第148話 ブラガスは、マジ鬼

 神喰の処遇を一応であるが決め、ジェネス達が見ている前で眷属化させ、現在は一晩明けて朝である。

 神喰の立場についてだが、表向きは客扱いにしている。

 色々と説明が大変だから、仕方ない処置だと思う。

 ミリア達には後で話すけどな。


 本日の予定は、午後から王城へ行き、帝国内乱で活躍した者達の爵位授与に立ち会わなければならない。

 昨日父が「明日、迎えに行くから逃げない様に!」と、釘を刺されてもいる。

 なので、午前中は神喰と話しながら、急ぎの書類を片付ている。


『午前中が休みですか? 何を言っておられるのです。我が家の書類は少ないですが、盟主としての書類は山の様にあるのですよ』


 とは、家宰であるブラガスの言葉だ。

 とは言え、こちらの陳情は幾つか聞き入れてはもらえた。

 優秀なブラガスは、昨日の内に急ぎの書類を纏めていたらしい。

 食事が終わった後、両手一杯に書類を持ってきて――。


「上から順に、急ぎの物です。最低でも4分の1は終わらせてください。今日中に」


「この山の様な書類の4分の1を今日中に!? 流石に厳しいんだが……」


「お話を早く終わらせれば、午後までには出来ますよ。ああ、話しながらでも構いませんよ」


 ブラガスは鬼であった。

 優秀なのだが、俺が今までサボっていた過去があるので、彼はかなり厳しく接してくるのだ。

 最近では、執事長のノーバスを筆頭に何かと相談を受けているそうだ。

 主に俺の当主教育について。

 この家で俺に強く言える者は限られているらしく、その筆頭がナリアで、次点がブラガスとの事。

 我が家の従者ヒエラルキーは、ちゃくちゃくと構築されている様だ。

 で、現在は執務室にて仕事をしながら、神喰とお話し中なのだが――。


「で、なんで俺に挑んだんだ?」


 この問いかけに、神喰はだんまりなのだ。

 かれこれ30分近く、だんまりである。

 俺?ちゃんと仕事しながら話してますよ。

 だが、流石にこれ以上、だんまりに付き合う気はない。

 片手に魔力を集め始め、神喰に向かって一言――。


「ペインプリズン(極大)と素直に喋るのと、どっちが良い?」


「素直に喋らせて頂くのであります!」


 ビシッ!と素早く立って敬礼し、ちょっと震える神喰。

 どうやらペインプリズンは、神喰にとってトラウマになっている模様。

 羽ペンの先を動かし、座って喋るように促す。


「で、なんでだ?」


「……エステスとの切り札に、使えるだけの力があるのか? とな」


「内乱を利用したのか?」


「混戦状態で疲労した状態でも、どれだけ動けるか……をだな――」


「で、ヴェルグを一度は殺した――と?」


「あれは……。ぶっちゃけ、完全に予想外だった。まさか、一緒にいるとは思っていないし、惚れてるなんてなぁ……」


 ヴェルグに関しては、本当に想定外中の想定外だったらしい。

 神喰本人も「まさか、認めるとは……」と、ちょっと驚愕していたくらいだった。

 とは言え、極小確率であるかも?とは考えてはいたらしい。

 だからこそ、ギリギリの対処はしたそうだ。


「なんで、俺が原初になったことを――ああ、ゼロのせいか」


「ああ。前もって色々と、話していたからな」


「浸食と回収は?」


「ギリギリだったとはいえ、慌てたのは事実なんだよ。それで察してくれ」


 察してくれ――つまりは、ミスったと。

 ただな……ミスしたのなら、きちんと謝れよ。

 なので、ちょっとお仕置き。


「いだだだだ! って、なんでだよ!」


「お前、謝ったか?」


「申し訳ございませんでした」


 お仕置きでペインプリズン(極小)を行ったところ、やはりトラウマなのか、ちょっと涙目になる神喰。

 俺の言葉を聞いた後、ジャンピング正座からの土下座謝罪を行う程にトラウマらしい。

 ちょっと溜息を吐いた後、座らせ直させ、書類に目を通す。


「なぁ、他に聞きたいことはねぇのか?」


「ん? う~ん……お前、これからどうすんの?」


 神喰からの言葉に、とりあえず思いついた内容を聞いてみる。

 この言葉に神喰は。


「いや、どうするも何も、俺は眷属になったんだから、ラフィの下で働くしかなくね?」


「悪さしないなら、好きにして良いぞー」


「無責任! 本当、マジ、無責任!」


「お前に言われたくねぇ」


 書類仕事をしながら、曖昧に返事しておく。

 つうかな、お前のせいで書類仕事が増えてんだよ。

 こちらで処理するとはいえ、色々とぼかして、辻褄合わせて報告しにゃならんのだぞ?

