第70話 発想の転換
アグロ達が密談している頃、王宮では、クロガが弟と妹を自室に招いていた。
「という話をしているんだ。協力してほしい」
クロガは、カケルと話し合った事、決めた事を説明していた。
現在クロガは、官吏達から敬意を払われようとも、決して互いに親しく相入れることは無い。皆、宰相アグロを実質的な国の主として仰いでいるので、味方とはなりえないのだ。しかし、やろうとしている事はあまりにも大きすぎる。一人では無理だ。となると、同じ王族である兄弟と手を携えるぐらいしか方法が無い。幸い、兄弟仲は良好である。
「それならば、一つ考えがある」
クロガの向かいに座っていた少年が言った。クロガと一歳差の弟で、カツと言う。紺色の髪と瞳をもつ、どこか影のある雰囲気の男で、手先の器用さは兄弟一だ。現に今も、茶会の席だというのに工具を手放さず、茶碗の隣に置いた木材へ緻密な彫刻を施している。彼の無作法さは常のことなので、誰もわざわざ指摘したりはしない。
「コトリ様の、もしもの時の準備ならばできるよ」
「いや、そのもしもは起こってはならないんだ」
カケルの想いを知るだけに、クロガは強く言い放つ。けれど、カツに動じる様子はなかった。
「だけど、何も考えないでいるのは愚策だよ。帝国を軽く見ない方がいい」
コトリは、彼ら兄弟のすぐ側にいるわけではないのだ。いつ帝国の者に攫われてしまうかも分からない上、何かあったとしても、すぐに気づくことができない。つまり、コトリが一度は帝国の手に渡ることを前提として、作戦を練るべきだという考えである。
「じゃぁ、どうやって?」
焦って先を促すクロガに、カツは目を細めた。
「僕は思うんだ。職人で良かったってね」
意味が分からぬ兄と妹は、顔を見合わせる。カツは少々憤慨したようだ。
「だからね、職人だからこそ、できる事があるんだよ」
カツは言う。今、クレナ向けの神具の多くはカツが作っている。通常の商いは民の間でも国を超えて行われているが、特別見た目に凝った物を秘密裏に入手したいらしい。もちろん、巷の優秀な神具師や職人にも任せることはできそうなものだが、カツへの依頼主であるアグロは、あまりこの件をおおっぴらにしたくはないようなのだ。
「たぶん、クレナ経由で帝国へ出す物なのだろうね」
もしソラの民に、宰相という中枢人物が、国としてクレナ以外の他国へ神具を貢いでいる事を悟られると、反発する者が暴動を起こしかねない。神具は神聖な物だからだ。商人達も、どこの国に売る物なのか気になり、一枚噛ませてほしいと煩くするだろう。しかも相手は、あの帝国だ。できるだけ、気取らせたくないのは無理もない。
そこへ、ずっと静かだった彼らの妹姫が口を開いた。
「帝国もわざわざクレナを通さなくても、欲しいなら全部ソラから買えばいいのに」
「チグサ。そこは大人の事情っていうものがあるんだろうさ」
チグサは、カツを少し睨むと、つんっと顔をそらした。同い年にも関わらず誕生日が少し早いというだけで兄顔をするところは、以前から気に入らないのだ。けれど、唯一側室腹の子どもであるチグサと対等に話す姿勢には感謝しているので、拗ねたフリで済ませるのである。
クロガは、おそらく仲が良すぎる弟と妹をやんわり嗜めて、話を再開した。
「カツの話は、だいたい合ってると思うよ」
事実、帝国は、クレナがわざわざソラから帝国向けの神具を輸入していることを知らない。両国から文化的にも技術的にも価値のある神具を一気に巻き上げることで、王族を始め民の心の寄る辺を無くし、地味に精神的な疲弊をもたらそうと画策しているだけだ。
だが実際は、その策が生きているのはクレナだけである。ソラは職人天国であることから、日々湯水のように新たな神具が生まれているので、痛くも痒くもないのだった。
「そんなわけで僕達は、帝国へ持ち込まれる物へ自由に細工することができるんだ」
カツが仕切り直すと、クロガはなるほどと頷いてみせたが、再び眉間に皺を寄せた。
「でも、コトリ様が帝国でその神具を使うことができるとは限らない。その辺りはどうするの?」
「神具は、本来の使われ方をしなくてもいいと思うんだ」
今度こそ、兄と妹はカツの言わんとするところが理解できなかった。
「発想の転換だよ」
神具には、神が降りていて、神気と呼ばれるものを垂れ流している。本来これは、道具としての機能をなすための原動力となっていて、祝詞をもって制御されているものだ。
しかし、コトリは特別である。なぜか、自ら神気を引き寄せてしまう性質があるのだ。
「クレナやソラでは、土地自体に神がいるから、どこであってもコトリ様は強い味方をつけているようなもの。でも帝国には、こちらの神は全くいない。だから、神具にできるだけ多くの神を仕込んで、予め帝国へ送り込んでおけばいいと思う。きっと神々はコトリ様を守ってくれるし、彼女自身もシェンシャンを通じて神の力を活用してくれるはずだ」
直接手を貸せないならば、コトリの自衛力を高めればいい。カツは、そう言いたいのである。
◇
兄弟会議を終えると、カツは自らの工房へ向かった。ここは、彼の叔父から引き継いだ場所でもある。
叔父は現王の弟で、カケルのような放浪癖があり、旅先で神具の材料を自ら調達していた所事故に遭い、亡くなった。王族の死因としては、意外とよくある話である。
結果として、カツの提案はクロガとチグサに絶賛させた。チグサなど、珍しくカツのことを兄上と呼んだ程だ。
日頃のカツは、まさに神具馬鹿で、政への興味など露ほども無いように見える。それだけに、二人には驚かれてしまったのだろう。アグロも、神具に夢中で工房に籠りがちなカツならば、使いやすい手駒になると見込んで話を持ってきたにちがいない。
しかし、相手が悪くて気の毒だったな、とカツはアグロのことを憐れに思う。カツが工房からほとんど出てこないのは、何も神具ばかりを作っているからではないのだ。
カツは、長い前髪をかきあげた。途端に、兄達に似た端正な顔があらわになり、眼光が鋭くなる。醸し出す気は、差すように冷たく、その立ち姿は若い狼のようにも見えた。
おもむろに手を高く上げる。それを風を切るようにして、さっと振り下ろすと同時。天井から黒い三つの影が降りてきた。
「お前達、仕事だ」
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