第224話 ディストの切願

 ヴァルケノズさんとの話が終わった後、帰ってから直ぐに告げていた立食会へと向かう。

 いや、向かうと言うか、大広間で家臣達と立食会をするだけの話だ。

 ただこの立食会、色々と注意喚起や今後の話も含まれていたりと、重要な話だったりする。

 なので、今日が休暇で、夜を穏やかに過ごしていた家臣や使用人の全てが強制参加となっている。

 そんな全クロノアス家の家臣が集う大広間の壇上に上がり、貴族らしい口上を述べた。


「遅くなってすまない。皆、腹が減っているだろうが、もう少しだけ我慢してくれ」


 酒、又は果実ジュースの入ったグラスを手に持ちながら、まずは謝罪とお願い。

 貴族らしく? 言ってるから、そうは見えんかもだが。

 そんな中、全員が手にグラスを持ち、次の言葉を待っていた。

 給仕する使用人たちにも、飲み食いしながらするように言ってあるので、手にグラスを持って待っていたりする。

 そして、今回の立食会の趣旨を話していく。


「今日、この食事会を開いた訳だが、皆も聞き及んでいるとは思うが、戦争と内乱が勃発した事が理由だ」


 静かに、俺の声に耳を傾ける家臣一同。

 辺りを見回してから、次の言葉を話していく。


「まぁ、俺が参戦するのはいつもの事だが、今回は皆にも危険が及ぶ可能性がある」


 危険が及ぶ可能性――という言葉に、場内にどよめきが起こった。

 今までにも、当主が参戦したことは多々ある。

 しかし、家臣にまでどうこうと言う事は無かった。

 今までと違う成り行きに、不安の声もちらほらと上がる中、1つ咳払いをして場を鎮める。


「皆が不安に思う気持ちはわかる。だが、安心して欲しい。非戦闘員の安全は最優先で確保すると、この場で誓おう」


 守ってくれると――そう理解した、非戦闘員の家臣達。

 しかし、そうでない者は? 今度は幾人かの顔色が変わる。

 我々は、どうするんだ――と。


「戦闘職も兼ねている者達には、悪いが家の守りを任せたい。はっきり言おう。俺一人では、今回は無理であると」


 嘘である。

 ぶっちゃけた話、どうとでもなる。

 但し、当然ながらデメリットはある。

 ランシェス軍の被害は甚大になるだろうし、最悪の場合、国境砦が落ちる可能性もある。

 被害を最小限に、且つ、迅速で最善手を打ち続ける。

 その為には、どうしても家の守りに関して、戦闘職の家臣に動いてもらう必要があった。


「我が家は、俺が一代で築いた新興貴族家だ。足りないものは多い。だがっ! 何かを守る――この一点において、他家には劣らないっ! 同僚を、仲間を、家族を守って欲しい」


