第一章 EP-2(終)


「あの方と共にいることが怖くないのですか」


 領都へと向かう馬車が街道に出たところで足を止める。おもむろに降車する二人を見送っていたオユミであったが、不意にレイネリアを呼び止めるように呟いた。ミストリアは何かを察したのか先に行ってしまう。


 彼はせきを切ったように語り出した。あわよくば彼女を籠絡して天人地姫を意のままにしようとしていたこと。天人地姫など傲岸不遜ごうがんふそんな存在で、人の心など到底持ち合わせてはいないと思っていたこと。それは父親であるオイワ将軍の意向でもあった。


 しかし、直に見る少女は違っていた。本当は魔法の解法かいほうなどしなくとも、攻性魔法で村人たちを跡形もなく滅ぼしてしまえば済むことだった。それなのに危険を承知で試みたのは、少女が一人ひとりの生命に、生き様に向き合っていたからである。


 隣村も領主でさえも見捨てた村人に、名前と記憶を奪われ家族の絆すらも引き裂かれた人々に、人として尊厳ある死を賜ってくれたのは少女であった。神としてではなく、人としての格の違いをまざまざと魅せつけられ、彼の世子せいしとしての自尊心が揺らいでいるようであった。


「私には領地のことは分かりません。でも、あなたが兵士のために抱いた怒り…その強い想いは、領民にだって向けられる筈です」


 それは偽らざる彼女の本心であった。短い間ではあったが共に旅をして、彼の持つ不器用な優しさに触れて、厳しく誇り高き姿勢に救われて、為政者いせいしゃとしての気構えを感じていた。だからきっと、彼は善き領主になるのだろう。


「あなたをおしたいしております。しかし、あなたはあの方と行ってしまうのですね」


 彼は彼女を見詰めていた。彼女もまた彼を見詰め返す。ミストリアの姿が段々と街道の向こうへと消えていく。彼女は最初の問いに重ねるように満面の笑みで答えた。


「ええ、私の自慢の幼馴染ですから」


 彼は満足そうに頷くと、いつかまた…とだけ告げる。彼女は大きく手を振って応えると、ミストリアの待つ街道を走り抜けていった。


 西の大地へと沈みゆく恒星に照らされて、朱に染まる彼女の頬を草原を揺らす風が撫でる。旅はまだ続いていく。出会いもあれば別れもある。この先にあるのはミストリアだけの旅ではない、私とミストリアの旅なのだ。


 これは、今はまだ何者でもない少女レイネリア=レイ=ホーリーデイと、伝説を生きる神々の忘れ形見ミストリア=シン=ジェイドロザリーが、秘匿された世界の果てに至るまでの物語である。

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