 ……あ、ちょっとイラっとしてきた。

 ただ、俺の不穏な空気を察した神喰は、防衛行動に打って出た。

 ちっ!面倒だから見逃してやるよ。


「暫くは、我が家にいろ。仕事が終わってから、きちんと決めてやるから」


「滅ぼすとか言わねぇよな?」


「めんどい。ゼロとツクヨに監視させるから、冒険者登録してこい。ちょっとは貢献しろ」


「……わかった。で、どの程度まで使って良いんだ?」


「人の範疇で」


「わかった」


 力をどの程度まで使って良いのかと聞かれたので、答えて置く。

 こいつはきちんと言わないと、際限なく使いそうだからな。

 ゼロとツクヨを呼んで、今までの話を伝えると――。


「めんどい」


「働け【理不尽】」


「二つ名で呼ぶな! はぁ……。監視は良いけどよ、冒険者にさせて良いのかよ?」


「魔物の脅威度は、年々増加傾向にあるらしい。神喰使って、掃除してくれ」


「掃除って……。ラフィ、あなたストレス溜まってない?」


「ツクヨも発散してくれば良い。ゼロと神喰、ストレスマッハになると思うが?」


「確かに。仕方ないわね。適当に、二人をしごくわ」


「げっ!」


「俺の扱いよ……」


 こうして、ゼロと神喰は、ツクヨブートキャンプに強制参加となるのだった。

 尚、後になって、ゼロと神喰の距離が友達感覚になったのは言うまでもないことだった。

 ツクヨブートキャンプは、親睦を深めるのに最適らしい。



 そして午後、父上が迎えに来て、共に王城へと出向く。

 ただ、早々に父上に叱られたのは言うまでもない。


「お前は何度言ったら……。良いか? 王城に向かう時は、馬車を使えとあれほど……!」


 とまぁ、いつも通りお小言をもらった。

 あれだな、慣れって中々治らないよね。

 口に出せばお小言が加速するので、決して言わないが。


 そんなこんなで、王城・謁見の間に到着。

 今回は珍しく、他の貴族家の人達と同じように並んでいる。

 今まで並ぶなんてあまりなかったので、並び順があるとは知らなかっのだが、父上と大臣達に言われて、陛下の椅子の近くに並び直すことになった。


「クロノアス侯爵、貴殿は盟主でもあるのだから、大臣側に並んでもらわないと」


「すいません。いつもは、礼を取る立場だったので」


「言われてみれば、確かにそうだな。こうしてみると違和感が……」


「自分でも違和感がありますね。でも、酷くないですか? ムンゼオ内務卿」


 注意された後、少し雑談をする。

 雑談中も貴族派閥の方々からの熱い視線は止むことは無い。

 尤も、主流派や強硬派の方々が牽制はしているようだが。

 そんな中、今回叙勲する者達が入室してきた。

 陞爵は前日に行っているので、本日は新たに貴族家を立ち上げる者達だけである。

 全員が謁見の間に集った後、陛下が御光臨される。


「皆の者、楽にせい」


 陛下の言葉で、頭を下げていた貴族が顔を上げ、臣下の礼を取っていた者達も顔を上げる。

 続いて、内務卿と財務卿が書簡の内容を読み上げ、一人一人、鞘に納めた儀礼剣を床に立て、口上を述べる。

 全員が口上を述べ終え、軍務卿が勲章と爵位を表す記章を渡し終える。

 最後に陛下から一言――。


「この度は皆、大儀であった。これからも国の為に尽くして欲しい」


 陛下のお言葉が終わると、陛下は謁見の間から出ていく。

 次に爵位授与された者達が出ていき、最後に並んでいた貴族達が退出していく。

 その途中、ムンゼオ内務卿、バラガス軍務卿、ザイーブ財務卿に捕まった。


「クロノアス卿、この後は別室でちょっとした催しがあるから、貴殿も参加しないといかんぞ」


「え? 俺もですか? 強制ですか、内務卿」


「クロノアス侯爵には、子がいないからなぁ。これを機に作れってことだよ」


「軍務卿、ぶっちゃけましたね」


「だがな、いずれは作らんといかんのだ。これも勉強だ。クロノアス卿」


「財務卿まで……。はぁ、わかりました。ですが、少しは手伝ってください」


「だから俺達が声を掛けたんだがな」


 軍務卿が最後にそう言って、俺を連行していく。

 催しに関しては、ちょっとした談笑会で、各々が好きな様に語り合う感じだ。

 当然だが、新興貴族はその輪に入りづらい。

 どこぞの貴族家子弟なら、その限りではないが、平民から軍に入って叙勲した者達だと、あからさまに無視されたりする。

 これだから貴族と言うのは……。


 と言うわけで、新興貴族の中でも成り上がりの貴族達は、必然的に俺の方へと寄ってくる。