 声を高らかに上げ、お前達なら出来ると鼓舞し、激励していく。

 戦闘職達の顔つきは、先程までとは違い気概に満ちていた。

 これなら大丈夫だろう。


「勿論、打てる手はすべて打つ! 少しの間、非戦闘職の者で、外に居を構える者達は屋敷に寝泊まりして欲しい。食料に関しては、既に確保してあるから安心してくれ」


 衣食住の内、衣だけは持ち込みが必要だが、手荷物程度で済むだろう。

 貴重品も手に持てる程度だと、以前に家臣たちが聞いてくれている。

 となると、残る問題は一つ。


「子供がいる者達だが、まだ小さいだろう。事が起きたなら、一か所に纏まってくれ。当然、護衛はつける」


 俺は違ったが、元来、小さい頃は走り回って落ち着きが無いものだ。

 それはどの世界でも、多分変わらないと思う。

 今回の件で一番重要なのは、未来ある子供達を守り切る事だと、俺は思っている。

 物理的な傷は勿論、心の傷トラウマすら与えないようにすることが最善ベストだろう。


「戦闘メイド達の一部にも、子を持つ者達はいる。なるべく、その者達に護衛を任せるつもりだ。それと――」


「私達も、守りにつくよ!」


「ニィちゃんのためにガンバルっ」


「ぼくは外で空から護衛だよ。見張りと監視は任せて」


「兄さまの変わりは、私達がするのです!」


「と言う訳で、四神獣が守りにつく。タマモは屋敷内を担当。ハクとルリは正面玄関で暴れて貰う。そして裏口だが――」


「久々のお仕事ですかな」


「ご当主様の名に懸けて、蟻の子一匹通しはしません」


「とまぁ、やる気全開なノーバスとナリアが受け持つ。それと、二人が合格を出した精鋭たちだな」


 新興クロノアス家の本気を出すと、宣言してみせる。

 その後、簡単な配置についても説明する。

 まず、正面玄関を出て門前をハクとルリに加え、家臣となった元冒険者の戦闘職達が受け持つ。

 裏門はさっき言った通り、ナリアとノーバスの厳しい面接を合格した少数精鋭が守りに入る。

 屋敷内の侵入しやすそうな場所と重要な場所を、残りの戦闘メイド達と残る家臣達が受け持つ。

 但し二人だけ、役割が違う者達もいる。

 家臣になった元冒険者で探知に優れている二名は、侵入者の察知と司令塔への報告を優先させたのだ。

 そして、防衛における司令塔は、勿論ブラガスである。


「家宰ではあるが、元冒険者だ。傭兵も兼任していたこともある。司令塔に不満は無いと思うが、あるなら聞こう」


 シンッとする会場……不満は無いらしい。

 まぁ、常日頃から、ブラガスの仕事ぶりは知っている者達ばかりだし、ブラガス自身、鍛錬を欠かしていない事を元冒険者達も知っている。

 と言うか、不満があったら大変だったので、内心はホッとしている俺。

 ブラガス以外の司令塔なんて、早々いるもんじゃないからな。

 いや、いるにはいるが、その人物は俺と行動を共にして貰わないといかん。

 ブラガスの司令塔は、ある意味、消去法だったりするのだ。

 なんて考えていると、一人の家臣が手を上げて来た。

 周りから「こいつ、勇者かっ!」なんて視線が飛ぶ。

 周りからの視線にプルプル震えだす、手を上げた家臣。

 いや、震えてる原因は、ナリアが睨んでいるからか。

 じみーに殺気付きだしな。

 とは言え、本日は無礼講である。

 ナリアの殺気を受けても、手を下げずにいる家臣に応えようでは無いか。


「何かあるのかな? それとも、司令塔に関する不満か?」


「失礼ではありましゅっ……」


 またもシンっとする会場。

 周りからは「噛んだ……」「噛みましたね……」等の声もちらほら。

 手を上げた家臣は、顔を真っ赤にして震えが増している。

 ナリアも同情したのか、殺気が消えていた。

 その家臣だが、よく見たら背がちょっとちっこい。

 ……あ! 以前、保護した少女の一人か。

 何と言うか、勇気あるなぁ。

 確か以前も、真っ先に声を上げた子だっけか?

 ナリアが賢い子だと、気に入っていた子のはず。


「焦らずに、深呼吸して、言いたい事を言ってみな」


 優しく問いかけると、言われた通りに深呼吸して、自身を落ち着かせた後、意見を口にし始めた。


「ご当主様、一つだけ気になったのですがよろしいですか?」


「気になった? なにがだ?」


「ブラガス様と家臣二名の方にも、護衛はいるのではないでしょうか?」


 この子、流石ナリアが気に入るだけあって、目敏い。

 わざわざ言わなかった部分を、言わせようというのだから。


「その事か。当然、付けるよ」


「あの、人が足りなくないですか?」


 ……この子、核心ばっかり突くなぁ。

 確かにこの子の言う通り、屋敷の広さと非戦闘員の守りに関して、護衛側の人手は足りない。

 だからこそ、内の守りに人手を割いて、外の守りは少数精鋭にしてあるわけだが、そこに不安を感じたのだろう。

 う~ん……隠し玉を言いたくないんだけどなぁ。


「そうだな……一つだけ。打てる手は全て打つと、さっき言っただろ?」


「はい」


「なら当然、そこも手を打ってるとは思わないかい?」


「その、隠したい気持ちはわかるのですが、不安もあるんです」


「ふむ。……因みに、君の配置は?」


「裏門です」


「ちょっとぉぉぉっ! ナリアさんや……流石にこの子は駄目でしょうがっ」


 思わず、威厳のある当主から素に戻って、ナリアに怒鳴ってしまった。

 しかし、ナリアの顔色は変わらない。

 何も問題無いと言う顔をしているのだ。

 いやいや、流石に未成年の最前線はアカンだろ!


