第79話 ユカリとの再会
ユカリとの面会までには、まだ時間がある。カケルが店にある自室で帳簿に目を通していると、若い男がやってきた。
「これ、届いてます」
「クジャクか。ご苦労様」
クジャクは、先だってカケルがソラへ向かった折にも同行していた男だ。髪が青と緑の二色に分かれているという珍しくも派手な外見の男だが、本人はそれを気にしているらしく、常に手拭いを頭に巻いてそれを隠している。性格は比較的大人しいが、仕事はできる男。カケルの兄弟子にあたるが、ゴスと共にカケルの護衛にもあたっていて、日頃は、ヨロズ屋の職人として擬態しているのだ。ちなみに存在感はなぜか希薄な部類である。
カケルは、クジャクから受け取った文を開いた。クロガからのものだった。
「やはりな」
当たってほしくなかった予想が当たってしまった。クジャクが、声を潜めて尋ねる。
「クロガ様は何と?」
「アグロが王宮内で帝国の者と会っているようだ。後、父上の主治医が帝国の息がかかった者だという疑惑があるらしい」
「では……!」
クジャクは、今にも店を飛び出してソラへ向かわんばかりの焦りようだ。
「行かなくていい。いや、駆けつけたところでもう、間に合わないだろう」
「王はそれ程までに?」
「あぁ、そういう事だ」
カケルは帰省した時のことを思い出す。父との対面。かけられた言葉は、まるで遺言のようだった。きっと本人も薄々分かっているのだろう。
「では、万一の時に王宮はどうなるのでしょうか?」
「万一ではなく、必ず起こりうる事態だ。それに向けて、今はクロガだけでなく、カツやチグサも手を広げて準備をしている」
「カケ……じゃなくて、ソウ様は?」
ふと、父の元気だった頃の顔が浮かぶ。たくさん報告したい事があった。もちろん、コトリのことも。だが、それは既に叶わぬ夢である。
カケルは、強く閉じていた眼をゆっくりと開いた。開きながら、様々なことを諦めて、悟って、目の前にある現実を淡々と見つめる。まさか、泣くわけにはいかないのだ。
「俺は俺のできることをする。それだけだ」
カケルは、クロガへの返事を書き始めた。ふと、受け取った文の一文に目がとまる。気づくと破顔していた。
「あいつ……」
文の最後に書かれていたのは、素朴な疑問。なぜカケルは、ずっとコトリを想い続けることができるのか。どうすれば恋愛できるのか。真面目な堅物だと思っていた弟が、ようやくそちら方面の感情に芽生えつつあるらしい。
「恋愛はしようと思ってするものじゃない。気づけば落ちているものだ。それはたぶん、光であり、闇であり、本能だからな」
カケルは、再び硯の墨に筆を浸した。
◇
夜も更けた。裏路地を歩けば、沓の音すら大きく感じる静かな闇の中。カケル達はある場所へ向かっていた。
「ここです」
ゴスが、持っていた篝火で建物を照らすと、なるべく音を立てぬよう引き戸を開く。菖蒲殿がもつ屋敷の一つである。隣は空き家で、裏手は菖蒲殿の蔵が並ぶ川沿いの通りという立地だ。
中へ入ると、すぐに人の気配が感じられた。カケル達は、待っていた下女に先導されて奥の広間へ進んでいく。
御簾をくぐると、懐かしい顔が出迎えてくれた。
「お久しゅうございます」
「ご健勝であられましたか?」
カケルが尋ねると、ユカリは控えめに笑った。しばらく見ぬうちに、少年はすっかり青年らしくなっていて、どこかほほえましく感じてしまうのだ。
下女がさらにやってきた。見た目には商人同士の食事会であるが、実際は二国の王子と王女の席である。それに見合うべく、座卓の上には豪華な料理が次々と並べられていった。
「ソウ様は、他国にも関わらず、このような隠れ家までお持ちなのですね」
ユカリは少し落ち着かない様子で周りを見回している。そこにある内装、調度品全てが一級品。王女らしい生活を離れて久しいユカリには、少し眩しすぎるものである。
