第一章 8-1


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「ツキノアが世子せいしオユミよ、我が朋友ほうゆうレイネリア=レイ=ホーリーデイをあなたに託します」


 その威厳に満ちた言葉にオユミが頷く。ミストリアはもうこの村で起きた事件の真相を掴んでいるようであった。


 この教会が儀式が行われた場所であった。ミストリアにはまだ何か調べることがあるらしく、レイネリアたちを外へ追い出すと、自分が戻るまで先の住居から出ないように指示をした。


「ああ、託すと言っても変なことしちゃ駄目だからね」


 そう言って意地悪そうに笑って送り出す。彼女は後ろ髪を引かれる――引くほど長くはないが――想いがしたが、怪我をした兵士や幼いイワナのこともあり、素直にその言葉に従った。


 村に戻った一行は住居の一室に集まると、兵士を寝台に横にさせてミストリアの帰りを待った。兵士は護衛の任を果たせぬばかりか、足手纏いとなることに恐縮仕切りであったが、オユミの訓戒により救われたようであった。


 彼女は昨夜と同じように少女の遊び相手になっていた。しかし、またしてもこの子は親に置いていかれている。父親と言う割には、その無責任な姿勢に苛立ちを覚えたが、少女自身はあまり気にしてはいないようだ。


 やはり少女にとっての関心事は父親よりもお姉ちゃんであるらしく、彼女のことを本当の姉のように慕っているように見えた。そういえば母親の姿も見えないが、少女の話では臨月が近いため、森の中で静養しているのだろうか。


 オユミはミストリアから彼女を任されたこともあり、また護衛がこの様子では唯一の戦力であるため、しきりに外の様子を警戒していた。しかし、長時間に渡って緊張感を維持することは難しいようで、やがて彼女と少女のやり取りを微笑ましく見詰めていた。


「こうしていると、まるで娘夫婦が戻ってきたようですな」


 唐突に村長が不敬極まりない発言をした。流石さすがに本人も失言であることに気付いたらしく、特にオユミに対して平謝りをしていたが、彼の口から咎めの言葉が出ることはなかった。


 彼女は視線をオユミに向けた。この数日間、実に様々なことがあった。領都では貴族や豪商の陳情に悩まされ、村では疫病や異変の脅威にさいなまれた。決して良いことなどなかった筈だが、いて言えばオユミという人物のことをより深く知れたことだろうか。


 これはミストリアの旅であると同時に、自分自身の旅でもあることに改めて気付かされた。ただ後に付いていくのではない、同じ場所に向かって共に旅をしているのだ。そこで見たもの、出会ったもの、感じたもの、それは全て自分のものでもあるのだ。


 天人地姫の御幸を婿探しの旅と揶揄する者がいる。それはホーリーデイ家にも当て嵌まるのだと。最初に聞いたときには嫌悪感しか湧いてこなかったが、今ではなるほど言い得て妙だとも思う。


 しかし、流石さすがに自分と彼の間にはそれはないと考える。彼はツキノア家の世子せいしである。ツキノア家とホーリーデイ家の融合など、王国の体制を揺るがし兼ねない騒動へと発展するだろう。


 それに旅はまだ始まったばかりである。この先にも様々なものが待ち受けているだろう。楽しいこと、嬉しいこと、辛いこと、苦しいこと、きっとそれは今の自分の価値観すらも変えてしまうものなのだろう。


 だからこそ、ここで投げ出すわけにはいかない。この異変の正体は未だ分からないが、きっとミストリアが解き明かしてくれる。自分に出来ることはこの幼子の笑顔を守ること、そして村に平穏を取り戻すことなのだと、はしゃぐ少女を強く抱き締めながら決意した。


 そして、再び恒星は木々の合間へと沈み、また夜のとばりが下りてくる。家の外に広がる風景はすっかり黒く塗り潰されてしまったが、ミストリアはまだ戻って来てはいなかった。

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