再会編
第185話 新月の襲撃者
輿入れから少し時間が経ち、現在は14月。
初冬に入った訳なのだが、相変わらず書類の決済に追われていた。
本当に、どこからこれだけの書類が出てくるのか不思議だわ。
まぁ、最近の書類に関しての理由は分かっているんだけどな。
「えーと、結婚式の会場の候補か。……おい、候補の中に王城の式場が含まれてるぞ?」
「陛下からの提案ですね。特例で許可を出すそうですよ」
「過去の特例は?」
「公爵家が望んだ場合と王家から降嫁した際ですね。お館様は後者に当たりますので、問題は無いかと」
「うーん、ちょっと保留で」
「わかりました。冬が開けるまでには決めて下さい」
「こっちは……結婚式に必要な最大経費と最低経費の算出か」
経費の産出額を見ると、二倍近い差が出ていた。
なんでこんなに差が出てるんだ?
「差額ですか? 一つは、参列される貴族家の数でしょうか?」
「そんなに多いのか?」
「兄上様方を見ればわかると思いますが、お父上様経由の貴族家はほぼ参加しますので。それに加えて、仲の良い貴族家や親交のある貴族家になりますね」
「そうなると、大臣達か?」
「後は敵対してない貴族で、顔見知りより少し上にも出さないといけませんから」
「なんで?」
「出さないと、後々面倒な事になるので。出しておけば、参加するしないは自由ですから」
「あー……だから差額が2倍なわけか」
参加する貴族家が多ければ、料理、返礼品などの量が増えて、費用が嵩むわけね。
まぁ、倍になったとしても問題無い金額ではあるが。
「それとですね、式の日取りもそろそろ確定させませんと」
「早くね?」
ランシェス国内なら、3か月あれば一番遠い領地からでも来れるだろう。
招待状の送り、戻って来る期間を考えても、来年で良いはずだが?
「今は冬ですから。やはり、流通への影響は出ますし……」
「因みにだ……何時を予定している?」
「5月を予定しております。各領地からの出立日を考えても、その辺りが良いでしょう」
「参加しそうな貴族家が分かっていそうだな」
「それが仕事ですので」
ブラガスが言うには、どんなに遠い在地領主でも二か月あれば王都に着くらしい。
そして、ルナエラ姉の結婚式が4月末にあるので、連続して終わらせてしまうのが良いそうだ。
在地領主の王都滞在期間も半月程で済ませた方が良いらしい。
在地領主の中には、未だ開拓で忙しい人もいるそうだからな。
「わかった。ただ、皆は間に合うのか?」
「そこはお館様の出番ですよ」
「また送迎業ね」
貴族家と言うか、この世界の結婚には独特な風習があった。
それは国が違ったとしても変わらない風習で、式の際に被るヴェールは実家が用意しないといけないのだ。
ドレスに関しては家の事情によって変わるのだが、ヴェールだけは必ず母親と相談しながら用意しなければいけない。
理由?ぶっちゃけわからん。
調べる気も無い。
調べる時間があるなら、さっさと仕事を終わらせて皆と一緒に過ごす時間を作るわ!