「何も問題無いのですが?」


「問題大アリだわっ! 未成年を最前線に出すな!」


「ですが、この子は、我が家の戦闘メイドの中で席次なのですが?」


「席次とか何っ!? 初耳なんですけど!」


 ナリアさん曰く、戦闘メイドも増えて来たので、階位付けを行ったらしい。

 戦闘技術は勿論の事、メイドとしての技量に加え、淑女としての振舞い等々、項目は多岐に渡るらしい。

 当然、ブラガスからの許可取りも済んでいるとの事。

 ついでに、婚約者全員からの許可取りも終わらせていると言われる。

 俺、全く知らんのだけど?


「どういう事かな? ブラガス、ミリア?」


「だからあれほど、書類には目を通してくださいと――」


「ラフィ様へは、ブラガスさんを通して書類申請して認められた――と、聞いていたのですが……」


 ブラガスからは、仕事時間足りてませんよ?――と言われ、ミリアからは、事後承諾みたいなものですし――と言われてしまう。

 俺か? 俺が悪いのか? いや確かにさぁ、ブラガスに丸投げしてる部分もあるけどさぁ。

 ……これ、考えたら沼だな。

 切り替えよう、そうしよう!

 とりあえず、戦闘メイドの席次に関する組織呼称は後回しにするとして、誰が席次入りしてるかの確認だな。

 後で、幼◯戦記ならぬ幼◯部隊――とかになっていても嫌だし。

 つうか、未成年と言う時点で、鬼畜所業待ったなし案件じゃね?

 …………マジで洗い直そう。


「ごほんっ。と、とりあえず、席次問題は後回しだ。それとナリア、この子はブラガスの直営に回せ。強いんだろ?」


「はい。勿論、強いです」


「この子を筆頭に、ブラガスの直営を見繕え。細かい所は任せる」


「御意っ」


「……マテ。イマ、ギョイトカイワナカッタカ?」


 咳ばらいをして、場の雰囲気を戻した後、ナリアに指示を出したのだが、なんか変な応答で返された。

 なぁ、御意ってなんだよっ!


