第200話 対ダグレスト会議・中

 昼食を含めた休憩を挟んで、仕切り直して午後の会議へと移る。

 尚、傭兵王はさっきからブツブツと呟いたままだ。

 渡された魔道具の材料費があまりにも高価すぎて、その値段に頭を悩ませている模様。

 まぁ、俺のお願いを聞いてくれるならチャラにする予定なので、案外、良い結果になったかもしれないと、心の中で喜んでおく。

 因みに、ミスリル1キロ辺り金貨1枚する。

 今回、800キロ使っているので、材料費1個で白金貨8枚――前世価値で8億程――に加え、他にも材料費が合ったりする。

 魔道具一つで白金貨数枚以上になっているわけだ。

 そんな高額商品に頭を悩ませている傭兵王は放っておいて、続きを話していく。


「えー、色々ありましたが、続きを話していきます」


 俺の言葉に頷く首脳陣。

 傭兵王は……聞いているのかいないのか。

 時間は限られているし、とりあえず話して行こう。


「次に、軍備増強についてですが、少し奇妙でして」


「ふむ。この報告書にも書いてあったな」


「はい。自分も、この情報を聞いた時、矛盾しているなと思いました」


 全員が、報告書に合った情報を再度凝視する。

 そこに書かれているのは、軍備増強にも関わらず、諸侯軍の動員が一切されていない事だ。

 これは各国の歴史の話にもなるのだが、リュンヌ以外の国は上納金を廃止している。

 代わりに、安めの税金と諸侯軍の動員が課せられている。

 昔は、上納金と諸侯軍の動員だったのだが、あまりにも負担が大きくて、反乱が起きたり、革命が起きそうになったり、と言う事が度々あった。

 ランシェスもそうだが、各国の歴史にも同じことが起こったと、歴史書に記載されている。

 故に、リュンヌを除く各国は上納金を廃止させ、今の体制へと移行した。

 長い目で見るなら、今の体制の方が色々と楽だからである。

 とは言え、帝国は内乱になったり、ランシェスも内乱が確定していたりする。

 どっちにしろ、歴史が動く時には大金が動く、と言うのは確定みたいだ。

 戦争は起きない方が理想だが、貴族の数が多くなったり、国同士の思惑や面子だったりと、戦争が起きやすい下地が完成してしまう。

 理性を持って行動するか、欲望と本能のままに行動するか。

 世の中とは、本当にどうしようもないと思う。

 話が逸れたが、以上の歴史から、軍備増強となれば各在地領主へ諸侯軍の動員要請が掛かり、少なからず動員されて領民の数が減る筈なのだが、それが一切ないのだ。

 ある意味、矛盾した行動なので、かなり不気味である。


「クロノアス卿。実際に、いくつかの領地は見て来たのだな?」


「はい。見て来た上で、集めた情報と噂を精査した結果が、この報告書となります」


「ふぅむ……どう判断すべきか……」


 陛下を初め、全員が頭を悩ませる。

 俺だって、この報告書だけを見たなら、頭を悩ませると思う。

 そして、次の報告書を見た教皇が、嫌そうな顔をした。

 まぁ、教会関係者にとっては、嫌な報告だろうなぁ。


「グラフィエル君。この報告書に間違いは……」


「ありません。ダグレストに住む教会関係者は、一人残らず従軍するようです」


「その理由が書かれているが、こちらも間違いないんだね?」


「確たる証拠はありません。ですが、状況証拠と考えられる限りでは、その結論が一番しっくりくるかと。もし、そうならば、幾つか説明できる物も出てきますので」


「そうか……。流石に、戦争になったら、信徒の安全までは保障できないか」


「ダグレストは2教ですが、ほぼ飲み込まれたとみるべきでしょうね」


 俺と教皇であるヴァルケノズさんが話している内容。

 つまるところ、神聖教がダグレストにあるもう一つの教徒に飲まれたという内容だ。

 そして、その飲まれた方法にヴァルケノズさんは嫌悪を示したと言う訳だ。


「グラフィエル。何故、そう言い切れる?」


 陛下が、家名では無く名前で俺を呼ぶ。

 どうやら、好きに話せと言う事らしい。

 その事に全員が気付き、答えを待っていた。

 俺は息を吸って吐き、答えを告げる。


「恐らくですが、強力な催眠か洗脳の力を持った者が居ると考えられます。そして、その最有力候補ですが――ダグレスト宰相、ラスガステ・フィン・ドーレルンと思われます」


「何故、そう思うのだ?」


 皇帝の返答に言葉を詰まらせる俺。

 ダグレスト宰相、ラスガステ・フィン・ドーレルンが黒幕で、諸悪の根源なのは、俺の中で確定している。

 ただ、それをどう説明するかが問題だ。

 暗殺者の黒幕として、陛下に報告済みであるし、他国に知られても問題は……無いと思う。

 無いと思いたいが、一先ずそれは置いておこう。

〝魂縛〟については、全く説明しておらず、秘密にすらしているので、抜きにして話すとなると、ひじょ~うに面倒くさい。

