第11話 同期
合格したコトリが初めに覚えなければならなかったのは、敷地内の建物の配置である。コトリとサヨは、女官から渡された地図を頼りに、今日から住む場所を探すことにした。
楽師団の殿は、内部では「鳴紡殿」と呼ばれているらしい。その東側は筆記試験が行われた堂で、楽師達が住まうのは西側にある宿舎である。
殿から続く渡り廊下を進んでいくと、二階建ての建物に行き当たった。ここだ。中を覗くと、長い廊下があった。夏が近いというのに、少しひんやりとする。突き当りには開きっぱなしの扉があって、その向こうには庭が見える。廊下の両側にはいくつもの扉が並んでいた。
「私達はニ階になるようです」
コトリは、地図を見つめるサヨの後に続いて、すぐ右側にあった階段へ向かった。
登りきった場所。そこは外からの光がさんさんと差す部屋になっている。壁際には花も飾られており、書画も架けられていた。帝国式の弾力性のある座布団を縫い付けた長椅子がいくつか置かれていて、コトリは王宮の通用口近くにある待ち合いのようだと思った。
一通り、辺りを見渡した後、二人はようやくそこに先客がいることに気づく。あまりにも気配が無かったので、彼女は景色に同化して見えたのだ。
「あ、もしかして受かった方ですか?」
長椅子から立ち上がった少女は、コトリよりも小柄だった。焦げ茶の髪は丸めて後頭部で纏めているようだが、正面から見れば殆どおかっぱ頭。まるで童女のようだ。愛嬌のある丸い瞳を輝かせて、にっこりと微笑んでいる。
すぐに返事したのは、サヨだった。
「えぇ、そうよ。あなたも?」
「はい! 私、ミズキって言います。あ、もしかして貴族さんですか?」
やたら拙い物言いをするものだ。
「そうね。私は菖蒲殿の三女、サヨです」
ミズキは、一瞬目を大きく見開いた。貴族は、その住まいの名前で呼ばれることが多い。菖蒲殿は王宮近くにある大きな館だ。いかにも庶民風なミズキでも聞いたことがあったらしい。
「えっと、お初におめもじ……こんな時、何と言えばいいんでしたっけ?」
コトリとサヨの中で、ミズキと書いてアホの子と読む、が確定した瞬間だった。
「確かに私は貴族だけれど、三女ですもの。そう気負わず話しかけてくださって結構よ。どうぞ私のことはサヨと呼んでちょうだい」
「ありがとうございます、サヨ様! そしてこちらは……」
ミズキの視線がコトリに移る。サヨはコトリに向かって小さく頷いてみせた。
「こちらはカナデ様。私の実家に仕える使用人の娘なの。幼い頃は親の目を盗んで、よくハメを外して遊んだ仲よ。私にとって、妹のようなものね。最近まで我が家の領地の方に出仕していたのだけれど、今回入団のために都へ戻ってきたと聞いているわ」
これは、サヨがコトリのために用意した設定である。戸籍については、サトリに頼み込んでカナデの名前で偽造してもらい、サヨの実家の使用人達への根回しも済んでいた。そう簡単には、出自が怪しまれないようになっている。
「ミズキ様、よろしくお願いしますね」
コトリの笑みは、完全に上流階級のそれであった。慌てたサヨは、咄嗟にミズキへ話しかける。
「ミズキ様は、どちらからいらしたのかしら。都ではないようね?」
「はい、田舎の方です。都のことなんて全然知らないし、いろいろ教えてください!」
「私に分かることでしたら、何なりと」
予想通りの話であった。しかし、どこか曖昧な言い回しに、サヨは後程出自を調べておく必要があると思うのだった。
「ところでお二人さん。部屋割り、どうします?」
ミズキによると、現在一人部屋と二人部屋が余っており、そこに三人が分かれて住むようにと女官から指示があったというのだ。
「サヨ様は貴族さんだから、一人部屋がいいですよね? カナデ様は庶民みたいですし、私と同じ部屋にしましょうか」
「お気遣いありがとう。でも私は、幼馴染のカナデ様と同じ部屋の方がいいわ。あなたもそうよね?」
コトリは急いで頷く。
「いいんですか? 私、一人部屋とか生まれて初めてです。嬉しいな!」
その後は、すぐに解散して各部屋へ入ることとなった。コトリは、正直いきなり他人と暮らす勇気はなかったため、サヨの機転に感謝していた。
「それでは、私は荷物の搬入を家の者に指示してまいりますので、少し出てきます。カナデ様はこちらにいらしてくださいね」
「分かったわ」
そう言いつつも、コトリは自分も宿をきちんと出払って、置きっぱなしにしてきた荷物を回収せねばならないことに思い至る。
「でもサヨ、私も」
「カナデ様の宿と荷物のことならばご心配なく。一緒に手を回しておきますから」
サヨは、部屋に備え付けられていた紙に何かを書きつけると、それを持って出ていった。一人になったコトリは、改めて部屋の中を見回してみる。
今いる場所は居間らしい。清潔で居心地は悪くない。奥の扉の向こうには外を臨める続きの間がある。左右にも扉があり、中には寝台らしきものも見えた。全体的に飾り気は少ないが、もの足りなければ、後日、花でも飾れば良いだろう。
王宮と比べれば、何もかもが手狭に見える。しかしそれこそが、今の自分が王女ではないことを実感させてくれる。
コトリは、部屋の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
サヨはなかなか戻ってこなかった。
手持ち無沙汰になったコトリは、シェンシャンを持ったまま部屋の外に出る。窓際の長椅子に座ると、階下から複数人の声が近づいてきた。
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