8-5 小さな想い

■■■


 金幸魚捕獲は一時間程度で終わった。


「思ったよりも早く終わったな」

「そうですね。夜通しになることを覚悟していたのですが、あっという間でしたね」


 バケツに入った数匹の金幸魚を二人で眺める。

 ほとんどが既に力尽きてしまって、光が弱くなっていた。


「それにしても龍斗くん、強くなりましたね」

「そう、すか?」


 少し照れた様子でこちらを振り向く龍斗少年。

 目が合った瞬間に、ふいっと顔をそらした。


「鍛錬の成果が出ているのかもしれないですね」


 少年に笑いかけると、彼はそっぽを向いてぽつりと呟く。


「……どうも」


 だが、彼の不器用なところは相変わらずだ。

 もう少し素直になってくれてもいいのに……などと思うこともあるが、最近はこの不器用さも個性の一つと捉えられるようになってきた。


「お兄さんも、きっと喜んでくれてますよ」

「でも……兄さんには、まだまだ敵わない」


 少し悔しそうな表情を浮かべる龍斗少年。

 どうやらこの言葉は謙遜などではなく、心の底から思っていることのようだ。


「オレ、なんか悔しいんです」

「大丈夫だよ。龍斗くんはこれから、自分なりの力を身に付けていけばいいんです」


 言葉をかけてみるが、納得のいった様子は見られない。


「そういう実力もだけど……それ以外のことでも、悔しいんだ」

「それ以外……とは」

「姫奈は兄さんのことが好きで、弟のオレはただの幼なじみで……別にオレが好きとか付き合いたいとかそういうことじゃないけど、それがなんか悔しくて」


 完全に光を失ってしまった金幸魚を眺めながら、少年はぽつぽつと話した。


 ――その気持ち、なんとなく分かる気がする。


「つまり龍斗くんは、姫奈ちゃんにとって一番近い存在でありたいんだね」


 恋愛感情とはまた違う、最も近い存在でありたいという願い。

 彼はその立ち位置を兄に奪われたように感じ、悔しかったのだろう。


「多分、そういうことです。……好きとかそこらへんはよく分からないけど、オレは姫奈を一番知ってる自信があるし、一番近くで守ってやれる人になりたい」


 少し恥ずかしそうにはにかんで、龍斗くんは金幸魚の入ったバケツを持って立ち上がった。


「宗治さんも、そういう人はいたりするんですか?」

「僕……僕は」

「例えば、リリアンさんとか」


 意外な人名が飛び出す。

 僕は立ち上がりと同時に即座に言葉を返す。


「彼女は違います。どちらかというとお母さん的な感覚があるかな」

「その認識はオレや姫奈と一緒なんだな」


 少年らしい笑みを浮かべて、クーラーボックスに獲物を詰めていく。

 その間、僕の脳裏にとある少女の顔が浮かんだ。


「……昔、少しだけ守らなきゃって思った人がいたよ」

「ほんとっすか……?」


 龍斗くんは意外そうな表情をこちらに向け、僕に問う。


「でも、その人は俺の友人との方が仲が良くてね。結局、深く関わることも守ることも出来なかった」


 なぜこんなことを彼に話しているのかは分からない。

 だが、自然と言葉が出てきてしまった。


「やっぱり僕には、そういうのは荷が重すぎるんですよ」


 僕がそう言うと、少年はむっとして強めに言葉を放つ。


「宗治さんは、自分を悪く言いすぎだと思う」


 彼はそう言うが、残念ながら事実なのだ。


「それくらいのことを、俺はしてきているんだよ」


 人としてすべきでないことを、この手で行ってきた。

 そんな自分に、人を守ったり愛したりすることなど許されない。

 僕が出来ることといえば、自身の平穏を守ることくらいだ。


「……やっぱり、そういうことなのか」


 意味深なことを言う龍斗少年。

 少年は深呼吸に似た溜息をつくと、宿の方へと体を向けた。


「オレ、そろそろ眠いので先に帰ってます」

「分かりました。おやすみなさい」


 少しずつ小さくなっていく背中を見ながら、僕は小さく呟いた。


「……バレてしまうのも、時間の問題かな」


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