 じゃあどうするのかと言われると、どうしようか?となる。

 んー……とりあえず、八木達の方面から攻めてみるか。


「我が家に暗殺者が送り込まれ、襲われた件はご存じでしょうか?」


「概要だけは聞いている。同盟盟主が襲われたのだから、必要な情報はランシェス王から貰っているぞ」


「では、暗殺者共が二国から送られた事は?」


「ダグレストとリュンヌだったな。各国とも、抗議はしたが突っぱねられたな。まぁ、証拠は見せて貰ったので、何らかの処置は各国ともしているぞ」


「そこなのですが、その暗殺者の一人は知己だったのです。そして、その者は洗脳される武器を所持していました」


「……それで?」


「良いですか? 傷つけた相手を洗脳するのではなく、使用者を洗脳する武器です。そして、それを渡した人物こそが――」


「なるほど。先に上げた宰相と言う訳か」


 どうやら納得して貰えた模様……あれ? 陛下がジト目で睨んできてるんですけど?

 もしかして、全部バレていたりする?

 ちょっと冷汗が出そうになるが、陛下以外は納得してるので、このまま押し切ってしまおう、そうしよう。

 なぁ~んて思っていると、陛下がメイドに視線を送り、手を上げて合図した。

 と同時に、全てのメイドが部屋を後にしていく。

 うん……これは非常にヤバい。

 絶対にバレてるわ……。


「さて、グラフィエルよ」


 とっても良い笑顔で、陛下が再度、で、俺を呼ぶ。

 二回目となる名前呼びに加えて、メイド達の退出。

 こっから先は、体裁も建前も、敬語ですら不要と言う事らしい。

 いや、間違いなく『早く吐け!』なのであろう。

 だがしかし! 敢えてとぼけるのが俺クオリティーだ!……って、言えたらなぁ。

 前世の年齢に近付くにつれて、幼少期みたいな言い方とやり方が出来なくなってるんだよな。

 長い物には巻かれろってやつだな。

 転生してもうすぐ16年、前世の年齢と合わせると36歳。

 精神年齢に関しては、大分マイナスになったと言えなくも無いので、転生後の実年齢より少し上くらいか。

 そんな俺であるからして、どうしようかと迷う。

 多分、襲撃者に関する情報は、全て共有済みと見た方が良い。

 分かった上で再確認しているのだろう。

 そうなると、秘密にしている部分を話すことになる。

 陛下とヴァルケノズさんだけなら、色々と事情を知っているので問題無いのだが、残りの人達については知らない事の方が多い。


(さて、本当にどうしようか……)


 かなり悩んでいると、ヴァルケノズさんがこちらに視線を送っている事に気付く。

 その目は、相談に乗るよ? と言っていた。

 考えても良い案は浮かばないし、頼ってみるか。

 リエルに頼んで【思考加速】と【念話】をヴァルケノズさんに施してもらい、相談する。


『ヴァルケノズさん、聞こえますか?』


『聞こえますよ。それで、何に悩んでいるので?』


 時間もあるので、直球で聞いてくるヴァルケノズさんに対し、俺は何処まで話すべきかで悩んでいる事を伝える。

 俺が神の関係者――正確には原初を継いでいる――なのは、ヴァルケノズさんも分かっている。

 なので、回りくどい話はせず、ド直球で悩んでいる部分を話す。

 残る首脳陣に、陛下とヴァルケノズさんが知っている部分の全てを話すか否か。

 話す場合、誓約をするべきか否か。

 こちらの悩みに対し、ヴァルケノズさんはとても穏やかに話して、答えをくれた。


『まず、二つ目ですが、ラフィ君は皆さんを信用していないのですか?』


『信用はしてますよ。少なくとも、俺が生きてる間までは』


『死んだ後も、数世代は問題無いと思いますけどね。まぁ、答えから言いますと、念押しはした上で誓約無しが良いでしょう。それもまた、相互関係への信頼になりますから』


『問題は、話すか話さないかですか?』


『上手く説明できるなら、話さなくても良いですよ。秘密と言うのは、知る人が少なければ少ない程、隠せるのですから』


『婚約者全員に加え、家臣の一部と両親も知っているから、今更ですかね?』


『多いと取るか、少ないと取るか。決めるのはラフィ君ですよ』


 そう言うと、ヴァルケノズさんは黙り込んでしまった。

 これ以上、話せる事は無いらしい。

 あくまでも、最終決定権は俺にあると言いたい様だ。

 そして、話してみて初めて気づいたが、確かに今更感があった。

 だが、おいそれと話せる内容でもない。


(そういや、貴族の慣習に似たような話があったな)


 とある慣習で融通し合い、秘密を共有する部分と、愛人まで紹介する貴族は、腹の中まで見せると言う話だ。

 前者も後者も、信用とちょっとした信頼が無いとできない話だ。

 わざわざ諭すように話したと言う事は、俺に気付かせる為か?