 そうなると、主流派もそれとなく寄ってくるわけで――。


「流石、クロノアス卿と共に戦った者達は違いますな」


「出来れば、クロノアス卿の活躍を聞かせて欲しいですな」


「ところで、親にはやはりクロノアス卿を?」


 なんて話になる。

 実はこれ、陛下の思惑がちょっと絡んでいる。

 今回叙勲した貴族家の子弟は、全員が貴族派閥寄りか中立派の中でも貴族派寄りばかりであった。

 後は出生が全員平民の者だけ。

 必然的に談笑会の中で住み分けが出来る構図になっていた。


 ここで疑問に思うのが、主流派や強硬派が何も言わないのか?だろう。

 当然だが、陛下が事前に言い含めてある。

 今回の叙勲には思惑があると。

 あまり巻き込ませないために、敢えて外したと。

 平民からの成り上がりには、最大限留意せよとも言われている。

 勿論、俺も父も言い含められている。

 何も知らないのは貴族派閥ばかり。

 だが、目聡い者は感づいている様だ。


 その後も談笑会は平穏に終わり、後日、誰がどの親と子になるかが話し合われるわけなのだが――。


「クロノアス卿には、平民から叙勲した騎士爵家3家を子にして欲しい」


 とムンゼオ内務卿から打診された。

 と言うのも、その3家は直轄部隊にいた兵士らしい。

 偏った思想も無く、何よりも俺に憧れがあったから兵士に志願した者達らしいのだ。

 直轄部隊に配属されたのも、それが理由らしい。


 その他の成り上がり家は、各大臣達の子に当たる子爵家や男爵家が親になるそうで、それとなくサポートするそうだ。

 貴族派閥の子弟から叙勲した者達は、一人を除き全て貴族派が親になるとの事。

 で、除かれた一人だが――。


「変わった男でな。中立派のドバイクス派閥に親を頼んだのだよ」


「何か問題があるのですか?」


「あると言えばあるし、無いと言えばないのだが」


 ムンゼオ内務卿が歯切れの悪い言い方をした理由。

 それは、実家との確執の為。

 どうも叙勲した子弟と両親との関係は、あまり良好ではないらしい。

 貴族家は長男継承が大部分を占める。

 一部、能力を見て、と言う貴族家もあるが、そんなものは一握りで、出来が多少悪くても、大抵は長男が家を継ぐ。

 そうなると、家によって様々ではあるが、中には家族関係が破綻している家も珍しくはない。

 今回も偶々そう言った家だったようだ。

 では、何故、歯切れが悪いのかと言うと――。


「陛下の思惑と外れていないと良いのだが」


 これが主な理由。

 ただ、考えても仕方ないので。


「ドバイクス派なのですよね? 親への反発か。それとも、頭が切れるか。もしくは……」


「親と思想が違うのか? でしょうか。ただ、下手に動くわけにも」


「侯爵に、それとなく探りを入れてもらえれば良いのでは?」


 俺の言葉に内務卿も頷き、秘密裏に接触するそうだ。

 そして、この段階で俺が思ったことは一つ。


(陛下は内乱を気にしている? いや、内乱が起こると確信している? どちらにしても、情勢は良くないと見ている線が濃厚か。とすれば……)


 俺が陛下に求められている事。

 それは、自身の派閥を作れと言う事?

 それとも、派閥を大きくしろ?

 思案して考えた結果――。


(被害を最小限に。かつ効果を最大限にさせる。そのための子? いや、それなら子などない方が良い。……あ、感づかれるなって事か! とすれば……)


 そして出た結論。

 ちょっと散財して、油断を誘え――。

 である。


(陛下も人が悪い。ついでに、俺の子については、勉強しろって事か。……陛下からの宿題かよ、はぁ)


 ちょっと泣きたくなった。

 要は陛下から『貴族をもっと学べ!』と、行動で示されたわけだ。

 文句を言っても覆らないので、頑張って行こう。

 ……最悪、リーゼに色々聞こう。

 後はミナとリリィ辺りか。

 王族と皇族なので、その辺りの話には強いはず。

 ミリアには、皆の纏め役があるし、あまりミリアだけに頼るのも贔屓だしな。


 これが、帰って来てから起こった仕事と厄介事の一つであった。

 とは言え、この話は速攻で終わっているが。

 この後は、更に忙しくなったことを言っておく。

 そして、俺は1週間、無休だったことも言っておく。


(仕事を早く終わらせるべきなのはわかってるが、無休は酷くね?)


 ちょっとだけ、ブラガスに文句を言いたくなった。

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