第157話 慣習と結婚式事情

 翌日、俺とヴェルグはネデット一家とクッキーさんに見送られて傭兵国を後にした。

 見送りに来たシャイアス殿の顔色が悪かったのだが、何かあったのだろうか?

 ネデット一家が一家の大黒柱であるシャイアス殿に向ける目線が妙に冷たい様に思える。


「(ただの飲み過ぎよぉん)」


 小声でクッキーさんが教えてくれた内容に納得。

 翌日に酒が残るまで飲んだシャイアス殿を叱っているのか。

 反面教師として、俺も気を付けよう。


 ともあれ、無事に傭兵国を出立し、ゲートを開いて帰国する。

 屋敷に帰ると、ブラガスが玄関先で待ち構えていた。


「お帰りなさいませ、お館様。本日も楽しい政務が待っていますよ」


「帰って来て第一声がそれかい」


 その言葉の後、執務室へドナドナされる俺。

 ヴェルグは見送りながら一言。


「がんばって」


 それだけ言って逃亡して行った。

 何て薄情な婚約者であろうか……。

 その後、ヴェルグは夜まで帰ってこず、何をしていたか聞くと、冒険者ギルドで簡単な依頼を受けていたそうだ。

 ……俺もたまには簡単な依頼とか受けたいなぁ。


 帰国した翌日、使いの者が来て城へと呼ばれ、傭兵国での顛末を報告する事になった。


「……と言う事になったのですが」


「お前は……。いくつかの事は仕方ないにしても、この魔道具だけで体裁を保てるわけが無いだろうが!」


 報告した後、陛下から雷が落ちる。

 一番の問題は体裁の件について。

 傭兵国が同盟に参加するとは言え、国家としての体裁は別物らしく、魔道具では割に合わないと叱られた。

 一応、古代魔道具の解析と量産した物については、ランシェスへ優先的に回して貰える事になっている。

 だが、それだけでは足りなかったらしい。


「せめて傭兵の斡旋を優先的にとかできたであろうに……」


「あまり業突く張りになるのもですね……」


「だが、これはあまりにも酷い……」


 報告の場には財務卿と軍務卿に加え、外務卿と工務卿も参加していた。

 工務卿は優れた魔道具の流入に「我が国での技術発展が望めますな!」と喜んでいたが、財務卿と外務卿は微妙な顔をしている。

 その理由だが、外務では幾分かの優位性はあるも、そこまで強くはないからである。

 財務に関しては、魔道具に対する相場の値崩れが懸念されていたから。

 軍務卿?自分には関係ないなと聞き流していらっしゃいます。


「やってしまったものは仕方ない。ガマヴィチ、後は任せる」


「え?」


「工務卿と外務卿も連携してくれ」


「「はっ」」


 ガマヴィチ財務卿、更に仕事が増えた模様。

 過労死しないか心配である。

 さっきの「え?」を聞く限り、かなり想定外だったのであろう。

 後で当然、文句を言われた。


「これからは陛下の後に、こちらにも連絡をくれ! じゃないと死んでしまうわ!」


「善処します」


「本当に頼むから! これ以上財務関係に負担が来たら、職員全員がぶっ倒れてしまうから!」


「……善処します」


「本当に、本当に頼むぞ!」


 ガマヴィチ財務卿は必死だった。

 そこまで仕事が多いなら、職員を増やせば良いのにとも思うが、そこは陛下の匙加減である。

 後で陛下に奏上しておくべきなのかね?