「いえ、ここは私の所有では無いのです。この後ご紹介する方の縁で、お借りしたにすぎません」
「良い人脈をお持ちなのですね」
カケルは頷くと、今夜招待している面々について説明を始めた。
まずは、ミズキ。クレナを変えようと立ち上がった男。コトリを旗頭とする組織の長であり、暁との合流を望んでいる。
次にハト。ミズキの右腕で、楽師のミズキに代わって都の内外から仲間集めを行い、実質的に組織を仕切っている、元貴族。
そして、チヒロ。ミズキの義姉にあたる。ミズキの出身、ニシミズホ村の顔役で、クレナ国の礎たる大石を神官である父親と共に守っている。
最後にサヨ。菖蒲殿の三女であり、コトリにとっては腹心の友である。王宮の侍女を辞して、今はコトリやミズキと共に楽師団へ入団。カケルとは、コトリのシェンシャンの調達をきっかけに繋がりを持つようになった。
「分かりました。お会いするのが楽しみです」
ユカリも、自らがソラから連れてきた者二人を簡単に紹介する。すると、カケルが急にそわそわし始めた。
「ユカリ様。そのお首にあるものは、神具ですか?」
「えぇ。旅立ち前に、テッコン様からいただきました」
「あの、見せていただくことは……」
「もちろん」
ユカリは、カケルの神具熱とも言える強い拘りと探究心をよく知っている。昔からこうなのだ。
「ありがとうございます」
カケルはクジャクを介して丁重に受け取ると、早速観察を始めた。隣に座すゴスも興味津々である。
「勾玉の形。あぁ、これは……。なるほど……。さすがテッコン。でも俺なら……いや、これは使える。これでコトリにも……そうだ、あの赤い石を使えば最強の……」
自分の世界に入ってしまったカケル。ゴスは呆れたように溜息をつくと、カケルの頭を強く小突いた。
「いつまでやってんだ、それぐらいにしろ。それより、言っておきたいことがあるんだろ?」
「そうだった」
我に返ったカケルが、姿勢を正してユカリに向き直る。
「ユカリ様。大切な話があります」
ユカリは、突然雰囲気が変わったカケルに目を丸くしながらも頷いた。
「この後来る者達は、私がソラの王子であることを知りません。あくまで、ヨロズ屋の店主、ソウとして扱ってください」
「構いませんよ。事情がおありなのですね」
「はい。まだ、コトリには私が王族であると気づかれたくないのです」
もったいぶった話し方をするわりに、可愛らしい理由だった。ユカリは、うっかり笑ってしまわないように努めながら、返事した。
「やっと会えたのに、まだ伝えていなかったのですね」
幼き頃からコトリ、コトリと煩いぐらいに言い続けてきた少年は、未だに大事な一歩を踏み出せていないらしい。
「はい、恥ずかしながら。どうやらコトリは、王族が嫌になって楽師になったようなのです。ですから、私が王族だと分かれば、避けられてしまうかもしれません」
ユカリは、ついに吹き出してしまった。
「あの王宮にいれば、そう思ってしまうのも仕方がないと思います。特に父なんて、私も多分に思うところがありますもの。おそらく、貴方様ならば嫌われるようなことはありませんよ」
「だと良いのですが」
途端に自信がなさそうに俯くカケルに、ふとユカリは弟のことを思い出した。彼、サトリは達者でいるだろうか、と。
クレナへ戻ってくるに際し、王女時代の侍女と文のやり取りは行っている。多忙な王子と、国家転覆を図り、他国と通じる死んだはずの女では、なかなか難しいかもしれないが、どうにか会えないかと思うのだ。
その時、御簾の向こうの廊下から、下女が声をかけてきた。ミズキ達が到着したらしい。
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