 だとしたら、答えなんて一つしかないのだが……。


(流石は教皇様か。貴族としての考え方も入れて、諭しに来るとは。まぁ、誘導されていても恨めないよな。厄介事も押し付けてしまったし)


 ダグレストからの帰国寸前、不機嫌になってしまって、シルを押し付けた罪悪感もあるからなぁ。

 意趣返しされていても文句は言えん。

 いや、人格者であるヴァルケノズさんに限って、意趣返しは無いか。

 あるとすれば、皆で心労も分かち合いましょう! 的な部分はあるかもしれんが。


(……誓約無しで話すか。ちょっとだけ、脅しは入れないと駄目だろうけど)


 それなりに信用はしているので、話すことに決める 。

 ただ、信用はしているが、国を回す頂点達なので、腹黒さはあることも理解している。

 だからこそ、有用な脅しがあるのは何とも言えないな。

 まぁ、ただの保険なので、何も無いんだろうなぁとは思っている。


(それに、仮に今から言う脅しを実行した場合、誰かが悲しむだろうからな)


 俺はミリア達を悲しませるつもりも、生活で苦労させるつもりも……生活は苦労させるだろうなぁ。

 金では無く、貴族的なあれこれで……。

 もう少し、頑張ろう。

 とりあえず、仮の脅しは言うとして、前段階の脅しも入れておくかと考える。

 国では無く、個人に対するお仕置きみたいなものなので、これならば、婚約者達の誰も悲しまないだろう。

 後は……いらんことしてくれた陛下には、軽く嫌がらせをしておこうと思う。

 リリィならば、理解してくれるはず……喜々として参加しそうだなぁ。

 まぁ、それは後で考えよう、そうしよう。


「陛下」


「なんだ?」


「後で王妃様と殿下とリリィの刑に処します」


「なん……だと……?」


 陛下、一瞬で顔色が悪くなる。

 3人の刑に処す――所謂、家族からのお説教である。

 それを見た皇王は、笑いを堪えながら肩を震わせ、皇帝は同情的な目を見せる。

 王族だろうが平民だろうが、家族からのお説教が一番堪えるのだ。

 陛下へのお仕置き宣言の後、俺は一息吐いてから、遮音なども含めた完全結界を構築。

 そして、話を再開する。


「まず初めに、皆さんに言っておきます。今から話すことを、決して口外しないでください。皆さんを信じて話しますので、誓約も設けません」


「もし、話したらどうなるってんだ?」


 皇王が、雰囲気の変わった俺に対して聞き返してきた。

 さて、ここからが本番だな。


「そんなの、決まってるじゃないですか。この世界から、国が一つ消えるだけですよ」


「おまっ」


「まぁ、その前に、皇王がボケるかもしれませんが」


 俺の言葉に怒りを通り越して、呆れる皇王。

 そして、今のやり取りを見ていた皇帝が、納得したように頷いている。

 あるぇ~? もしかして、ばれてるぅ?


「優しい嘘だな。クロノアス卿が、そんな事をするはずも無かろうに。まぁ、前者は無いと断言できるが、後者はありそうだの。さしずめ、ボケて強制引退が妥当か」


 やっぱりバレてるぅ!

 流石、長年皇帝をしてきてるだけあるわぁ。

 いやはや、脱帽ですわ。


「皇帝よぉ。それくらいヤバい話だって言うのかよ」


「余らが――と言うよりは、クロノアス卿が話したくない事を話す決意をしたと、捉えるべきだろう。そして、先程のランシェス王への言葉。それと、幼少期のクロノアス卿を知る教皇殿は、その話の一端を知っているのではないかと愚行するがの」


「あっはっは……ホント、皇帝には脱帽ですよ。まぁ、強いて上げるなら、知らない事が幸せ――なんですけど、陛下のせいで無理になりましたからね」


「グラフィエル!?」


「とは言えですよ。知りたいと言われるならば、代表と傭兵王以外には、誠意を見せる為にも話すべきことなんでしょうけどね」


「あん? なんで俺と代表殿は駄目なんだ?」


「親族では無いので。ですが、代表も薄々は勘づいていると思いますが……」


「……あの果実の件ですね? やはり、そう言う事なのでしょうか?」


「まぁ……そう言う事です」


 俺の言葉を聞いて、疑念から確信に変わったと、態度を示した代表。

 だが、今までの関係を壊すつもりも無いので、変わらずにお願いしておく。

 そして俺は、自身の秘密の一端を話して行くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る