 非常に悩む案件であったが、後日、陛下に呼ばれ、俺じゃなくても良い様な依頼を複数、強制的に受けさせられた。

 なので代わりに、財務閥の職員増員を奏上して陛下の仕事を増やして差し上げた。

 陛下は苦い顔をしながらも渋々聞き届けたので、財務職員にはかなり喜ばれてしまった。


 ついでに、職無し貴族達にも喜ばれた。

 新しい職のポストを開いたので喜ばれたわけだが、その席は少ない。

 そしてある程度はコネが優先される。

 結果、増員する職員の席取りは熾烈を極めたらしい。

 人づてに聞いたので、そこまでしか知らんがな。


 陛下からの依頼を終え、仕事をこなし、帰国して1週間。

 本日は、父が訪問してきていた。

 何の用事だろう?と応接室へと出向くと、目に隈が出来た父上がそこにはいた。


「父上? 一体どうされたのですか?」


「実はな、お前も含めた子供達の式の件で来たんだが」


「……誰かの予定が変更になったのですか?」


 俺の言葉に父上は苦笑いをする。

 どうやら当たりらしい。

 こうなると、詳しく聞かねばならない。

 俺にも関係してくる話だしな。


「まぁ、簡単に言えば兄達の話になるのだが……」


「確かアルキオス兄上が今年でグリオルス兄上が3年後でしたよね?」


「そうだな……。ついでに言えば、エルーナは2年前に嫁ぎ、ルラーナは今年嫁ぐ。そしてルナエラが来年に婿を迎える予定だな」


「そして自分は2年後の夏ですよね? 割と続けてですが、どう変わるのですか?」


 そう聞くと、父上は深い……それはもう、マジしんど!ってくらいな溜息を吐いた。

 そして語られた内容であったが、簡単に言えば外野の貴族が超五月蠅いそうだ。

 その理由は、慣習にあった。


 そもそもの話、結婚に対する法は限りなく0に近い。

 いくつか細かい法はあるが、大々的に知られている男性への法だと【一部例外を除き、成人前の結婚を禁ずる】である。

 一部例外の内容は、法衣と領主によって異なるが、どちらも当主不在の場合が関係するとだけ言っておく。

 平民に関しても家長が関係してくる法律だ。

 他にも一部例外はあるのだが、詳しく説明すると長くなるので割愛させていただく。

 対する女性については特に何も無し。

 あくまでも倫理観に則って行えと言う物だ。


 これを聞くと、どこに問題が?と思う人が多いはず。

 俺でもそう思うのだが、この法に加えて慣習と言う物が加わってくる。

 慣習とは、ある社会で歴史的に成立・発達し、一般に認められている、伝統的な行動様式。

 ある社会一般に通ずるならわしである。

 今回の場合だと貴族社会に該当する。

 そして今の貴族社会では長子継承が主流で、結婚も長男が先でなければならないとされているわけだ。

 簡単に言えば、現在の我が家の結婚式事情と真逆なのである。


 勿論、当主の意向が反映されるので、当主次第では長子継承がなされない場合もある。

 だが、余程の無能でバカで何かやらかしていない限り、長男が家督を継ぐので、次男以降が継ぐ目はほぼ無いのが現状であり、我がクロノアス家は例外中の例外ともいえる訳だ。

 実際の所、元の辺境伯領は長男であるグリオルス兄上が継ぎ、元侯爵領だった場所は父が引き継いだ後、次男のアルキオス兄上が継いでいる。

 俺は独自で爵位を貰ったので、クロノアス家の兄弟は全員が爵位持ちと言う現状であった。


 こうなると全員が父上の元から独立したように見えるが、実は大きな落とし穴があったりする。

 それが継承権と血の繋がりである。

 事実上3人共、父上からは独立した形にはなっているのだが、3人共に結婚するまでは父上が後継人と言う立場にもなっている。

 完全には独立しきれていないので、結婚についての慣習が付いて回っているのが現状であった。


 貴族や王族は前例の無い事を嫌う傾向にあるので、余程の事が無い限り、覆すのは難しかったりする。

 例外は王家で、王家が新しく試みる事については、誰も何も言わない。

 王家が前例を作ってくれるので、思う所は合っても前例万歳と言うのが貴族でもあった。

 当然、失敗すれば王家であっても陰口を叩くのが貴族である事は言うまでも無い事だろう。


 そしてその前例に従った場合、継承権に関しては全員が破棄していないのが裏目に出た。

 父上が破棄させてくれなかったのが大きな理由だが、その理由については『長男に子供が生まれるまでは持っておけ』と言われた為だ。

 万が一を考慮しての事らしいが、これが外野が五月蠅くなっている理由でもあった。


 継承権を放棄していない以上、俺達は未だ父上から独立出来ていないと認知されてしまっているのが大きな理由だ。

 小領の零細領主の場合だと、長男の結婚式が終った後、3男以降は継承権を放棄させて外に出す事が多い。

 外に出た子供たちが貴族家に婿に入った場合には、血の繋がりによる別の慣習があるのだが、それ以外の結婚に関しては関知しないことになっている。

 大貴族の領主だと分家の設立などもするらしいが、やはり長男が最初に結婚する事に変わりはない。

 外野の貴族共は慣習破りをするなと、父上に圧力をかけているわけだ。

 慣習による血の繋がりと継承権はかなりの大事らしい。


「事情は分かりましたが、どうするのですか?」


「ルラーナとルナエラは、娘だからまだ良いのだが……」


「問題は俺達ですよね? ですが、俺は遅くとも17で結婚は王家から言われていますよ」


「わかっている。だからお前には少し申し訳ないのだが……」


 そして父上が話した内容は「正気ですか?」と疑う内容であった。

 父上は、年内に長男であるグリオルス兄上の式を執り行う事を決定したらしい。

 次いで年内に次男であるアルキオス兄上の式も執り行うと言い出した。


「ちょ、ちょっと待ってください。父上、今年は王太子殿下とルラーナ姉上の結婚式もあるのですよ?」


「わかっている。幸い、ルラーナの式までにはまだ3カ月近い猶予がある。そこでお前に頼みたいのだが……」


「まさか、送迎業をしろと?」


 俺の言葉の後、父上は視線を逸らして。申し訳なさそうに頷く。

 しかも冒険者への依頼とかではなく、息子として頼むと言っているのだ。

 我が父上ながら、ちょっと性質が悪すぎないかね?


