第一章 EP-1


エピローグ



「じゃあ、行きましょうか」


 翌朝、村人を各々の民家に安置して一行は出発した。遺骸の表情は心做こころなしか穏やかなものであり、ようやく永遠の眠りに就くことが出来たかのようであった。


 本当は埋葬までしてあげたかったのだが、帰りが遅れるとオオシアが救援を要請してしまうため、後日改めて人を集めることになった。兵士の怪我はまだ重いが、ミストリアが召喚した泡人形がぶってくれた。再び村長の先導により一行は山道を戻っていく。


 昨晩、ミストリアの口から事件の真相が明かされた。村は何者かの実験場にさせられており、村人たち…いや、村人たちの遺体には反魂はんごんの魔法が掛けられていた。


 しかし、それは死者の蘇生とは遠くけ離れており、死体に疑似人格を投影して操るものであった。被検体は術者が定めた指令に従って行動し、一部ながら生前の記憶も有していたようだ。


 また、死体であることを隠蔽するため、腐敗防止や欠損を補う幻術も掛けられていた。いずれも効果範囲は儀式をした教会周辺に限られており、村から離れるにつれて効力が薄れていくという。


 術者の正体は不明だが、痕跡から推測するに個人ではなく集団であったらしく、一行が来訪したときには既に村を去った後であった。術者がどこまで意図していたのかは不明だが、魔法は徐々に暴走と消失を始めており、イワナとその父親を名乗る男以外は既に姿を保てなくなっていた。


 また、隣村の五人にも魔法は掛けられており、実験の成果を反映したのか、村人とは若干の変化が観られたそうだ。あの三人組が村長に怒りをあらわにしていたのも、より記憶や自我を保てる段階に達していたからではないだろうか。


 そして、領都に帰還した調査隊を以って、魔法は完成を迎えた…少なくとも、術者はそう判断したようだ。敢えて領主の許へと戻らせたのも、最後の実験という意味合いが強かったのかも知れない。


 この魔法を途中で解法かいほうするためには、被検体となった村人の名前と記憶を呼び起こし、植え付けられた疑似人格を打ち消す必要があった。ミストリアは村に残る断片的な記録や思念を拾い紡ぐことで、全員をその呪縛から解き放ったのである。


 ただ、解法かいほうした遺体からはくだんの案内人とおぼしきものは見当たらず、運良く難を逃れたのか、それとも術者の一味であったのか、結局正体は分からずじまいであった。


 しかし、この魔法の実験にあたり、術者は村人全員と隣村の五人、そして調査隊の兵士の命までもを奪ったことになる。斯様かような悪魔の所業を犯してまで、一体この魔法で何を企んでいるというのか。ツキノア領はおろか、王国すらも揺るがしかねない底知れぬ悪意に、彼女は這い寄るような悪寒を感じて戦慄わなないた。


 やがて、隣村に辿り着いた頃には恒星は中天へと上ろうとしていた。出迎えてくれたオオシアは要塞に出仕する直前であり、また気怠そうに杞憂に終わったことをぼやいていたが、内心では胸を撫で下ろしているようである。


 村長には今回の事件で犠牲となった人々を手厚く弔うように頼んだ。その手にはミストリアが記した村人たちの人別帖にんべつちょうが握られており、墓標に名を刻むことを快諾してくれた。オユミも世子せいしとして最大限の支援をすることを約束し、彼女たちは村長に別れを告げると馬車は領都に向けて走り出した。


 領都への道すがら、彼女はイワナ、いやハナのことを思い返していた。幼子の本当の家は、彼女たちが最後に探索した三人家族の民家であった。初めて会う両親の間で眠る少女は、少しだけ嬉しそうにも見えた。


「サンデリカが生まれると知ったとき、あなたもあんな感じだったのよ」


 ミストリアがそっと教えてくれた。確かにそうだったのかも知れない。自分もハナのようにお姉ちゃんになることを喜べていたのだ。それを思い出せたことが堪らなく嬉しくて、嬉しい筈なのに悲しかった。


『私、お姉ちゃんみたいな良いお姉ちゃんになれるかな』


 なれるよ。そう、言いたいのに言葉が出てこなかった。たった一言なのに、口が開くだけで声にはならなかった。悠久の時にたたずむイワナではなく、儚く咲き誇り散っていったハナという名の少女、その叶わぬ願いに想いを馳せ、彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る