8-5 小さな想い
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金幸魚捕獲は一時間程度で終わった。
「思ったよりも早く終わったな」
「そうですね。夜通しになることを覚悟していたのですが、あっという間でしたね」
バケツに入った数匹の金幸魚を二人で眺める。
ほとんどが既に力尽きてしまって、光が弱くなっていた。
「それにしても龍斗くん、強くなりましたね」
「そう、すか?」
少し照れた様子でこちらを振り向く龍斗少年。
目が合った瞬間に、ふいっと顔をそらした。
「鍛錬の成果が出ているのかもしれないですね」
少年に笑いかけると、彼はそっぽを向いてぽつりと呟く。
「……どうも」
だが、彼の不器用なところは相変わらずだ。
もう少し素直になってくれてもいいのに……などと思うこともあるが、最近はこの不器用さも個性の一つと捉えられるようになってきた。
「お兄さんも、きっと喜んでくれてますよ」
「でも……兄さんには、まだまだ敵わない」
少し悔しそうな表情を浮かべる龍斗少年。
どうやらこの言葉は謙遜などではなく、心の底から思っていることのようだ。
「オレ、なんか悔しいんです」
「大丈夫だよ。龍斗くんはこれから、自分なりの力を身に付けていけばいいんです」
言葉をかけてみるが、納得のいった様子は見られない。
「そういう実力もだけど……それ以外のことでも、悔しいんだ」
「それ以外……とは」
「姫奈は兄さんのことが好きで、弟のオレはただの幼なじみで……別にオレが好きとか付き合いたいとかそういうことじゃないけど、それがなんか悔しくて」
完全に光を失ってしまった金幸魚を眺めながら、少年はぽつぽつと話した。
――その気持ち、なんとなく分かる気がする。
「つまり龍斗くんは、姫奈ちゃんにとって一番近い存在でありたいんだね」
恋愛感情とはまた違う、最も近い存在でありたいという願い。
彼はその立ち位置を兄に奪われたように感じ、悔しかったのだろう。
「多分、そういうことです。……好きとかそこらへんはよく分からないけど、オレは姫奈を一番知ってる自信があるし、一番近くで守ってやれる人になりたい」
少し恥ずかしそうにはにかんで、龍斗くんは金幸魚の入ったバケツを持って立ち上がった。
「宗治さんも、そういう人はいたりするんですか?」
「僕……僕は」
「例えば、リリアンさんとか」
意外な人名が飛び出す。
僕は立ち上がりと同時に即座に言葉を返す。
「彼女は違います。どちらかというとお母さん的な感覚があるかな」
「その認識はオレや姫奈と一緒なんだな」
少年らしい笑みを浮かべて、クーラーボックスに獲物を詰めていく。
その間、僕の脳裏にとある少女の顔が浮かんだ。
「……昔、少しだけ守らなきゃって思った人がいたよ」
「ほんとっすか……?」
龍斗くんは意外そうな表情をこちらに向け、僕に問う。
「でも、その人は俺の友人との方が仲が良くてね。結局、深く関わることも守ることも出来なかった」
なぜこんなことを彼に話しているのかは分からない。
だが、自然と言葉が出てきてしまった。
「やっぱり僕には、そういうのは荷が重すぎるんですよ」
僕がそう言うと、少年はむっとして強めに言葉を放つ。
「宗治さんは、自分を悪く言いすぎだと思う」
彼はそう言うが、残念ながら事実なのだ。
「それくらいのことを、俺はしてきているんだよ」
人としてすべきでないことを、この手で行ってきた。
そんな自分に、人を守ったり愛したりすることなど許されない。
僕が出来ることといえば、自身の平穏を守ることくらいだ。
「……やっぱり、そういうことなのか」
意味深なことを言う龍斗少年。
少年は深呼吸に似た溜息をつくと、宿の方へと体を向けた。
「オレ、そろそろ眠いので先に帰ってます」
「分かりました。おやすみなさい」
少しずつ小さくなっていく背中を見ながら、僕は小さく呟いた。
「……バレてしまうのも、時間の問題かな」
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