「? 普通に返しただけですが?」


「もうな……全部おかしいんだよっ! はあぁぁぁぁ……もう色々疲れて来たわ」


 深い、それはもう地の底にまで響きそうな深いため息が出た。

 夫婦揃ってバグらないで欲しいんだがなぁ……。

 戦闘力バグのウォルドに、変な方向に吹っ切れた統括侍女長ナリア。

 この二人、混ぜたら危険だったのかも知れない。

 ちょっと先行きの不安を感じながらも、とりあえずは話を戻す。


「とりあえず、話を戻すぞ。まぁ、一応、いくつか手は打ってるから心配しなくて良い。人手だけでなく、魔法関連にもな」


「……確かに、必要ですよね。火魔法で丸焦げに出来ますし」


「君、サラッと怖いこと言うね」


「えーっとですね……昔、知り合いの家が火事に――「おっと! それ以上はいけない!」?」


 火事の話はデリケートな問題だからな、転生者組は特に。

 強制的に話を終わらせて、策の一つを上げて不安を和らげる。

 色んな手を打っていることを理解したのだろう。

 それ以上は何も言わず、一礼して話を終わらせてきた。

 確かに、ナリアの言う通り聡い子で、気に入るのも納得できる。

 意外と芯もしっかりしているとも感じた。

 まぁ、年相応なのか、話が長くなってしまった事に対する、周りにペコペコしてはいたが。

 まぁ、確かに長くはなってしまったし、全員お腹も空いているだろう。

 これ以上は何もないだろうし、締め括って立食開始だな。


「さて、他に質問や話のある者はいるか? 無いなら、乾杯で締め括りたいのだが」


 周りを見渡すと、誰も何もない様だ。

 それならば――と、乾杯の声を上げようとして、俺の前に跪く人物が一人。


「主、頼みがございます」


 ディストであった。

 会場からは、まだ続くの? ご飯……って雰囲気が出ていたのだが、ナリアが殺気で黙らせた。

 ナリアさんや、流石にそういう黙らせ方の乱発はいかんと思うよ――と言いたいが、静かにはなっていたので、先にディストの頼みとやらを聞く事にしよう。


「それで? 難しい話か?」


「捉え方次第かと」


「……内容は?」


「同胞の解放を、我らの手でしたく」


「解放? ……どっちの意味でだ?」


「眠りを」


 なるほどね……要は、袂を別った同胞たちへのリベンジマッチと言う事か。

 そうなると、ディスト一人で行うのか、種族全体で行うのかが気になるところではあるな。


「ディスト、一人でやるのか?」


「全ての群れで――と言いたいのですが、滅んでは何もなりません故に、同胞……いや、元同胞たちとは、我が一人で相対する所存」


「まぁ、約定もあるしなぁ」


「然り。我ら黒龍族は、約定は違えず、恩義には報いさせて頂く所存」


 実は黒龍族、既にダグレストとの国境に向かっていたりする。

 ディストによって一早く情報がもたらされた黒龍族は、約定に従って侵略に対する防衛行動に出ていた。

 勿論、全てでは無い。

 次代を担う幼竜達を育て上げる竜達と、狩猟と守護をする竜達を残しての出陣だ。

 その数、成竜の約半分。

 今出せる最大数を国境に向かわせていたのだ。

 ディストもそこに加わると踏んでいたのだが、どうにも考えが違ったみたいで、理由を話し始めた。


「黒龍族の属性は闇でございます。その中には、相手に印をつけて、行動を察知できる魔法もございます」


「……つまり、敵の黒龍達は、国境には向かわないと?」


「はっ。恐らくですが、海上を経由してこちらに来るかと」


「…………既に移動してきているな?」


「ご慧眼、感服いたしました」


 どうにも芝居掛かってるような気がする。

 ディストは、何を隠しているんだろうか?


「何を隠している?」


「隠してはおりませぬ。ただ、我は一つだけ嘘を申しました」


「嘘?」


 ディストは語る。

 以前、皇国内で交渉した時、一つだけ嘘をついたと。

 取るに足らない嘘――と切って捨てるには、到底言えない嘘。


「我は知っていたのです。我に勝った竜が、禍々しい力に身を染めていた事を」


「与えられた力って言ってたやつか」


「あの力は、滅びしかもたらさないと、本能的に理解しておりました。しかし我は、その事を隠し、別の言葉で応酬しました」


 なるほどね……罪悪感はあった訳か。

 それと、後始末もあるんだろうな。

 先に話しておけば、何らかの対処を打っていた可能性が高い。

 当然、今になって敵戦力の増加に頭を悩ませることも無い。

 ディストは、己の身一つで、全て清算しようと言う訳か。

 自身の命の有無を顧みずに。

 なら俺は、その気持ちは汲んでやることにしよう。

 但し、自己犠牲は認めない。

 そんなもの、クソくらえだ!


「話は分かった。お前の願い、聞き届けてはやる。但し、条件付きでだ」


「条件、ですか?」


「五体満足で生きて帰って来い。勝利と言う二文字を土産にな」


「あ、あるじ……」


「死ぬことは許さない。そして、お前はこの世界に七体しかいない天竜の一体だ。黒曜竜の名に恥じぬ働きを期待する」


「はっ! この名に賭けまして!」


「絶対は誰か、知らしめて来い!」


 最後の言葉を言い終えると、拍手が上がった。

 ディストの覚悟と心意気に、感銘を受けたらしい。

 最後にディストは一礼して、下がって行った。

 そして、他に何か無いかと再度訪ねるも、誰も何も反応せず。

 どうやら憂いは無いらしい。


「大分長くなったが、今日は存分に飲み食いして、英気を養ってくれ。それじゃ、明日の為に……乾杯っ!」


 最後の音頭を取ると、全員が声を合わせて、乾杯っ! と返し、立食会が始まる。

 無礼講での飲み食いなので、各々が楽しんでいる様だ。

 XDayまで後少し。

 全員無事で祝勝会を上げれる様に、今は俺も英気を養おう。


「ラフィ様、最後はカッコ良かったですよ」


「ホントにそれな。ディストには感謝しかねぇわ」


「それも織り込み済みなのかもしれませんよ」


「どうだかねぇ。あ、これ美味い。ミリアも食ってみ?」


「はい。いただきますね」


 最後はちょっとだけイチャラブして、英気を養いましたとさ。

 さて、勝つとしますか!

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