第12話

 行火には、祖母が、宏香や行火との通話をあまり望んでいないように見えた。いくら血のつながりがあるとはいえ、もう十年近く直接会っていない孫を、可愛く思うものだろうか。実際、ソネは電話口でも母のように声色を変えることなく、淡々と近況を聞いては「そうかい、まあ元気で」と低い声で繰り返すだけだった。

 だから、ソネが「心配なら、うちに泊まればいい」と言い出した時、行火は驚いた。世間話として事の顛末を話していた母もそれは同じで、決してそういう意味ではなかったと、おろおろと取り乱した。ソネはいつものように低く落ち着いた声で、静かに提案した。

「別に無理にとは言わない。ただ、うちは部屋も余っているし、見ず知らずの大勢と共同生活するよりは、静かな環境で過ごせるだろうさ。札幌はうちからちょっと離れているけれど、通えないほどでもない。必要なら、言いなさい」

 母はずいぶんと長い間、行火を野放しにするリスクと、前夫の母に頼る気まずさとを天秤にかけていたようだけれど、結局、前者に重きを置いたようだった。授業にだけ参加して、泊るのはソネの家という条件で、母は夏季講習への参加を許可した。こっちに持ち込んだ行火の荷物の半分は、ソネへの土産だ。

「一ヶ月もご迷惑を掛けるのだから」と、身の回りのものは一式、それに日持ちする菓子や食材を詰めた袋、さらには洗剤やハンガーまで、宏香はすべて自前でそろえるべきと宣言して、行火に持たせた。

「おばあちゃまによろしくね」

 空港の保安検査場で最後に掛けられた言葉は、今でも背中に張り付いている。

 大きく息を吸って、吐く。鼓動が落ち着いていくにつれ、音が戻ってきた。

 ようやくここまで来た。あとは、自分が頑張るだけだ。

 キャップを深くかぶりなおす。荷物を持ち上げると、行火は大股で雑踏へと踏み込んだ。

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