「参列客に今から招待状を送って、どうにかなると思うのですか?」


「そうでもせんと、お前の式に影響が出てしまうのだがな」


「グリオルス兄上の式は百歩譲ってどうしようもないとは思いますが、アルキオス兄上の式は来年でも良いのでは?」


「前にも話したが、アルキオスの婚約者の祖父がな……」


「本来の予定はどうなっていたのですか?」


 結婚式に関しては、両親が子供にしてやれる最後の贈り物だと言う認識が高い。

 故に貴族のみならず、父親がある程度の予定を組んで子供達に伝える事が当たり前であった。

 その為、妻ですら式の日取りが近づくまで知らされない事もあるので、俺が知っているわけが無いのである。

 なので父上に本来の予定を聞いてみたのだが――。


「今年の夏にアルキオス、秋にルラーナ、来年の春過ぎにルナエラ、再来年にグラフィエル、その翌年にグリオルスだった」


「父上、計画性が無いように見えるのは気のせいでしょうか?」


「……俺もそう思うが、これでも頑張ったのだぞ」


「それで、変更後の予定をお聞きしても?」


「今年の夏にグリオルスの式をしてから、間髪入れずにアルキオスだな。そして秋にルラーナ、来年の春過ぎにルナエラ、最後がグラフィエルだな」


「そして、相手側の祖父の関係上、アルキオス兄上の式は絶対であると……」


「うむ」


 ぶっちゃけ無理だろ……。

 そもそもの話、慣習を父上が知らないはずがない。

 なのにこんな無茶な予定を立てるとか、ボケたとしか思えないんですが?


「言っておくが、ボケてはいないからな」


「人の心を読まないでください」


「読まれない様に努力するのだな」


「そもそも、慣習の事を蔑ろにしてこの様な予定を組んだ父上が悪いのでは?」


「これほど反発があるとは思わなかったのだ」


 父上からしてみれば、アルキオス兄上の式に関しては先方の状況もあるから、問題無いと思っていたみたいだよな。

 ぶっちゃけ、俺もこれほど叩かれるとは予想外であった。

 良く悪くも我がクロノアス家は目立ってしまっているからなぁ。

 慣習破りにすら敏感になってしまっているのだろう。


「陛下に相談とかは?」


「出来るわけ無いだろう。これは我が家の問題だ」


「ヴィルノー先代やドバイクス侯爵に相談されては?」


「もう既に、半年前から相談している。その結果がこれなのだ」


「それを息子に持ってこないでいただきたいのですが」


「最早、どうにもならんのが現状だ。持つべきものは頼りになる息子だと、俺は思うのだがな」


「父上に、何度怒られた事か……」


「お前が、心労を加速させるからだろうが!」


 最後は藪蛇だったみたいだ。

 父上の説教が始まりそうだったので、話題を元に戻そう。


「それで、本当にどうするのですか?」


「金はどうにかできる。問題は来賓の移動時間だけだ」


「そこさえどうにかできれば、後は父上がどうにかするのですね?」


「問題無い。既に式の準備は半年前から行っている」


 用意周到ではあるが、行き当たりばったりな気もするのは気のせいじゃないはず。

 もし俺が長期で屋敷を開けていたらどうするつもりだったのか?

 聞いてみたい気もするが、嫌な予感がしないでもないので、敢えて聞かずに終わろう。

 きっと禄でもない答えが返ってくるに違いない。


「はぁ……。まぁ、父上に頼られるのは悪くないですね。親孝行と思って引き受けますよ」


「すまないな」


「詳しい日程を後で教えて下さい」


 こうして、送迎屋クロノアスが期間限定で開業したのだが、二人の兄の式が行われるまでの間、俺は多忙となった。

 リュミナとの約束を果たし。いった事の無い領地へ足を運んでゲートの起点を作り、婚約者達を迎えに行く等。

 当然だが、身内の結婚式なので祝儀用の物品の確保なんかもしたりもした。


 今は争いも無く平穏ではあるが、俺個人の平穏はいつ来るのであろうか?

 ……ちゃんとしたお休みが欲しいなぁ……。



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