第四章 3-1


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「あなたのプラナの捉え方には、根本的な誤りがあるのよ」


 山道から少し外れた場所に広場を見つけて、いつものように野営の準備をした二人は、その日は疲れもあってか早めの就寝となった。翌朝、道中で採取した食材で軽い朝食を済ませると、ミストリアは教鞭をるかのようにレイネリアに向けて語り出した。


 遥か古の時代、世界の創世期より、魔力はあらゆる場所に遍在している。しかし、それは人を始めとして、この世界の生き物には感知も利用も出来ない、わば無に等しきものであった。


 あるとき、天上より至高の神々、現代にまで崇め奉られている天人が降臨した。天人は人々に様々な叡智をもたらしたが、その最たるものが魔力を内包するマイナの存在であった。いや、より正確をすのであれば、マイナの先駆物質に魔力を取り込ませ、マイナと成らしめる因子である。


 そして、このマイナを介することで、間接的に魔力を感知、利用する技術が確立された。これが今日、魔法と呼ばれるものである。


 その後の魔法研究の過程で、マイナと対になるプラナの存在が提唱された。これは自然界の魔力に対し、術者自身が包有する魔力とされており、マイナから放出される魔力を制御する役割を担うとされている。


 ここまでは空属性の修練の際、帝国の老魔術師より教授されたものと概ね同じであった。それだけでも魔法基礎学の最先端、いや未発表の画期的理論をも含んでいるのだが、本題はその更に先にあるという。


 ミストリア曰く、マイナが魔力を内包した目に見えない微小な物質であるのに対し、プラナとは実体なきもの、因子による力の変遷の概念そのものであった。両者を対比して認識すること自体が誤りであり、それがプラナの理解を狭める限定要因となっていたのだ。


 マイナの先駆物質は、魔力と同様に自然界に普遍的に存在する。そこに因子が結び付き、魔力を取り込んでマイナとなるのだが、実は因子が取り込むものは魔力だけではなかった。


 では、他に何を取り込むというのか。それは生物の存在を維持する力、身体や精神を包括する生命力である。そして、これが因子を介してマイナに吸収され、活性化したものを我々はプラナと呼んでいるに過ぎないのだ。


 マイナとプラナの同一性を唱える仮説は以前からあった。しかし、それは根拠なき暴論、異端な理論と見做みなされていたのだが、図らずも真実を突いていたということになる。にわかには信じ難い話であったが、他ならぬミストリアの言である。世界の誰よりも魔法に精通した比類なき魔術師の知見に間違いなどあろう筈もなかった。


 それにしても、一体この因子は何なのだろう。忽然こつぜんと世界に現れ、今では魔法の根源として唯一無二の存在となっている。その知識をもたらしたのが天人であるとするならば、因子を生み出したのもまた天人なのだろうか。


 しかし、魔力はともかく生命力となると穏やかな話ではない。あくまで主たるは魔力であり、生命力は均衡を失した場合の代替的なものらしいが、一方で過度な魔法の行使により、身体の著しい虚脱感、意識の喪失なども報告されている。


 自分たちは何も確かなことを知らぬまま、因子に生命力を吸い取られ、魔法を行使させられているのだとしたら…果たして、それが意味するものとは何なのか。


 まるで身中を得体の知れぬものがい回っているようで、耐え難き苦痛と不快感に苛まれた彼女は、二の腕に爪が食い込むことも忘れて、ただ強く己を抱くことしか出来なかった。


 それは、未知に対する潜在的な恐怖そのものであった。

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