第103話 名乗りを上げる

 コトリは、カヤの言葉に肩をぴくりと震わせる。イチカとの話は聞かれていると思っていたが、やはり指摘されてしまった。これは世にも珍しい神具。確かに、カヤでなくとも、楽士団の女であれば誰でも興味を持ってしまう代物だろう。


「そうでしょう?」


 ゆっくりとカヤの方を振り返る。サヨは唇を噛み締めながら不安げな視線を送ってくるが、見ないふりをした。


 大丈夫。と自分に言い聞かせるコトリ。ここにいるのは、春の園遊会に向けて、コトリの傘下に入りつつある仲間達ばかりだ。元々、遠からずお披露目する予定だったのだから、問題ないはずなのである。


「私も欲しいです」


 カヤは屈託のない笑みを浮かべる。まだ幼いからこそ許されがちな、無邪気なおねだり。


「そうね……」


 コトリは、その狡さを少し羨ましく思いつつ、言葉を選ぶ。


「この際だからお話しますが、私はアオイ様のようになりたいの。そのために、仲間となってくださる方を募っているのです。カヤ様は、私の絶対的な味方になってくださるのかしら?」


 実質的に、取引交渉である。カヤは一瞬顔を強張らせたが、すぐに大きく頷く。


「もちろんです! カナデ様はお年が近いのですし、とても才能のあるお姉様だと思っていますので」


 コトリは、チリっと心に何かの引っ掛かりを感じたが、こうも褒めちぎられては悪い気なんて起きようもない。


「ありがとうございます」


 にっこりすると、コトリはその場に集う他の楽師達も見回した。


「お聞きの通り、私と誼を結んでくださる方には、準備が整い次第、この神具をお渡ししたく存じます。皆様方の他にも、是非にという方がいらっしゃいましたら、お仲間としてお迎えさせていただくつもりです」


 見ると、離れたところに止まっていた馬車の列から、たくさんの楽師達が身を乗り出したり、降りて聞き耳を立てていたりする。流民達の祭りの喧騒の最中、ここだけは冷え冷えとした緊張感に包まれていた。


 いよいよ、落ちこぼれの新人が正式に首席争いに名乗りを上げたのである。状況を見極めようとしたり、ひそひそとコトリに物言う囁き声が広がっていく。コトリは、女達の高い自尊心と闘志が炎のように揺らめいているのを肌で感じとっていた。



 ◇



 コトリ達がその地を発ったのは、翌朝になってからだった。


 イチカとの取引を終えた後、近くの村にいた紫の者が男衆を連れてやってきて、楽師団員のために夜を越すための天幕を運んできたのだ。どうやら、コトリ達を護衛していた菖蒲殿の護衛達が助けを求めに動いていたらしい。


 天幕の中に用意されたのは、簡素な敷物と藁の山。貴族出身の楽師達は、寝具と言うにはみすぼらしすぎる物に言葉を失くしていたが、この辺りは夜になると気温が下がってよく冷える。結局は全員が藁山に身を埋めることになり、紫という集団の気遣いに感謝するのだった。


 紫が行ったのは、それだけではない。


 流民達が作る新たな村の支援を申し出ていた。まとめ役と紫の架け橋をコトリが担ったこともあり、さらには村作りに欠かせない職人も派遣されるということで、話はトントン拍子に進む。


 何より、紫の志、打倒クレナ王の話に共感が得られたことが大きい。今は都から地方に向かってどんどん紫の輪が広がっている。王に反感を抱いている者や、クレナという国の落ち目を感じている者は想定以上に多く、あちらこちらに紫の部隊とも言える小組織が発足していた。いずれは、この村もそういった組織の拠点となるだろう。


 ソラと手を組むことにより、最先端の神具技術が流入して、ますます力を蓄え始めた紫。菖蒲殿をはじめ、裏で王家に反旗を翻す貴族達が金や人を出し、サトリなど中枢の人間まで飲み込み始め、勢いは止まるところを知らない。王に従順なフリをして紫に忠誠を誓っている役人も増えている。


 今の王宮は、音も無く、影も無い、目に見えぬ食虫植物が密かに蔓延り、大きな口を開けて獲物がかかるのを待っている状態だ。それを知らぬは、王、ただ一人である。



 ◇



 さて、コトリが都を出た。それに乗じて動きを強めていたのは紫だけではない。クレナ王、その人も同じだった。


「まだ捕まらぬのか?!」


 今日も今日とて声を荒げる王の元、片膝をついて視線を落としているのはマツリである。話題は、昨今都中で英雄扱いされている紫という組織の取締リについて。マツリは武官長として召集され、ここ王の住まう宮へ出仕して進捗報告を行っているのだった。


 一面銀色の特殊な御簾が、四方を取り囲んでいる。王によると、サトリが気を利かせて、どこぞから取り寄せた物らしい。直視すると、つい目を細めてしまう程の艷やかな光沢は、権威の高さを示していると王は自慢したが、サトリは、別の目的があることを知っている。


 これは、マツリが武具の改良のために懇意にしているソラの神具師から求めたもので、御簾の中の神気を外に取逃さぬよう阻む機能がついているらしい。さらには、御簾の外からの攻撃、例えば弓矢や剣戟といったものにも強い。


 これをサトリは、御身を守るためだと言って王に売り込んだが、本音は別のところにあった。


 王をできるたけ一所に閉じ込めておきたいのである。


 最近のサトリは、すっかり紫という組織と贔屓になっていた。王への隠し事も日々増えていく。それを知られないためには、なるべく王を遠ざけておく必要があった。


 幸いと言おうか、王は命を狙われやすい立場にある。脅迫状が届くぐらいならば優しい方で、朝起きると自室に死んだ蜥蜴が大量に投げ込まれていたり、都の内外に偵察へやっていた手の者が尽く死んだりしている。


 お陰で深く眠れぬ夜も多く、王の目元は常に濃い隈が縁取られていた。そこへ、心配していると見せかけての護衛用の御簾である。マツリはサトリのような腹芸はできぬ性なので、ただただ馬鹿な父親が哀れに思えるのであった。


「はい。庶民の家屋は床板を捲ってまで捜索していますが、未だに紫という組織の手がかりは掴めません」


 王は、苛立ちのあまり貧乏ゆすりしながら歯ぎしりをしている。マツリの報告は、それ即ち敵は貴族の管轄内にある、ということを意味するからだ。


 貴族の屋敷は、いくら王と言えども何の証拠も無しに土足で踏み荒らすことはできない。適当な理由をでっちあげることもできるが、もし冤罪だった場合は大きな借りを作ってしまうことになる。それは、社を中心とした勢力や、元々王をよく思っていない一部の貴族から足元を掬われるきっかけになるだろう。


 そこへ、王が別の提案を持ちかけてきた。


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