなってしまう。


 だが、それしきのこと、カケルとて理解できている。だからこそ、言わねばならないと思ったのだ。王族というよりも、民の一人として長く生きてきたカケルだからこそ、伝えたい言葉がある。


「故に、ソラ王家は誓う。今後このような形で国を乱すことは無いと。我々には、神がいる。我々には、神具を作る力がある。我々には、共に歩んでくれる家族がいる。そして、志がある。悪しきを廃して、良き世をここから始めよう。新たな世の曙に相応しい祝砲を上げるのだ。点火!」


 黒布の下にあったもの。それは、見た目はただの黒い大筒だった。その片方に、小さな種火を近づける。パチパチと線香花火のような炎が見えたところで、係の者はその場を離れた。何かが狭い所を高速移動しているような、妙な高い音が聞こえ始める。


 それを背景に、カケルは、なお語った。


「我々は、せめて、この者達から多くを学ばねばならない。そして、二度と繰り返さぬよう、これを目に焼き付け、忘れてはならないのだ。我らの国は、我らの手で守る。我らには神がついている!」


 言い終わるか否や。黒筒から無数の青い光が飛び出し、囚人一人ひとりに襲いかかっていった。青い光は紐のようにして囚人を縛りあげながら、空高くに登っていく。広場には青の柱が立ち上がったように見えた。やがて、人影が見えなくなるほど上昇した時、花火のような破裂音と共に爆発。青みがかった金粉となって霧散した。まるで、神自身が囚人達に雷を落としたかのような華麗さと神聖さに満ち溢れている。


「兄上、これでは祭りではありませんこと? あまりに綺麗すぎますわ」


 カケルの横で、チグサが呟く。


「これでいいんだ。どれだけ殺しても、どれだけ後悔しても、どうせ父上は帰ってこない。せいぜい、新たな世を華々しく彩る燃えカスにしてやるぐらいがちょうどいい」

「どうしてそんなに割り切れるの……」


 カケルは、肩をすくめた。自分でも痩せ我慢だと気づいている。本当は、一人ひとりを自分の拳でぶん殴って殺したい衝動があった。けれど、それは王ではない。


 良い意味でも悪い意味でも、過去は過去だ。居直っていると言われるかもしれない。引きずらないのは、人間らしくないかもしれない。けれど、今民が必要としているのは、良いことが起こりそうな予感という肌感覚なのだ。


 見たことも無い大規模な娯楽的演出。都の外からも目にすることができただろう。


 きっこれは、罪を犯した者への非難や怒りの気持ちよりも、今後のソラ王家への期待を後押ししてくれるにちがいない。


 帝国は、いずれ必ずソラへやってくる。この、神に護られし国が在り続けるためには、まずは民の心を一つにし、王家へ向けさせなければならない。そしてそれは、決して負の気持ちによる結束ではなく、正の気持ちであったり、前向きな光のようなものであるべきだと、カケルは思うのだ。


 これらを聞いたチグサは、しばらく真顔になった後、少し取りすましたようにしてそっぽを向いた。


「やっぱり、カケル兄上が王でよかったと思います」


 やはりカケルは、狡くて優しい。汚れたものを無理矢理綺麗に見せるなんて、とても我が兄らしいとチグサは噛みしめるのだ。


 天高く爆ぜた復讐と誓いの聲が、長く人々の心の中に余韻として響き渡っている。広場から大通りにかけて蠢く群衆の興奮は、当分冷めやらないだろう。


 いよいよ、カケルの治世が本格的に幕を開けた。





【おまけ】


カツ

「兄上、この神具は囚人達が纏っている神気を動力源に使ってるのですよね? しかも、あの青い光。ソラの色だ。見事に囚人達を木っ端微塵にしたし、処刑なのに惨く見えない。さも、正統で、まるで神聖なものみたいに見える。さすが目の付け所が違うなぁ」


カケル

「正解! 年末に血みどろを民に見せても元が悪いしな。あの悪党共には最後ぐらい新たな世の踏み台として役に立ってもらいたかったんだよ。後は、帝国の兵士も神気を纏っているかどうかなんだよな」


カツ

「神気って、先祖の加護みたいなものですから、纏ってない人間なんているのかな?」


カケル

「それは要調査だな」


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