第8.5章

望む世界

 そよ風が広い丘を吹き抜け、少女の頬を掠めていった。

 明るめのブラウンの髪はゆったりと揺れ、柔らかな日差しを受けて艶やかに輝いた。

 遠くには海が見え、黒髪の青年は真っすぐにそれを見つめていた。


「俺、幸民隊に居たとき、政光隊の中ですげぇやつを見つけたんだ」


 青年が、隣の少女に話しかける。


「誰も殺さずに敵を倒していくやつがいてさ、すげぇなって思った!」


 興奮気味に話す青年の言葉に、少女は静かに耳を傾ける。


「すげぇなって思って……俺もそうなりたかったって思った」


 興奮していたかと思えば、俯きがちになる青年。

 そんな青年に、少女は静かに話す。


明斗あくとさんだって、幻界の平和のために頑張ってくれてたじゃない。殺さないことだけが正義じゃないと思うわ」

「殺さないことだけが正義じゃない、か。姫奈は相変わらず、口達者だな」

「お父さんの受け売りだよ」


 嬉しそうに、だが、どこか寂しげに笑う少女。

 少女の表情を見て、青年は罪悪感に満ちた表情を浮かべる。


「……隊長なら、確かにそんなことを言いそうだ」

「お父さんのことは明斗さんが気にすることじゃないよ。悪いのは、相牙そうがなんだから」


 少女は拳をきゅっと握り、悔しそうにその名を口にした。


「でもさ、俺も相牙と変わらないことをやってきてる罪人なんだよな」


 呆れた笑みを浮かべ、青年は雲一つない空を見上げる。


「明斗さんは、やっぱり優しすぎるよ」


 少女の言葉に、青年はゆっくりと少女の方へと視線を向けた。

 少女も同じように視線を向け、真っすぐに青年を見る。


「アタシ、明斗さんのこと好きだよ」


 恥ずかしそうに、緊張の面持ちで。


「そんな優しい明斗さんが、好き」


 少女は、青年へと想いを告げた。


「龍斗も、同じことを言ってくれたよ」


 対する青年は、嬉しそうに笑って言葉を返した。


「兄さんの優しくて、ヒーローみたいなところが好きだってな」


 鼻をこすり、照れた様子で青年はそう言った。

 少女はその言葉を受け、複雑そうな表情を浮かべた。


「まー明斗さんは、アタシと龍斗の頼れるお兄さんてワケよ」


 目を瞑って空を仰ぐ少女は、口角を上げてそう言う。


「でも、俺は俺自身が嫌いなんだ。こんなんじゃ、幸民隊としても兄貴としても失格だな」


 青年も同じように空を仰ぎ、日差しに目を細めながら言った。


 少しの沈黙の後に、少女がぽつりと呟く。


「アタシは、合格だと思うな」


 波の音に紛れて、静かな声で言葉を紡いでいく。


「だって、そうやってちゃんと自分と向き合えるんだもん」


 空の向こうの実界、そのさらに向こう――神界に少女は希望を託す。


 優しい人たちが幸せに生きていけること。

 そんな平和を、少女は強く望んでいた。

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