「それで、ウェディングドレスについてだが……」
「デザインなどは皆様が選ぶ様に手配してあります。代金は全てお館様にしておりますので」
「それで良い。流石に、ナユの実家は大変だろうからな。ただ、特別扱いは良くないし、痛くもない腹を探らせる気も無い」
「貴族と言うのは、本当に些細な事を攻撃材料にしてきますからね」
「特に、貴族派閥が……だろ?」
「はい。クラン関連でも、相当吹聴していましたからね」
「大半は信じてないっぽいけどな」
「平民合わせて信じて貰えない。暇な貴族の娯楽と捉えられたとか、恥でしか無いですな」
敵視、敵対の貴族達に対する愚痴を零しながら作業を進めて行く。
本格的な冬が来る前に、ドレスも見に行かないと。
だが、そんな願いも空しく、皆で買い物に出たのは半月後になってしまった。
本当に、社畜街道は勘弁して欲しいのだがな……。
「ラフィ様、こちらはどうでしょうか?」
「うん、良いね。ただ、もう少し凝った物でも良いと思うんだが」
「そうですよね。私が決めないと、他の皆さんも決められませんし……」
ミリアが結婚式に着るウェディングドレスを選んでいるのだが、現在選んでいるのはミリアだけだったりする。
この辺りも面倒な話で、正妻よりも豪華なドレスは禁止だったりする。
勿論序列にも関係しているし、ヴェールにも同じ話がある。
上の者が決めないと、下の者も決められない。
この辺りが閉鎖的だと思うのは、やっぱり俺が現代社会の記憶と知識を持っているからだろう。
皆、納得はしてるからな。
「やはり、こちらを基本として、幾つか手を加えたいですね」
「そうだな。このドレスのままだと、皆が大変だろうしな」
「店主と相談してきますね」
ミリアは相談をしに、店の奥へと案内された。
皆もそれについて行き、一人残される俺。
久しぶりに取り残されたな。
その後も数時間放置され、全てが終わる頃には日が沈みかけていた。
「久々に外食するか」
「料理長が用意しているのでは?」
「実は断って来てる。偶には外でも良いかなと思ってさ」
「せめて事前連絡はして下さい」
リーゼの質問を返すと、リリィに報連相してと注意された。
サプライズの予定だったんだが、失敗したな。
「それで、何処に行くんですか?」
「最近できた、個室有りの食事処だな。冒険者達の話だと、良い店らしい」
「それは楽しみ」
ミナの質問に応え、リュールが楽しみだと言うと同時に、誰かのお腹が鳴る。
犯人は……ヴェルグだった。
「お腹空いたんだから、仕方ないじゃん! 早く行こうよ!」
「ヴェルグ、淑女たる者……だよ」
「リアに注意された! なんかショックだぁ……」
「地味に傷つくよ!」
「あはは。ごめんごめん」
とまぁ、雑談をしながら目的の店へ向かう。
馬車は目立つのだが、今回は仕方ない。
帰る頃にはそれなりの時間になるだろうしな。
「いらっしゃいませー! 個室ですか?」
「それで頼むよ」
「はい、喜んで―! 16名様、ご案内―!」
どこぞの某居酒屋のような掛け声をした後、個室に案内される俺達。
世界が変わっても、同じような事をする店は出来るんだな。
個室に案内されると、これまた珍しい魔道具が置いてあった。
いや、正確には前世ではよく見た物だ。
「あの、これは?」
「はい! こちらは呼び出しの魔道具です。こちらを押して頂くと、ご注文を伺いに来ます!」
「便利な魔道具ですね。何処で売っているのでしょうか?」
「スペランザ商会です!」
「ぶふぅー!!」
口に含んだ水を思いっきり吹き出してしまった。
ちょっと寝耳に水なんだが?
何時の間にこんな魔道具を作った……あ、いや、犯人わかったわ。
絶対にネス――商業神レーネス――だわ。
あいつ、何してくれちゃってんの!?
「ラフィ君、とりあえず……お顔、拭こうか」
「すまない」
ティアがおしぼりを渡してきて、ハッと気付く。
このおしぼりが温かい事に。
すかさず店員さんに質問する。
「あの、もしかしてこれも?」
「はい! これもスペランザ商会の魔道具ですよ!」
ガンッ!とテーブルに頭を突っ伏してしまった。
全員が、何事っ!?と驚くが、それどころではない。
あいつ、好き勝手し放題過ぎんだろ!
百歩譲って、呼び出しの魔道具は良いとしよう。
だがな、おしぼりは衛生面に気を付けてやってるのか聞かないといけない。
考え無しにやっているのなら、OSHIOKI待ったなしである!
「後で呼び出しだな……」
ちょっと黒い俺が出ていたのだろう。
素早く察知したミリアとナユが甲斐甲斐しく世話をしてきた。
残る皆は、さっさと注文をして店員さんを逃がす。
いやさ、店員さんに根掘り葉掘り聞かんよ?
「黒ラフィはミリアとナユに任せよう。でさ、どんな感じなのが来るのかな?」
「私も気になる」
「ヴェルグもリュールも、食事となると人が少し変わるよね」
「美味しい物は何でも食べたい!」
「食事は食べれる時に食べる。傭兵の鉄則」
「気持ちは分かるけどさ、もう少しラフィの立場を考えて上げようよ」
「「リアが貴族令嬢みたい!」」
「僕はれっきとした貴族令嬢だ!」
珍しくリアが弄られているのを横目に、各々に雑談をしながら食事を待つ。
シア以外はお酒で乾杯し、シアは果実ジュースで乾杯をして、皆で食事をした。
味良し、見た目良しの料理で、全員が満足して夕食を終えた。
あ、お会計も予想より安くて良しだった。
今後とも贔屓にしようかな?
