第五章 9-1

 

-9-



「ねぇミスティ、どうしたら魔法が使えるの」


 レイニーが魔法を教えてほしいと私にねだる。どうやら前に魅せたものが大層お気に召したようだ。気を良くした私は魔法の極意を語って聞かせることにした。


 水の魔法はアイ、火の魔法はオー、風の魔法はエヌ、土の魔法はシーが肝要だ。これは正真正銘、かつてお父様から伝授された四大属性の真髄である。しかし、残念ながら私にも意味は分からない。


 私たちは二人して、それを声に出しながら身振り手振りを繰り返した後、互いの仕草を面白がって笑い合った。こうしていると、遥か昔にお姉ちゃんと遊んでいた頃の記憶が蘇ってくる。


 術者の願望を反映したのか、それとも対象の深層心理を投影したのか、胡蝶邯鄲ヴィニャーナが形成した彼女の姿は、お姉ちゃんと瓜二つであった。


 もっとも、似ているのは外見だけだ。お世辞にも出来が良いとは言えず、いつも私に甘えてばかりいる。でも、それでも構わない。彼女がお姉ちゃんに成れないのなら、私が彼女のお姉ちゃんに成れば良いのだ。


 お姉ちゃんが私にしてくれたこと、私がお姉ちゃんにしてほしいこと、それを惜しみなく彼女に与える。彼女の弾けるような笑顔を見ていると、まるでそれが自分のことであるかのように満たされていくのを感じるのだ。


 あの日を境にして、ホーリーデイ家での生活は一変した。幼年とはいえ、公子が公女になったのだから当然である。しかし、それを正しく認識しているのは私だけだ。


 あたかも始めからそうであったかのように、彼女は嫡子たる令嬢としてぐうされている。やはり周囲の記憶や認識が書き換えられており、私も気を抜くとついつい忘れてしまいそうになる。


 どうやら私の策は想像以上の成果を上げたらしく、彼女を蝕んでいた空の力は今や完全に鳴りを潜めていた。一方、マイナに嫌われているのは相変わらずで、魔法の素質は依然として皆無である。


 私と交わした…その、口付けのことも覚えてはいないようだ。もしも、彼女が思い出すようなことがあれば、それは胡蝶邯鄲ヴィニャーナの効果が失われ掛けている証である。そのときは私も覚悟を決めねばならないだろう。


 しかし、いつまで経ってもその兆候が現れることはなく、私たちは親友として、或いは姉妹として、二人だけの思い出を重ねていった。


 同じものを見て、同じことを感じて、同じときを過ごしていく。たとえ魔法の生み出した幻であったとしても、私たちは小さな身体に多くのものを詰め込んで、少しずつ大きく成長していく。それは私にとって、夢にまで見たお姉ちゃんとの日々の再開でもあった。


 ただ、彼女の実妹であるサンデリカには悪いことをした。本来であれば、彼女が次期当主となっていた筈なのに、母親譲りの聡明さ故に、自らの居場所を見つけて早々に家を出て行ってしまった。


 いつしか、私はレイニーのことを一人の女性として認識するようになっていた。お姉ちゃんによく似た彼女には、私たち姉妹の分まで幸せになってほしい。たとえ子宝に恵まれなかったとしても、きっと彼女なら良き令室れいしつとして仲睦まじい家庭を築ける筈だ。


 そう、これで良いのだ。今さら自分が男性であるなんて、そんな残酷な真実は必要ない。後は私が旅に出て、今度こそ真の封禅の儀を完遂させれば、ようやく全てを終らせることが出来る。


 でも、時折私は自問してしまう。本当にこれで良いのか、本当にこれが望んだことなのかと、自分でも分からなくなるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る