8-7 平穏な季節

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「ん……まぶし」


 カーテンの隙間から漏れる日差しで、黒井龍斗は目を覚ました。

 ベッド越しの窓のカーテンを少しだけめくって、外の様子を伺う。

 真っ青な海と空がどこまでも広がる中、太陽は既に高い位置にあった。


「今、何時だ?」


 窓のすぐそばの机にある時計を見る。

 短針は、9の数字の過ぎたところを指していた。


「やばい、ちょっと寝過ぎた」


 龍斗はベッドから降りると、部屋の反対側のベッドの方へと歩いていく。

 そこには、静かに寝息を立てて眠る青年――真田宗治の姿があった。


「宗治さん、朝ですよ。起きてください」


 優しめに声をかけるが、反応はない。


「宗治さん、起きてください!」


 強めに言葉を放ってみるが、やはり返事はない。


「宗治さーん! 朝だぞー!!」

「んん……はい……」


 隣の部屋にも響きそうな声を張り上げると、ようやく返事が返ってきた。

 が、起きる気配は全くない。


「姫奈の言う通りだな……本当に全く起きない」


 幼なじみの日課の苦労を知った少年は、溜息をついた。


「さて、どうしたものか」


 姫奈なら有無を言わさず叩き起こしているところだが、龍斗にはそれが出来なかった。

 仮にも彼から剣術を教わっている身であることから、その行為は流石に気が引けた。


「……揺するか、非常に優しく」


 横向きになって眠る宗治の身体に両手を添え、そっと声をかける。


「宗治さん……起きてください」

「ん……はい……」


 返事はするが、やはり起き上がることはない。

 龍斗は両手にぐっと力を入れると、


「起ーきーまーしょー!!」


 ぐいぐいと左右に成人男性の身体を激しく揺すり、大声を張り上げた。


「うう……気持ち悪い」


 薄目を開けて、吐き気を訴え始めた宗治。

 龍斗が揺すりを止めると、ようやく上体を起こした。


「おはようございます、宗治さん」

「おはよう……僕は揺さぶられるのに弱いんだ」

「なるほど、意外な弱点を見つけました。姫奈にも伝えておきます」


 「どうかご勘弁願います」と両手を合わせて懇願する宗治をよそに、龍斗は部屋を出ていった。


「おはよう、龍斗」


 廊下を出てすぐ、姫奈と会った。


「うす」


 いつもと変わらぬ素っ気ない挨拶を返す。


「真田はちゃんと起きた?」

「バッチリ起こしておいたよ」


 龍斗がそう言うと、姫奈は驚いた表情を浮かべた。


「う、うそ!? あの真田を10時前に起こせたの?」

「ああ、強く揺さぶったら簡単に起きてくれたぞ。揺さぶられると酔うらしい」

「へぇ……意外な弱点ね」


 なるほど、と顎に手を当てる姫奈。

 その後にはっとして、少女は真面目な表情を浮かべた。


「そうだ。アタシがしたかったのはこんな話じゃなくてさ」

「……? なんかあったのか?」


 少しの沈黙の後、姫奈は龍斗に尋ねる。


「あの人の過去、本当に視るの?」

「ああ……近いうちに、射影兎しゃえいとを捕まえにいこうと思ってる」


 龍斗がそう言うと、姫奈は悲しそうに笑った。


「そっか。もうだいぶ涼しくなったもんね」


 だが、姫奈は少年を止めようとしない。

 龍斗も姫奈の表情を見て不本意であることを悟ったが、意志を変えようとはしなかった。


「いい結果が視れるといいよな」


 龍斗も笑みを顔に貼り付け、廊下を歩いていった。


 季節は既に秋へと移り変わり、涼しい日々が続いていた。

 温かく穏やかな時間は、季節外れの海の依頼とともに終わりを告げようとしていた。

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