次回以降の事も考えながら馬車に乗って帰宅するのだが、何人かを除いて割と酔っていた。
あ、俺もほろ酔いではあるぞ。
状態異常無効で酔いは覚ませるけど、それでは風情が無いのでほろ酔い中です。
「ラフィ……は、わざと酔ってるよね?」
「ん? まぁな。そう言うヴェルグは酔ってないのな」
「いや、だってねぇ……」
そう言って、辺りを見るヴェルグ。
呆れると言うか、言い淀む理由は良くわかる。
この中に一番悪酔いした人物がいるからな。
しかも、わざと悪酔いしたままの人物が……。
「なんじゃ~おぬしら~。ヒック! わらわこのあとものむのじゃ~」
そう、イーファである。
因みに、止めようとしたヴィオレとリジアは逆に飲まされてグロッキー中だったりする。
「もうのめましぇ~ん」
「イーファさ~ん……もうだめです~」
「これで酔えると思う?」
「……無理だな」
二人してため息を吐く中、馬車は屋敷へと走る。
あ、悪酔いはしてないが、シア除く全員が酔って寝てます。
シアは……普通におねむの様です。
部屋まで運ぶの確定だな。
その後は使用人も手伝って全員が部屋に運ばれて爆睡。
俺とヴェルグは吞み直しとなった。
「良いのかなぁ?」
「まぁ、今日くらいは良いんじゃないか? 遅くまでは吞まないけど」
「えー! 付き合ってよ」
「俺は明日も仕事なの。それに……」
「酔った勢いで襲いそうなのかな?」
「逆だな。俺が襲われそう」
「そんなこと言うんだ。じゃ、ラフィを酔い潰そうかな」
「ごめんなさい」
冗談を含めながら酒を飲みかわし、日付が変わる前にお開きにした。
お互いに部屋に戻り就寝する。
だが、寝始めて少し経った頃、ふと目が覚めた。
「……なんだ?」
何故か胸騒ぎがする。
時計を見ると、1時間も経っていなかった。
状態異常無効で酔いを醒ましていないのも関わらず、直ぐに目が覚める。
「何かに反応した? いや、まさかリエルか?」
『マスター!!』
リエルが状態異常無効を発動したと判断した瞬間、リエルからの叫びと警報。
非常事態だと直ぐに察して【
範囲は俺を中心にして、半径2キロ。
万が一を考えて、広範囲を調べた。
「くそっ、襲撃者か!」
何処の誰が刺客を送って来たのか知らないが、屋敷の外に20人。
屋敷内には既に30人以上が侵入してきている。
直ぐに準備を終わらせて部屋から出ると、既に剣戟の音が聞こえて来た。
「今日に限って!」
皆は酔って寝ているだろう。
さっき確認した限りでは、ミリア達の元に襲撃者は到達してないが時間の問題かもしれない。
「七天竜! 四神獣!」
召喚魔法で全員を呼ぶ。
「危険度が高い婚約者達を優先に守りに行け!」
「「「「「「「承知!」」」」」」」
「フェニクは外の監視だ。連絡役が逃亡したら、即座に捕まえろ!」
「はい!」
「タマモは術を使って屋敷を脱出。衛兵を呼んでくるんだ!」
「分かりました!」
「ハクは大広間で暴れろ。なるべく生け捕りでだ!」
「はーい」
「ルリ!」
「ハクの手綱を握ります」
「分かっていて偉いぞ」
「えー、何か酷い」
「ほら、行きますよハク」
「うー」
「後で遊んでやるから」
「うー。わかった」
全員に指示を出してから、剣戟のする方へ走り出す。
相対していたのはナリアだ。
敵は二人。
強さも中々あるようで、同時に相手となるとナリアでは現状維持が精一杯か。
「ナリア!」
「お館様!」
ナリアは俺に仕えて長い。
名前を呼ぶだけで俺の考えを察知して、わざと俺の方へ飛んだ。
バックステップの要領で後方へ飛ぶと同時に、ナリアの前に出る。
と同時に、魔法を叩き込む。
「ちょっと寝てろ!」
「何!? がはっ!」
「くそっ! ぐわっ!」
一瞬で二人を無効化して拘束する。
