第五章 1-1


-1-



 私の生まれ故郷はヌーナ大陸の遥か東、偏東風により航行をとざされた大海の彼方、パノティア大陸にあるヴィナンクル聖合国せいごうこくだ。


 大陸にはしゅうと呼ばれる大小様々な国が存在するが、それらは聖合国として統一的な政治体制に組み込まれている。これはヌーナ大陸におけるディアテスシャー帝国、盟主たる覇者とは似て非なるものであるのだが、今はそのことは割愛しよう。


 聖合国はその名のとおり、いと貴き聖なるもの…天人を祀る国家であった。大陸は違えども人々の精神的な支柱、基盤となるものはそう変わらないということだ。


 もっとも、ヌーナとは異なり、こちらが崇めているのは水の天人である。ああ、そもそもヌーナの民は自分たちの天人のことを知らないのか。全く、焚書坑儒ふんしょこうじゅとはつくづく馬鹿げた真似をしたものだ。


 私は聖合国の修道院で孤児として育った。そこはロザリー修道院といい、私の瞳が翡翠のように鮮やかな緑色であったことから、ジェイド=ロザリーと名付けられた。


 でも、あまりその名は好きではない。ロザリーというのは聖合国ではありふれた女性名で、単体で呼ぶ場合には『何処かの誰か』という意味にも使われる。だから、素性の知れない翡翠の瞳をした女、ということになる訳だ。


 正直なところ、修道院にもあまり良い思い出はない。私は赤子のときに拾われたらしく、物心付いた頃には既にそこに居た訳だが、修道女の躾はとても厳しいもので、泣きながら毎日を過ごしていたものだ。


 とはいえ、幼い私には他に選択肢などはなかった。奴隷として売り飛ばされ、児童性愛趣味の貴族や商人の慰みものとならなかっただけ、感謝しなければいけないのかも知れない。


 それに、私には双子の姉がいた。私なんかよりもずっと可愛くて、頭が良くて何でも出来て、修道院長のお気に入り。なのに、いつも私を守ってくれる優しいお姉ちゃん。海のような青碧せいへきの瞳をしたスフィア=ロザリー、それが私の自慢のお姉ちゃんだ。


 皆がお姉ちゃんのことを褒めていた。皆が私のことをけなしていた。なぜお前の顔は似てないのか、どうして教えたことが出来ないのか、双子というのにここまで違うものなのか、いま思えば酷い話だ。


 でも、その頃の私はお姉ちゃんと比べられる度に、むしろ誇らしくて心は晴れやかになっていた。そして、その後には必ずお姉ちゃんが私の頭を撫でてくれた。


 私の大好きなお姉ちゃん。お姉ちゃんと一緒だったら、私はどんな辛いことにも耐えられる。お姉ちゃんさえ居てくれたら、もう他には何も要らないって、いつもそう思っていた。


 そんな生活が大きく変わったのは、私たちが五歳になって暫く経ってからのことだ。ある日、白い祭服を着た年配の祭司が私たちの前に現れた。いつも見掛けるのは黒いものばかりだったから、その時は新鮮で不思議な感じがしたものだ。


 一見すると地味なものが、実は最高位であることを示すというのは、ハナラカシア王国の白紋はくもんの神官衣と同じだ。その男は自らのことを教皇と名乗っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る