第五章 4-1


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 私たちが地上に戻り、地姫として崇められてから十年余りが過ぎた。成人を迎えたお姉ちゃんは益々綺麗になり、国中から愛される眉目秀麗びもくしゅうれいな淑女となっていた。天人アプは私たちとの約束を守り、お姉ちゃんの身体を支配することはなかった。


 しかし、私は復活の代償なのか、あの五歳のときから成長が止まっていた。今では姉妹というよりは母娘である。民衆の中には本当に私を天人との娘であると誤解する者までいた。


 そんな外野の声とは関係なく、お姉ちゃんは変わらぬ愛情を私に注いでくれていた。でも、時折悩ましげに溜息を漏らしているのを見ると、何だか申し訳なく思ってしまう。


 私たちは名目上の聖合国の君主として、また信仰の尊体として祀り上げられていたが、政治的、宗教的な実権は変わらずに教皇や枢機卿、各州の有力者たちが握り続けていた。


 私たちがする事と言えば、たまにアプがお姉ちゃんを介して下す神託を民衆に伝えることだけだ。それは吉凶の預言であったり、魔法や技術の教授であったり、単なる気紛れな啓蒙であったりした。


 民衆がアプのことを主、偉大なる父と称えるのを聴く内に、いつしか私もお父様と呼ぶようになっていた。もっとも、それは皆とは少し意味合いが異なるようで、本当のお父さんのように思えていた。


 どうやらアプの方も満更でもないらしく、私のことを優しく娘のように慈しんでくれた。お姉ちゃんにお父様、三人の生活は華やかながらも穏やかで、私はこの幸せがいつまでも続くことを願っていた。


 そんなある日のこと、またお父様から新しい神託が下された。霊峰タカチホにくうの天人が降臨するのだという。それが私から全てを奪い去る、無間地獄をもたらす凶報であることを、そのときはまだ知る由もなかった。


 お姉ちゃんとお父様は新たな天人を封禅ほうぜんするため、タカチホのすヌーナ大陸へと旅立つこととなった。私も一緒に連れて行って欲しいとせがんだが、御幸ごこうは天人と地姫のみとされ、紛いものである私には許されなかった。


 お姉ちゃんは愚図ぐずる私の頭を優しく撫でながら、なるべく早く帰るから大人しく留守居をしているように告げると、大聖堂地下の祭壇に隠されていた魔法陣を起動し、溢れ出す蒼光とともにヌーナへと転移していった。


 私は二人のことを待ち続けた。私だけでは神託を下すことも出来ないので、日がな一日、地下に籠もっては、あの頃のように祭壇の前にちょこなんと腰掛けていた。


 しかし、一月が経っても、二月が過ぎても、お姉ちゃんもお父様も帰ってはこなかった。途中で何度か魔法陣を起動させようと試みたが、あの日の輝きはうに失われており、私には何も応えてはくれなかった。


 そして、ついに旅立ちから半年と成ろうとしていたとき、私は決意した。お姉ちゃんたちを迎えに行こう。魔法陣による転移が出来ないのであれば、船で直接ヌーナに渡れば良いのだ。


 私が教皇に胸の内を明かすと、彼は拍子抜けするほどあっさりと承諾してくれた。神託が途絶えてから私が民衆の前に姿を見せることはなく、既にもう利用価値を失っていたのだろう。


 それでも帆船はんせん一艘いっそう、手配してくれただけでも有難かったのだが、ここである問題が浮上した。ヌーナへの渡航自体は偏東風へんとうふうにより容易なのだが、逆進する場合は海風や海流に阻まれ、帰還の可能性が限りなく低くなってしまうのだ。


 船員の確保には困難を極めた。誰も故郷を離れ、見知らぬ大陸への片道切符などは嫌だろう。そこでまたしばらくの足止めを食らったが、方方ほうぼうを駆け回り、ようやく腕利きで信心深い海の民の協力を得ることが出来た。彼らはハヤトと呼ばれる一族であった。

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