「お見事です」
「世辞は良い。状況の説明を」
ナリアに説明を聞くと、夜勤の者が物音に気付き知らせに来た。
戦闘準備をして部屋を出ると、既に鉢合わせした戦闘メイドが交戦中。
護衛の優先順位として俺の所に向かう途中で襲撃者と鉢合わせ。
そして、今の状況に至ると言う事だった。
「この様な事になり、申し訳ありません。直ぐに事態の収拾を」
「ミリア達の護衛には誰が向かっている?」
「途中でヴェルグ様とお会いしました。先にリーゼ様の部屋に向かうと」
「ノーバスとブラガスは?」
「ノーバス執事長は一階にて交戦中です。ブラガス様は執務室の方へ」
「敵の目的が不明だからか?」
「はい。執務室には重要書類もありますので」
ナリアの話を聞きながら、思考加速と施し、リエルの演算を使う。
その結果、導き出した答えは……。
「ナリア。ブラガスと合流して、婚約者達の護衛につけ。敵の目的は俺の殺害だ。最悪の場合、婚約者達の誘拐もあり得る」
「承知しました」
ナリアは指示に従って、ブラガスと合流すべく動き出す。
こちらも襲撃者達を撃退すべく動かないとな。
尚、俺が出した結論だが、これにはいくつか理由がある。
もし、重要書類を盗み出すだけならば、大人数で動く必要が無いからだ。
人数が増えれば、それだけ見つかる可能性が高くなるからな。
次に、敵が撤退しなかった事。
盗みに失敗したのなら、わざわざ戦闘までして盗み出す程の重要書類があるのかと言う事。
ぶっちゃけ、王城の方や大臣達の屋敷の方にこそ価値がある。
そして最後だが、誘拐の線。
こちらも、騒ぎが大きくなったら困難になる。
誘拐するだけの価値がある人物が多いのは認めるが、これだけ騒ぎになった以上、誘拐するのもまた困難だ。
となると、最終目標はおのずと見えてくるわけだ。
騒ぎになっても問題無く、むしろ標的が姿を現す確率が高い。
要は、俺が姿を見せる事だ。
そうなると、初めから目的は俺を殺す事だと理解できる。
ただ、わからない事が一つ……どこの手の者かと言う事。
貴族派閥が手を下すとは思えない。
失敗したら身の破滅だからな。
とは言え、可能性が低いだけで絶対ではない。
次にマフィアなどの裏組織。
この前、結構揉めたからなぁ。
ただ、もしマフィア共なら、明日には大掃除が敢行されるだろう。
俺ではなく、王家主導で。
俺の婚約者が誰かは知っているだろうから、こちらも手を出すとは考えにくいんだよな。
そうなると、残る可能性は二つ。
闇ギルドか他国からの刺客か。
……どっちもありうる話だよな。
そう考えての決断だったが、どうやら当たりの様だ。
「いたぞ!」
「殺せ!」
喚いてる間に攻撃しろよ。
襲撃者失格だな。
そう考えてるのと同時に、喚いていた襲撃者3名を沈黙させる。
背後関係を調べないといけないから、生かして捕縛しているのだが、ちょっと面倒くさい。
一気に殺れたら楽なのもあるが、何よりミリア達の安全確保が早く行える。
幸いにも【
(ただ……負傷者は出ているか)
家臣の何人かが、相対していないのに動いていない。
生命反応はあるから、死んではいないようだが、早めに治療しないと手遅れになる可能性もある。
「護衛しながら救助して、尚且つ迎撃戦か」
1人愚痴っていると、またも襲撃者が数名上がって来た。
流石に多勢に無勢の様だ。
「とりあえず、ミリア達と合流してから反撃だな」
その言葉を発した後、魔法を叩き込んで襲撃者を再度撃退。
これで10人位か。
後何人いるのかね?
ただ、俺はこの時気付いていなかった。
新月の闇に潜む凶刃が虎視眈々と狙っていることに……。
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